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シロクマ文芸部参加

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シロクマ文芸部参加のショートストーリーです。
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記事一覧

 明日も昨日もない彼女 :  「#振り返る」 4122文字

明日も昨日もない彼女 : 「#振り返る」 4122文字

振り返ると、砂時計の砂の様に世界はさらさらと崩れていった。向き直ると、やはり同じ様にさらさらと世界が崩れて行く。
前を歩いていた庸介の手を握り、意識を失った。

そこは病院だった。

彼女は、全ての事を忘れていた。
目の前にいる庸介の事も覚えていない。
彼女は母一人子一人で、母親は入院の手続きを済ませるとさっさと帰ってしまっい、ベットの横には庸介が椅子に座って彼女を見ていた。

「気が付いた?」

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宇宙(そら) :  「# 冬の色」

宇宙(そら) : 「# 冬の色」

冬の色は銀色だと思っていた。

あなたは知っているだろうか?
夜に私が浮遊していたことを…。

私自身も、
ずっと忘れていたのだけど…。
夜になると私は浮遊し町を見下ろしていた。
ふとそれを思い出して、
星が煌めき出すのと一緒に浮遊してみた。

するとね、
冬の色は銀色ではなくなっていたの。

町は半透明な紙で出来たペーパークラフトみたいで、葦原の金色の様な光に包まれていた。

硬くて冷たいコンク

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ありがとうの魔法  :  「#ありがとう」

ありがとうの魔法 : 「#ありがとう」

「ありがとう。
 ありがとう。
 ありがとう。
 ……。   」

雪の降り出した道に倒れ、
一人の女性が、
唯一知っているその国の言葉を
呟きながら亡くなった。

そんな物語を読んだ時、

とてつもなく悲しくなった。

午後から雲が広がり、
気温が急に下がり出して、
空からふわふわと雪が降ってきた。

次から次へと降りて来る雪。

灰色の空から降りて来る雪を見ながら、
ふと、その話を思い出した。

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雪山  :  「#十二月」

雪山 : 「#十二月」

十二月一日 朝。

冷気に覆われた街を高台の住宅地まで行くと、遠くに高く聳える山の頂上が真っ白な雪で覆われていた。三角の頂上は風が強いらしく、雪煙がひっきりなしに上がっている。

あの山が白くなるとこの街にも雪がやって来る。
空は晴れているのに、僅かに粉雪が飛んでいた。

「山が真っ白。」

「キレイだなぁ。」

夫は雪道の運転はそれ程苦ではないから、あの山をキレイと素直に思える。
私はアイスバー

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テレパシー  :  「# 詩と暮らす」

テレパシー : 「# 詩と暮らす」

詩と暮らすって

どんな感じだろう?

私は今、
言葉を手放そうと思う。

でも、

詩と暮らす
…と言う事は?

言葉と暮らす
…と言う事ではないか?

ただ、

詩とは言葉ではなくて、
胸に湧き上がるなにか…。
腹にすっと落ちていくなにか…。

なのだと思う。

それでも、

その何かを
誰かに伝えるために
「詩」は
いつしか言葉になって行く

私が
テレパシーで
伝える事が出来たなら

あな

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醒めない夢 : 「#逃げる夢」

醒めない夢 : 「#逃げる夢」

逃げる夢を見たのはいつだろう?
随分前で、思い出せない。

逃げながら、 
「これは夢だから、なんて事ない。」
と、
必ず夢の途中で
夢である事に気付いていた。

これも夢だったら。

雑居ビルの谷間を抜けて、
とうとう船着場まで走り抜けた。
爆弾低気圧で
全てをひっくり返しそうな風が
体を前後左右にぐらつかせる。
雲が恐ろしく早く過ぎて、
三日月が消えたり現れたりしている。
枯れ葉が空高く舞い上

