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【頂を目指した戦士】『全てを懸けた20分』~井川空~

全てを懸けた20分だった。

北海道コンサドーレ札幌から期限付き移籍で加入した井川空への期待感は大きかった。

なぜなら、大型ボランチはロマンの塊だから。中盤の底にどっしりと構え、サイズを生かした独力でのボール奪取力は貴重で、マイボールにすることを容易にし、その時間を長くする。屈強な体で競り合いに勝ち、相手からボールを刈り取り、ルーズボールを回収する。ボールを奪う作業に人数を掛ける必要がなければ、前線に厚みをもたらすなど、他の部分に人数を割けられる。1人で奪う以上に、効率的なことはない。「相手陣内でプレーする」において、重要な役割を担うと感じた。

筑波大学新聞の記者として井川のプレーを見ていた人から特長を聞くと、パスとトラップが上手くてビルドアップを安定させられるという。守備力をアップさせるだけでも満足しそうだったが、攻撃での働きにも期待できるとは。心が躍った。

世界的に見ても、ダイナミックなプレーで攻守両面に貢献できる大型ボランチの存在感は高まっている。そのような選手が絶対的な存在として中盤の底に君臨していることは、強いチームの条件とも言える。期待要素しかなかった。

チームが始動してからの練習では軽快な動きと強度の高さを披露した。ボール回しの練習では狭いエリアでも細かくパスをつなぎ、ワンタッチパスを効果的に出してプレスを回避する。相手ボールになると、力強いボディーコンタクトでボールを奪う。その迫力は、強奪という言葉を連想するくらいだった。木山隆之監督が求める力を攻守において持っている。チームにフィットする絵しか想像できない。上手さと強さを兼ね備える井川への期待感が一段と膨らむ。シティライトスタジアムのピッチに立つ姿を早く見たいと心から思った。

しかし、11月12日の最終節までピッチに立つ背番号20を見ることができなかった。

今シーズンは長期離脱を強いられた。宮崎キャンプでは、野心に溢れた選手が繰り広げる激しいポジション争いをピッチ脇で見ながら、筋力トレーニングや体幹トレーニングに取り組むしかなかった。

強い覚悟をもって、岡山にやってきた。筑波大を卒業後、高校時代を過ごした札幌に帰還するも、思うように出場機会が伸びない。

「自分の力を試したい」
「プロのピッチで活躍したい」

井川は環境を変える決断を下す。北海道を出るのは大学進学時に次いで2度目。気候も文化も異なる初めての西日本での生活には、少なからず不安があったと思う。それでも、ファジアーノには同世代の選手が多く在籍している。彼らと切磋琢磨して飛躍を目指せる環境が、大きな判断材料になっただろう。

だからこそ、スパイクを履けない時間が長く続いたことへの悔しさは計り知れない。成長するために来た場所で、リハビリしかできない。前に進んでいるものの、それは復帰に向けて。スパイクを履いたと思ったら、次の週にはランニングシューズを履いている時もあった。練習場に姿が見えなくなることもあった。復帰までのデコボコな道を、一進一退でしか歩けない。大きなストレスを抱えていただろう。また、同世代の選手は出場機会を増やし、チームの中心を担っていった。変わりゆく立場の変化、彼らとの距離感。思い描いていた状況とは、大きく違う。同期のライバルに置いていかれる。焦りが生じてもおかしくない。

やりたくても、できない。これ以上に、もどかしいことはない。僕も7月から入院を余儀なくされ、取材に行くことができなくなった。体調の波も激しく、心身ともにキツイ時期があった。何に希望を見出して生きていけばいいのか分からないと考える時もあった。それでも、週末にやってくるファジアーノの試合を心待ちにし、それを楽しみに何とか平日をやり過ごし、病室で観戦した。ファジアーノの得点を喜び、失点を悔やむ。激しく心が動かされる90分間が生きる糧になり、病状も何とか回復傾向に向かってくれた。しかし、チームの頑張りを伝えられない。取材に行っている時と比べて、一緒に戦っている実感はなかった。プレーしたくてもできない。ピッチ内で戦えない。少し違うかもしれないけど、勝手ながら井川が抱える葛藤と重ねる自分がいた。

井川は悔しさを感じながら、めげずにリハビリに取り組んだ。同じく長期離脱をしていた永井龍と励まし合いながら、辛い時期を乗り越えた。そして、ついに復帰を果たす。

第42節・アウェイ金沢戦のベンチメンバーに井川の名前を見た時、うれしさが込み上げた。「やっとピッチに立つ姿を見られる」。今シーズンに間に合ったことに安堵した。どんなプレーを見せてくれるのか。ベールを脱ぐことにワクワクした。

とは言え、最終節である。シーズンは残り1試合のみ。ポテンシャルを有していることは間違いないと感じているが、来年で25歳を迎える年齢は決して若くない。1シーズン全くプレーしていない選手をチームが戦力として評価するのは難しい。懸命に、直向きにリハビリしてきた。サッカーと向き合ってきた。それは事実だ。しかし、それは目に見えるものにはなりにくい。少なくとも、ファジアーノの外にいる人からは見えにくい。

来シーズンの居場所を確保するため、サッカー選手として生き残っていくための、最初にして最後のチャンス。67分、井川はタッチラインを越えてピッチに足を踏み入れた。

中盤の底に入ると、画面を通してでも体の大きさが際立つ。さっそく、長い足で相手ボールを絡め取る。相手に体を強くぶつけて、ボールを奪った。

懐の広さも光る。相手選手に隠れることなく、顔を出してボールを呼び込む。大きな体でしっかりキープして、前にパスを出す。左右の前に、ボールを配っていく。バックパスや横パスではなく、まずは前。優先順位はゴールに向かうこと。プレー選択からは積極性を感じた。

試合は1-1で終了。チームとしては勝利を手にできなかったが、井川は来シーズンの居場所を勝ち取る。12月16日、完全移籍での加入が発表された。期限付き移籍の延長を予想していたから、ファジサポの友だちと食堂でリリースを見た時は驚いたが、どんな形であれ来シーズンも井川のプレーを見られることが嬉しかった。

完全移籍に至った判断材料は、もちろん金沢戦の20分だけではないだろう。復帰までの姿勢や人間性、そもそも獲得時に評価していた能力を加味した結果だと思う。しかし、背番号20が金沢戦で存在感を放っていたことは間違いない。あの20分に見せたプレーが、決め手になった。金沢戦後、来シーズンもファジアーノのエンブレムを胸にプレーする井川の姿を想像していた人は、僕だけではないはずだ。限られた時間で、自分の特長を発揮し、出し尽くす。一所懸命にプレーした20分には、間違いなく心を打たれるものがあった。

来シーズン、井川は岡山の地で捲土重来を期す。キャンプでは熾烈なポジション争いを繰り広げ、Cスタデビューも飾る。より多くの試合に出場し、より長くプレーする。今シーズンの仙波大志や田部井涼のように、中盤の中心選手になっていくことを目標にして臨むだろう。彼がファジレッドに身を包んで、どのような道を歩んでいくのか。長期離脱しないことを願いつつ、見守り続けようと思う。

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