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毒婦と娼婦、豪雨の夜に・・・



”ただしばしの間のみ
束の間の花々を
われらは支度せり

されどそれらはすでに神の住処すみかへ運ばれたり
肉落ちし者らの住処すみかへと・・・”

ール・クレジオ「メキシコの夢」(望月芳郎訳)





SEMARANG,INDONESIA (2021撮影)





ワイパーが効かない、土砂降りの金曜日の夜
ここはSemarangスマランIndonesiaインドネシア

車はカリウサウ通りを旧市街方面へ走っていたが、雨期のど真ん中の激しい豪雨に捕まり、車道はカタツムリの道だった

運転席にはインドネシア人ドライバーのバルミロ
わたしは後部席に深く腰を埋めて座り、間断なく車窓を濡らす雨の分厚い膜の向こうの、雨に滲んだスマランの夜景をぼんやりと眺めていた

左手の崖の中腹に”Rainbow Village”が見える

ここはかつてのスラム街で、行政の観光資源確保の一環で、通りと家々を原色のペンキで塗り建てた途端、世界中の観光客が群がった
インスタの〈映えスポット〉ともなり、ここ港町スマランは、世界中の豪華客船の寄港地にもなっているらしい

まだこの地へ赴任間もない頃に、一眼レフを片手に勇んでここへ来たがー

あるいは、ここを訪れた豪華客船の優雅な客たちはがっくりと肩を落とし、大きな失望を抱いたのかも知れない



SEMARANAG市内(2022年撮影)
ハンドルを握るのが、バルミロ





そんなことをぼんやりと考えていると、バルミロは英語でこういった

ー”ミスター?今夜はこの豪雨で・・・”

その後は聞かなくてもわかっていた

今夜もオランダ統治下の名残を色濃く残す、KOTA LAMA歴史地区のいつもの〈SPIEGEL〉でビンタン・ビールでも飲みながら沢木耕太郎の新刊でも読もうと思っていたが、ここまで酷い雨は予想できなかった

仮にKOTA LAMAまで行けたとしても、あるいは帰ってくるのは不可能なのかも知れない
通りの至る所で冠水し、主要道路の交通を麻痺させ、雨に依って土砂崩れと倒木でインフラが遮断されることが日常的に起こるのがこの国、ここスマランなのだ

ー冷房の効いた車内では、激しく動くワイパーの音しか聞こえないー
ー今夜はまるで水の中を車で進んでいるような、凄まじい夜ー

どうするべきかー

遠くでは雷鳴が鳴り響き始め、ストロボのように一瞬だけ空が激しく光り車内を照らし出す

バルミロの問いかけには答えず、後部席からぼんやりとワイパーの動きを見ていると前方左手に雨で煙った原色のネオン・サインがかろうじて見てとれた

”Billiards”

旧スラム地区のビリヤード場か

そのとき、頭の中で豆電球が点き、バルミロに訊いてみた

ー”バルミロはビリヤードできるの?”

SEMARANG,INDONESIA 2023撮影

このバルミロには、どことなくビリヤードの達人のような雰囲気があった
身長は180cmを超えた長身で、同時に痩身
服装は常に黒い長袖シャツに黒い細身のパンツ。離婚歴があり、スポーツタイプの赤いバイクのカスタムに命を懸けているわたしのドライバー

バルミロはいった

ー”ええ。昔はかなりやりましたね。何しろ金がなかったので。それにインドネシア人の彼女のいない若い男の娯楽は、ビリヤードしかありません”

よし、決まりだ
今夜のKOTA LAMA行きは中止にしよう
わたしはいった

ー”じゃあ、そこのビリヤード場でおれと一緒にビリヤードでもやろうか。
サンドイッチやピザ、ビールくらいはあるだろう?”

そのとき空が激しく光り、やや遅れて夜空を切り裂くような轟音の雷鳴が轟いた
もしかしたら近くに落ちたのかも知れない

一瞬照らし出された車内で、バックミラー越しにバルミロと目が合った
その鋭い瞳は確実にこう物語っていた

ー”このおれに、ビリヤードで勝負を挑むような間抜け野郎がまだいたとはな。ミスター?いくらあんたが相手だとしても、容赦はしない”


INDONESIA(2022年撮影)


勝負は完敗だった
9ボールで3ゲームし、全てをコテンパンにやられた。それは秒殺に近かった

しかし、不思議と悔しさは湧かなかった
実力に差がありすぎるのだ
このバルミロにビリヤードで勝負を挑むということは、例えるのであれば
大理石の垂直な壁を素手で登るに等しい
一切の取っ掛かりがなく、だから突破口がないのだ・・・

それに、とも思った
もし趣味としてビリヤードを継続的に続けるのであれば、わたしは最高の師匠を得たことになる

薄暗い店内でキューの先端をチョークで磨きながら、ビリヤード台の向こうにいるバルミロはいった

ー”ミスター?どうします?まだ続けますか?”