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誕生日  :  「#誕生日」

誕生日 : 「#誕生日」

「誕生日、おめでとうございます。」

と、
カウンターの向こうにいる女性が、
満面の笑みで私に言った。

驚いて、書類から顔を上げると、

「今日、誕生日ですよ。
 忘れてましたか?」
と、言う。

忘れていた訳ではなかった。

ただ、誰かに
「誕生日おめでとう」
と、言われた事がなかったから、
驚いただけだった。
しかも、満面の笑みで。

誕生日は、おめでたいはずだ。
きっと、おめでたいものなの

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ミッシングピース  :  「#紅葉鳥」

ミッシングピース : 「#紅葉鳥」

「紅葉鳥?
 そんな派手な鳥ではなくて、
 雀みたいな鳥が好き。」

「紅葉みたいに綺麗じゃないか。」

「うーん。」

「綺麗な羽だし、
 鳴き声だって可愛いよ。」

「うん。
 可愛い声だけど…。」

「この鳥が嫌なの?」

「そう言う訳じゃない。」

「じゃあ何?」

弘毅から目を逸らして、店内に視線を這わせた。
鳥を鳥籠に入れて飼うこと自体が嫌なのだ。
マンションよりは広い戸建ての新居に移

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浄化  :  「#珈琲と」

浄化 : 「#珈琲と」

珈琲と飛行機雲。

テーブルに頬杖をついて、
はぁ〜と、ため息をついた。

人って、みんな違う。
そんなの当たり前だけど、
それが許されないことって沢山ある。

「同じ事をしても、それの目線の先が誰かの幸せか、お金かで、考え方は全然違うじゃない?
私さぁー、どうしてもお金を目線の先に置けないんだよね。」

と、栞に愚痴ると、

「知ってる。紗織は優しいもん。」

と、栞が言った。
ん? そこに優し

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りんご箱を探して  :  「#りんご箱」

りんご箱を探して : 「#りんご箱」

「りんご箱。
昔はりんご箱を机にしてたのよ。」

そう母さんが言う。

母さんは昭和初期のものが好き。
引き出しにくい桐の箪笥とか、
木の木目が浮き出た椅子やテーブル。
今回は、木箱のりんご箱が欲しいと言う。

「でもね、昔はりんご箱が簡単に手に入ったかもしれないけど、今はかえって割高でしょ。」

「そうねぇ。
りんご箱が売られてるのなんか見た事ないわ。」

「じゃあ無理じゃない。」

「だけどさ

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生き方の正解  :  「#走らない」

生き方の正解 : 「#走らない」

走らない。
…よね〜。

「急いで。」
と、私が言うと余計にゆったりと景色を眺めだした。

「日光は何回も来たことある。」
と言って、連れてこられた感が強くて興味なさそうだから、山葡萄の蔓籠バックを作っている人がいるから、そちらに行こうと言うと、興味を示したものの、だからと言って、動きは緩慢だ。

時間が遅くなると、見学出来なくなると言っても、のんびりと参道を歩く。
そんな母を、母の友達の知子さん

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5月のカレンダー  :  「# 月めくり」

5月のカレンダー : 「# 月めくり」

月めくりのカレンダーが5月のままだ。

はぁ〜とため息をつき、
「もう今年も残り2週間なのに、カレンダー5月って。カレンダーの意味ないでしょう。」
と、面倒くさがりの娘に言った。
どうせカレンダーをめくるのさえ面倒だったのだろう。全く呆れる。

「もう、朝からうるさいなぁ。」
頭爆発して口角にはヨダレの跡がある。
どこかの戦場にでも行ってたみたいだ。

「もうお昼だよ。こんなに天気もいいのに。」

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人間以外の生物 : 「#読む時間」

人間以外の生物 : 「#読む時間」

読む時間だ。

じっと、目を凝らし、見つめ続ける。

お互いが、お互いを読み続ける。

ふと、思う。

私はともかく、あなたは、私をどのように読んでいるのだろう?
離れた丸い目で見続けている。



…と、思うのだろうか?

巨大な獲物

…と、思うのだろうか?

私の憶測は単純で、同種でなければ「敵」か「餌」と言う、貧困な発想しか浮かばない。

果たして、彼らは人間をどんな風に見ているのか?

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ロッタとの物語  :  「#愛は犬」

ロッタとの物語 : 「#愛は犬」

愛は犬って、本当だろうか?

犬と言えば、飼い主の足音を聞き分けた途端、玄関に猛ダッシュして、尻尾が振り切れるくらい振りまくる。

ロッタもご多聞に漏れず、玄関を開けると木登りする様に私に駆け登り、首に両腕を絡めて、キスの嵐をお見舞いして来ていた。気を付けないとディープキスになるから、口を真一文字に絞めておかないと大変な事になる。
それは、ロッタがなくなるまで、毎日続いた。

それだけで私はロッタ

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