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ホラーショートショート『ある祭壇について』

登山が趣味の฿さんから聞いた話。

฿さんは、毎週末に同じ郊外の山のハイキングコースを歩くことを習慣にしていた。街中の自宅から私鉄で30分ほどの山だ。

ある週末、いつもと同じように、登山口の最寄り駅から駅前の寂れた商店街と小さな住宅街を抜けていくとき、変な男に出会った。

男は一見すると、風景写真家のようであった。大きな三脚に、これもまた大きく高価なカメラを乗せ、角度や露出度などの設定をしているようだった。

しかし、その場所がおかしかった。

住宅街の橋、何の変哲もない谷川沿いの雑木林に三脚に立てたカメラを向けているのだ。雑木林と言ってもなにか風情があるわけではなく、ただ手入れされておらず道路に垂れるようにはみ出した木々と、それを道路と区切るように錆びたガードレールが置かれ、ごみ置き場の目印である黄色いネットが無造作に置かれている。

どこか違和感はあったが、男は目の前の林の方に向けたカメラを熱心にいじっている。とにかく、彼の邪魔をしないようにと後ろを通り過ぎようとしたとき、

「これを見にこられたんですかあ?」

と男は妙に裏返った声でℬさんのほうを見ずに言った。「これ」が何を指すのかわからず、それになんだかその喋り方が気持ち悪かったので、Bさんは無視して通り過ぎようとしたが、もしかしたら自分に話しかけているかもしれず逆ギレされても嫌なので、
「いえ、山登りに」
と小さい声で返答し通り過ぎた。

 返答は返ってこなさそうだったが、何となく振り返ると男がちょうどシャッターを切るところだった。やはり何もない雑木林の樹の間を撮影している。撮った写真を見直している男の顔は、片方に引っ張られたように引き攣っていた。

 それに遠くからよく見ると男の姿勢が変だ。三脚の高さに合わせるため中腰になっているのかと思ったがそうではなく、下半身は直立しており、背骨がほぼ90度に前に折れ曲がっている。猫背のように、背骨が緩やかに曲がっていたり、首が前に出ていたりするわけではなく、背骨がほぼ直角に折れているのだ。

Bさんは目を背け、駆け出した。

10分後、Bさんは、ハイキングコースに差し掛かると、さっきの嫌な光景を忘れようと、鼻歌を歌いながら、景色に集中して歩みを進めた。

と、さっきのこともありいつもより周囲に気を配っていたせいか、Bさんは妙なものをみつけた。Bさんが歩いているのは、先ほど通りがかった例の雑木林のそばの小川の上流が流れる谷を見下ろせる道だった。その谷の小川を挟んで反対側には小さな変電所が斜面を切り開いて建てられていた。

ふとその変電所の端に巨石があるのが見えた。いや「端」に、というのも変だろうか、なぜなら変電所を囲むフェンスが巨石を避けるように凹型に敷かれているのだ。巨石といってもショベルカー一つで容易にどかして河原に転がせてしまいそうなそんな大きさだ。ただ、その石は奇妙に左右対称になっており、さっきまで人が座っていたyogiboのように中央部に平らな平面上のスベースがある。

そこに何かが置いてある。

個々からは良く見えないが、何が置いてあるのか気になる。といっても、一昔前の高齢者のバードウォッチングのようなことをするためにハイキングに来たわけではないので双眼鏡なども持っていない。彼はスマートフォンのカメラでその石とそこに置かれているものを拡大してみた。

人形だった。

最初はその雰囲気的に黒いドレスを着た洋風の可愛らしいフランス人形のようなものかと思ったが、その顔はまったく醜いものだった。おそらく木を雑に彫って絵具かなにかの塗料で顔の色に白く塗り、その上にこれもまた雑に顔が書いてある。そんな落書きされた「顔の木片」が、洋風の黒い人形用のドレスの襟元に突き刺されているのである。

ああ、どんな顔だったか、といえば、「大きすぎる黒目が白目を剥いている」という以外に形容ができないそうだ。つまり大きすぎる黒目がそれぞれぐりんっと外側を剥いている、といえばいいだろうか。とにかくこれもまたさっきの男と同様に見てしまったことを後悔するような代物であったという。