わたしはいった

ー”Keep Going”(続行だ、と)

バルミロは1ゲーム終わるたびに玉をセットしてくれる”ラウンドガール”に頷き、女が気だるげに、そして少しよろめきながらソファから立ち上がる

この女ー


さっきから、この女
こいつ。まさかー
わたしの目つきが鋭くなる
異様にやせ細り、股の間が見えそうなくらいに短いワンピースを着たこの女
口元がだらしなく開き、突然へらへらと笑いー
まさかー
何か薬物の影響下にー


わたしはバルミロを見つめる。見つめ続ける
わたしの視線に気づいたバルミロは女を一瞥し、目を細める


警戒レベル1:”Be all eyes”(目を離すな)




この女ー
フランスのノーベル文学賞を受賞した、ル・クレジオの表現を、わたしの勝手な解釈で借りるのであれば薬物の影響下のー”肉落ちし者”なのかー



しばらく女の様子を視界の片隅に捉えていたが、女は気だるげにボールをかき集めセットを始める
漆黒の下着をこれみよがしに誇示しながら

わたしはキューを台に置き、踵を返し店内中央のカウンターにスナックと飲み物の注文に向かう


SEMARANG,INDONESIA,2023年撮影


カウンターに向かいながら頭の中は、かつて仕事で赴任していたヴェトナム・ホーチミンの”ラウンド・ガール”のことを思い出していた


SEMARANG,INDONESIA(2023年撮影)
本編とは別のビリヤード場


ヴェトナム・ホーチミンー(2008-2016)

やはりかの地でも雨期に降り注ぐスコールは半端ではなかった
インドネシアとの違いは、小一時間程激しく世界の終わりのように降った後は、たいていの場合綺麗に晴れ上がり、通りは吹き抜ける湿った風はいつでも心地よく感じられた

そして今夜のように、雨に降りこめられた夜は稀に、現地人の同僚とビリヤード場に駆け込んだ

しかし今思い返すに、ホーチミンの”ラウンド・ガール”たちは優秀な女性が多かった

彼女たちはビリヤードが1ゲーム終了するたびに素早くソファから立ち上がり次のゲームをセットしてくれるが、それはその性質上、どうしても前かがみになり、足元はややつま先立ちになって、ビリヤード玉をセットせざるを得ないのだ

そうした状況下で彼女たちは故意に胸元が大きく開いたワンピースを着たり、下はあえて〈見られてもいい下着〉を身に着けているのだ

機転の利く女性は、セット時に故意に脚を大きく開き、超ミニのワンピースの裾が臀部まで捲れ上がるように計算し、セットの瞬間、下着が丸出しになり、そのお尻の中央にたとえば大きく〈ドラえもん〉がプリントされた下着を身に着けていたりするのだ

それを受けてビリヤード場にいた男たちは一斉に爆笑し、拍手喝采や口笛、投げキスを彼女に送りまくる・・・

それを見てわたしは、何て頭が良い女性なんだと感心せざるを得なかった

彼女たちは、自分自身と、その場の状況を客観的に見つめることができる怜悧さを秘めていた

方向性を間違うとーつまりセクシーな下着を身に着けていたりするとー男を惑わせ危ない道へと突き進むことになるが、この機転で状況を一気に反転、明るく上方修正させることができるのだ

それは自分で選び出した仕事の環境を逆手に取る術を身に着けているのと同義で、何より決して男たちに対する〈サーヴィス〉だけでは終わらないのだ

すなわちそれは、男たちが気前よく払ってくれるチップとして即座に現金化キャッシュされ、彼女たちへの収入キャッシュへと直接結びつく

加えて、ホーチミン市内に無数・にあるビリヤード場で、店を選ぶ際は結局このような愛嬌あるラウンド・ガールがいるお店が客を搔き集めていき、それはすぐに噂となって駆け巡り、加えて彼女たちの日当の底上げにも繋がっていくのだ

実際に当時、そのひとりに訊いてみたが、そうして稼ぎ出すチップはビリヤード場から貰う日当の数倍で、日本円に換算してもなかなかの金額だった

たんなる〈お色気〉を超えた、〈短時間の圧倒的なパフォーマンス〉
それが少なくともわたしが感じたヴェトナムの素敵なラウンド・ガールたちだった


10年以上前に撮影したホーチミン、TVL通りのアイリッシュパブ”Sheridan's”のラウンド・ガール
ガラス窓の向こうのビリヤード台では連夜熱戦が繰り広げられていたが、2023年現在この思い出深い店はなくなってしまった


