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小清水志織
2021年7月9日 22:05
「ええ~! 彼氏いないのかよ!」マーガレットさんが犯人だとわかったときの衝撃よりはるかに大きい。SNSの電話で知った美里の言葉に、ほっとするような切ないような複雑な感情が錯綜した。到底、理解が追い付いていかない。歩道の花壇には向日葵の花が大きくその花弁を揺らしている。「ちょっと、声が大きいって! 他の人が聞いてたらどうしてくれるのよ!仕方ないでしょ、その人とはつまらない喧嘩で別れちゃったん
2021年7月7日 22:03
Help me...Help me...I’m afraid...Help me...And then...There were none.もしも願いが一つ叶うなら私はまっさきに祈るわどうか 蜘蛛の巣のように絡まりあった秘密の鎖を解いてとどうして 秘密を抱えながら生きるのどうして 秘密を造ってしまうのこんなにコスパが悪いものないじゃない誰が発明し
2021年7月7日 21:56
「さあ、私のものに…!」理性をとろかすような香りに頭がくらくらする。残り1センチのところまで彼女の唇が迫ると、もはや抵抗する気力さえ失ってしまい、強張っていた両肩から力が抜けた。彼女の細い両手がしっかりと僕の頬を捕まえ、ブロンズの髪の毛がふわりと目元にかかる。ごめん、美里…。「いい子ね」彼女の息が僕の顔を撫でた瞬間、ピロリロリン! ピロリロリン!スマホの着信音が鳴った。はっ
2021年7月4日 09:55
「曾祖母は、元は愛知県の貧しい農家の出身でね。その日の食べ物すら苦労するような、窮屈な生活を送っていたの。もちろん学校に行けないから読み書きもできないし、十五歳になるまで行商の手伝いをして生計を立てていた。そんな彼女の一家に転機が訪れたの。1941年の夏のことよ」「1941年の夏といえば、まだ日本軍は真珠湾を攻撃していませんね」「ええ。この夏、一家総出で満州へ渡ったの。当時国民は敗戦色なん
2021年6月30日 19:14
「名探偵アスカの推理をお聞かせ願えます?」彼女はソーダ水をテーブルの脇へ滑らせると、組んだ手のひらに顎を乗せた。返答いかんによれば命はないと思わせる口振りである。「そうですね。では、僕が貴女を疑ったきっかけからお話ししましょう」僕はカバンからスマホを取り出すと、招待状を撮った写真を見せた。「孤島に集められたみなさんの招待状が、それぞれ異なることは以前にお話しした通りです。その人を縛
2021年6月27日 19:32
チリン、チリン。美里が去った後の『ヱルキュール』に響く入り口のベルは悲しい夏の音を奏でている。失恋、という考えたくない言葉が僕の狭い脳裏をぶつかったり跳ねたりして痛みを味わせた。マーガレットさんは細い眼を三日月のように光らせて、垂れ下がった僕の黒髪を眺めていた。「もう、おっちょこちょいなんだから。彼女の前でソーダをこぼすなんて初歩的なミスよ」僕は物言わず頭を振る。「彼女にちゃんと想いを
2021年6月25日 21:55
「美里、知らなかったのか?」僕は意外に思って美里に確かめた。彼女は少し俯いて肯定する。「うん。私が遺体を運んだばっかりに事件を混乱させたのが気になって、私のこと以外を喋る余裕が無かったの」「仕方ないわ。まあ、状況が状況だったし、厳罰にはならないでしょう。執行猶予になるかもしれない。不利にならないよう、私がちゃんと証言してあげるわ」「ごめんなさい…」「いいの。さて、飛鳥くん。ギル
2021年6月23日 08:41
K市はコンパクトシティを標榜している街だ。賽川という大型河川を横切るアーチ状の橋を渡ると、都心軸と呼ばれる中央通りが現れる。通りの両側にセレクトショップや有名カフェのチェーン店、書店、居酒屋などあらゆるタイプの店が立ち並んでおり、平日の日中といえども人口密度が高い。僕は自動車をもっていないので、バスを使ってするすると雑踏の街へ滑とり込んでいった。バス停を降りて、美里から転送された地図を頼りに目
2021年6月20日 09:57
「私見。前提としてデートに誘いたい相手との距離感が重要。それに応じて用いるフレーズを変化させる」何故、真剣にこんなメッセージを書いているのだろうかと思いつつ、止まることのない両手の指先が画面上を滑らかにスキップしていく。「1:相手が友達かそれ以上の場合。信頼関係は構築できているので、誕生日や長期休暇などを利用して外出を提案。その際、相手に不快感を与えぬよう、あくまで相手の好みにそった外出先
2021年6月18日 21:34
夢を見ていたのだろうか。使い古した敷布団の上で目を覚ますと、しみで汚れた天井が目に入った。全身を脱力させて生暖かい息を吐く。大学進学を機に住み続けている、細田不動産のアパートの一室。光線銃のような夏の日差しが西の窓から燦燦と降り注いでいる。スズメが飛んできてチュッチュと鳴いて空気を緩ませた。窓の隙間から強い風が吹き込んで、白レースのカーテンをゆらりと躍らせる。カレンダーを見れば、20××年
2021年6月16日 15:50
ギルバート・ロスは、階段を上がってきた美里とマーガレットさん、そして隣にいる僕に挟まれる形でじっと立っている。他の招待客は、睡眠薬入りドリンクのために寝てしまっているらしく、騒ぎ声が館に響いても何の反応もなかった。肩を強張らせて威嚇しており、狂気が全身からにじみ出ている。「旦那様の亡霊だと?」マーガレットは彼から視線を外さずに、こくりと頷く。「ええ。敬称で呼ぶところから察するに、きっと
2021年6月15日 08:15
『飛鳥』放課後に僕の背中を呼ぶ声がする。懐かしいトーン。ちょっとだけ尖った口調。そして柔らかな香り。リュックサックを持ち直して振り返ると、寝癖のついた髪の毛が目元を覆って、彼女の姿を隠す。『美里。どうした』彼女は周囲の視線を気にすることなく、遠慮なく僕のもとへ走ってくる。異性に近づいてくるなんて、初めて喋ったときには信じられないほど積極的な行動だ。もしかして、僕の力で彼女を変えられたの
2021年6月11日 22:07
大学に入ってから体育の授業を取らなくなり、運動不足だった足がすでに悲鳴を上げている。豆電球が列になって続く青白い通路を、マーガレットの背中を追いかけて歩く。羨ましいほどの長い足をしているので、歩幅も大きく、小柄な美里はついていくのに必死だった。「どれだけ歩くんですか?」とうとう根を上げてぺたんと冷たい地べたに座り込む。小学校の遠足で通った狭いトンネルの地面と似ている、無機質な肌触りだった。
2021年6月9日 21:51
僕は二枚の招待状を机に並べて凝視していた。午前六時。マーガレットさんが煙のように消えてしまった。彼女の部屋のベッド下やクローゼットのなか、館中のフロアを見て回ったが、結果は徒労に終わった。僕が昨晩のうちに彼女の秘密を訊いておくべきだったと悔やんだ。だが、もはや後の祭りだった。二人の夜の会話を陰でノイ・テーラーに聞かれたのかもしれない。秘密を隠すため、奴はマーガレットさんを亡き者にしたのだと想像