฿さんは、無性にここにいてはいけないような気がして、いつもと違い最短で頂上まで行けるが景色の悪いコースを選択し、お昼過ぎにそそくさと帰宅した。

翌週、฿さんは、現場検証のつもりではないですが、ホラー映画好きの同僚を連れて、再び例の山にハイキングに向かったそうだ。

この前に例のカメラマンの男がいた場所を通りかかった。2人でいるときに、例の男がいたのならばこちらも強気に出れたのだが、あいにく例のカメラマンは今日はいなかった。

その代わり、この前とほとんど同じ場所に三脚とその上にセットされたカメラがあった。ずっと置かれていたのか、三脚の間には蜘蛛の巣が張っており、妙に大きな黒い蜘蛛がじっとしている。

2人で、何気なくのぞいてみると、カメラの電源がついており、おそらく定点撮影のタイムラプスモードに設定されているようだった。ただ画面は省電力モードなのか暗くなっている。そして、無意識に฿さんがそのカメラが撮影している方向をのぞいてみると、例の雑木林の木の枝が不自然に折られており、そこにできた空間をカメラが定点撮影していることに気づいたのだ。

その空間をのぞき込み、฿さんは信じられない光景を目の当たりにした。そのカメラの撮影していたのははるか遠くにあるあの巨石だったのだ。

そう、ハイキングコースは฿さんと同僚がいまいる住宅街のはずれの少し先にある登山道入り口から大きく迂回していた。そしてコースはこの雑木林の少し下の谷筋にそって流れる川の少し上流に再び戻ってくるのだ。つまり、例の巨石とカメラは近い距離にあり、カメラはその巨石を撮影していたのだ。

ツ―ン

ふと、2人は生臭いにおいを感じて振り返った。後ろの古びた一軒家からだった。ドアは半開きになっており、玄関の横のガレージでは何か作業をした痕跡が見える。そして、ふと足音がして、そこから誰かが出てくる気配がした。よく聞いていると、その足音は片足を引きずっているような奇妙な音を立てている。

2人は直観的にそれが例のカメラマンの男であり、この場からすぐに立ち去らなければならないと感じた。しかし、好奇心は抑えられなかったし、もう遅かった。

どた っ どたっ ど

男は足を引きずりながらケンケンをするような恐ろしい速度で廊下の曲がり角からその顔を覗かせた。

あの人形と全く同じ顔だった。

異様に黒目の部分が膨らんだ大きな眼球は青白い顔からデメキンのようにはみ出していた。ただ唯一違っていたのは、口元に笑みが浮かんでいたことだ。まるでそのカメラと石に気づいてくれたことを”喜ぶ”ように。

2人は一目散に駆け出した。普通に考えて駅の方角に逃げるべきだったのに、気づけばハイキングコースの入り口に差し掛かっていた。2人は無口で、฿さんが来るときに電車の中で話した例の巨石が見える小川沿いの場所に向かっていた。もうそれがきめられたことであるように。

さっきは気付かなかったのだが、巨石の上にはあの不気味な人形だけでなく、先週見たのと違うものが載せられている。

人形の上に黒い猫が丸くなっている?

いや、よく見てみると、それは何かの獣の死体である。猫ではない、大きすぎるしゴワゴワした毛並みをしている。黒い毛が生えていることから猪やタヌキかと思ったがどうもはっきりしない、それを近くまで寄って見る勇気もない。

2人はここで、正気に戻った。顔を見合わせ、ハイキングコースの入り口に戻り、例の家とカメラの前を通らないように迂回して駅に向かった。


翌週だった、例のハイキングコースの閉鎖が話題になったのは。฿さんがTwitterを見ていると、「ハイキングコースに熊?」という見出しのネット記事がリポストされているのを偶然見つけた。記事によれば、ある民家の道路に面したガレージで男性の変死体が発見され、ハイキングコースとその家の間の雑木林が不自然に荒らされていたそうだ。警察と消防団は暫定的に熊が出没したと結論付けたが、都市郊外のそのエリアで熊が出没することは現実的にあり得ないのだという。

記事には2枚の写真が記載されていた。一枚目は例の男の一軒家、二枚目は例の巨石に至る雑木林が一直線に木が倒される形で荒れ獣道になっている写真。まるで何かがあの巨石の方からあの家にまっすぐ向かってきたような。

฿さんは、震えながら、その記事のツイートへの他の人の反応を確認した。ツイートには一つだけ写真のみのリプライがついていた。

上に何も載っていないあの巨石の写真である。ただ、さっきまで何かの生き物がいたのか、ぬめぬめと何かの液体で湿った石の上には赤黒い血がこびりついていたそうだ。なぜかあの人形と獣の死体はもう”残って”いなかった。

ええ、฿さんと同僚の2人が認識しなければその”生き物”は「事実」にならなかったのかもしれません。


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