中央カウンター

来たときは、車から店の入り口に入るまでに受けた激しい雨粒を拭くのに気を取られ店内を見通す余裕がなかったが、実際はかなり広い店だった

ビリヤード台だけでおそらくは20台はある

客の姿はまばらで、広い店内に点在していて、それぞれの柱の側の古ぼけたソファには、やはり気だるげな”ラウンド・ガール”たち

そして異様に薄暗い店内
天井から吊るされた照明の裸電球に浮かび上がる濃密な煙草の煙
痩せて夢現ゆめうつつ彷徨うさまよラウンド・ガール
まるで死者の都ネクロポリス


カウンターのステンレスの呼び鈴を押すが、返答はない

・・・くすくす・・・くすくす・・・

振り向くと、大きな柱の側のソファーに座っていたラウンド・ガールのひとりがこちらを見て薄笑いを浮かべくすくすと笑っていた
くすくす・・・

この女ー

”肉落ちしー”

わたしは彼女に軽く、薄く会釈をしてもう一度呼び鈴を鳴らす

するとカウンターの奥の扉から、頭に包帯を巻いた男が現れて、こちらに向かって来ながらわたしのことを上から下までねめまわした
この男もー

”肉落ちしー”

ー”旦那、御用は?”

包帯男のぶっきら棒な言い方が気に入ったので、わたしもぶっきら棒に答えた

ー”Minta makan sama minum Menu?”(食い物と飲み物のメニューは?)

包帯男はわたしのカタコトのインドネシア語に鼻を鳴らしながら、カウンターの内側にかがみこんでごそごそとメニューを取り出した

ファミレスのメニューのような厚みがあったが、開こうとしても開かなかった
メニューについた食べ物のかすが貼りついて、それが接着し開けないのだ

わたしはもう一度振り向き客がいるビリヤード台のサイドテーブルを見渡す

誰も何も頼んでいない

それを”ここでは食事をしてはならない”のメッセージと解釈することにして、カウンターの隅にあったフレーバーの異なるポテトチップスを2袋と、包帯男の真後ろにあった冷蔵ケースを指差し、ビンタン・ビールの小瓶とバルミロのコカ・コーラの瓶を指定する

ー”他に御用は?”

包帯男の問いかけには首を横に振って答え、ポケットに裸で入れておいたルピア紙幣を取り出そうとしたとき、背後に鋭い気配を感じた

振り向くとそこにいたのは、さっきくすくすと笑っていたラウンド・ガールがまるで幽霊のようにわたしの真後ろに突っ立っていた

それは振り向きざまに相手の胸がわたしの腕に当たるほどの間近の距離だった

ー”何?・・・何か?”

わたしの口から出てきたのは日本語だった
咄嗟にでたというところか
ここスマランで日本語が話せる現地人など、知っている限りではほとんどいない。だから当地で日本語を使うことはほとんどない

ラウンド・ガールは口元に締まりがなくくすくすと笑っている
わたしは数歩下がり、カウンターに背をつける格好で改めて女を見る

異様な女だった

長い黒髪に血のような赤いルージュ、白く厚く塗った化粧に瞳だけが異様に潤んで輝きそれはまるで爬虫類を思わせ、猛毒を思わせる真緑のワンピースから伸びた腕に肉はついていない
何か薬物の影響下にー
この女ー

”肉落ちしー”

そして何より不気味だったのが、この女の年齢が全くわからないということだった
おそらく、”20代から50代までは、どの年齢にも当て嵌まる”

警戒レベル2:Don't get involved(関わり合うな)


肉落ちし女はこういった

ー”わたしとあそびませんか”

まさかここでビリヤードで一緒に遊ぼうと誘っているわけではないだろう
その程度のインドネシア語は理解できたが、自衛本能のせいか、わたしは自然と眉を顰めひそめ、インドネシア語ができないジェスチャーをした

するとわたしの真後ろのカウンター越しにいた包帯男が口を開き、左手の小指をわたしに一本突き立て、美術館のキュレーターのように、ご丁寧にも英語でこうご解説してくれた

それによると、この肉落ちし女を連れだすのは一晩1,000,000rpで、あとは朝までどうぞご自由にとのことだった

こういう通訳をありがた迷惑という

包帯男はへらへら笑いながら

ー”旦那、今夜は大サーヴィスですよ”

肉落ちし女はまた一歩、幽霊のようにわたしに近づいてきて、まるで輪郭があやふやな英語でこういった

ー”こんやはたのしみましょうね”

