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龍宮のマリモ 【小説】
第一章
オリガは、地下鉄の月島駅を降りて、肩にチェロのケースを背負い、車輪のついたスーツケースを引きずりながら、三月下旬のまだ肌寒い深夜の道を歩いていた。
彼女はパリでの二年間の留学を終えて、その日の夕方に成田空港に到着し、電車を乗り継いで自宅に帰るところであった。
運河沿いの街区の一画にある、古いモルタル造りの内科医院が彼女の自宅であった。
この内科医院は、オリガの祖父が開業
人形の公爵(プリンス) 【小説】
一
明治三十八年の夏の京都では、日露戦争の最中で世情何かと落ち着かない中でも、都の旧い仕来りがおろそかにされることはなかった。
二条通を東に進んで鴨川に行き着き、右手に見える小路から南に折れると、その角から築地塀がしばらく続き、塀が切れたところで黒い冠木門が森閑と扉を閉ざしていた。門前には円錐形の屋根を載せた巡査の警備のための小屋があって、この家に出入りする者は、巡査の誰何を経た後