怖い
この女
間近で見るこの肉落ちし女、よく見ると目の焦点も僅かに合っていない・・・

そのときだった
左手の奥の方から、激しい唸り声をあげる漆黒の獣が突然わたしと肉落ちし女の間に突進して突っ込んできた

それはバルミロだった

なかなか戻って来ないわたしの異変に気付き、探し、見つけ、突っ込んできたのだ

バルミロは右手でわたしの肩を押し、左手で肉落ちし女の肩を押してふたりの間の距離を焼き払った

それは海を割いたモーゼの〈十戒〉や、まるで鋭い雷を思わせる激しさだった

興奮したバルミロはかなり激しい口調で肉落ちし女に詰め寄った
それはもちろんインドネシア語だったが、あまりに早口で、あまりに激しかったため、わたしに聞き取ることは不可能だった

バルミロが何と言ったのかはわからない
しかし、かなり痛烈な言葉で激しい文句のように聞こえた

すると女の形相は一変し、逆にバルミロに詰め寄って甲高い声でバルミロに文句を喚きわめはじめた

包帯男はへらへらと笑って成り行きをみている

嗚呼、何て素晴らしき世界ー

肉落ちし女はバルミロに向かって何かを鋭く叫んだ
それはここ死者の都ネクロポリスの静寂を切り裂く悲鳴で
店内の客たちが一斉にこちらを見るー

すると、カウンターの奥の扉からもうひとり男が現れた
その男の姿を見て、わたしは息を飲んだ
いや、正確には固まったといっていい

男は筋骨隆々で身長190cmはありそうな大男だった
純粋なインドネシア人ではないだろう
どこか他の血が混ざっているに違いない
あるいはやはり、機械でできているのか・・・

わたしの頭の中で日本語と英語の、普段は全く使わない単語が浮かび上がる
この男はこの店の

用心棒バウンサー


しかし御多分に漏れず、この男も異様だった
それはまるでシュワルッェネッガー主演の〈ターミネイター〉を思わせる巨人で、顔つきにどこか崩れた、いや、壊れた雰囲気がある
何か薬物の支配下にー

警戒レベル3〈MAX〉:Run away(即時撤収)

さすがのバルミロもこの壊れたターミネイター男を見て一瞬たじろいだ
包帯男は相変わらずヘラヘラと笑っていて、ターミネイターは包帯男に何事かを尋ねた
その声は思わず拍手したくなるような期待を裏切らない野太い声だった

ターミネイターが何をいったのかは正確には理解できなかったが、この状況下だ
おそらくドウシタ?と尋ねているに違いない

包帯男はそれには答えず正面を向いたままヘラヘラと笑っているだけで、代わりに肉落ちし女がバルミロを指差し、相変わらず輪郭があやふやな言葉で(インドネシア語)こう答えた

ー”こいつがあたしに・・・”

ターミネイターはバルミロの方へ視線を移しかけたが、その動作がかなりゆっくりとしていたこともあり、途中で遮るようにわたしが口を開いた

しかしそれは決して意図したタイミングではなかったはずだ
意識しないまま、何となくここで口を開いた方が良さそうだと思ったからだ

ー”Minta bon”(お勘定をお願いします)

わたしの発音のまずいカタコトのインドネシア語に、ターミネイターは無表情のまま、呟くようにこういった

ー”Orang asing”(外国人)

わたしはまたインドネシア語がわからないふりをし、それには答えずポケットからルピア紙幣の束を取り出して、包帯男に請求を促した

この辺りから状況が好転しはじめた
ターミネイターが出てきたときは、トラブルと暴力の予兆を感じ確かに肝が冷え焦ったが、わたしはターミネイターがいうように〈外国人〉なのだ

日本政府が認可し、インドネシア政府が承認した正規の労働ヴィザとレジデンスカードの両方の発給を受けている

だからここでトラブルを起こすのは、何より相手側にとってこそ不利でしかないはずだ
暴力をふるい、警察沙汰にでもなればー

おそらくは、肉落ちし女たちや包帯男は麻薬の常習者の可能性が高いだろう

ここインドネシアでは麻薬の所持や使用には厳罰が課せられ、最高で死刑判決がでる国だ

それを客相手によくぞここまで堂々とー

ターミネイターはぼそぼそと包帯男に勘定を命じ、レシートを受け取ったわたしはそのままバルミロに渡した

このビリヤード場の(おそらくは)時間制の料金をわたしは把握しておらず確認のしようがなかったからだ

それに、初めて来たこの手のお店はぼったくってくることが多いので、それを防ぐためにこのような場合はバルミロにレシートを確認してもらうのだ

バルミロは細く長い指でレシートを細かくチェックし、一度頷きこういった

ー”問題ありません”

提示された金額は日本円で約600円
1,000円分のルピア紙幣を包帯男にわたし、お釣りの紙幣はそのまま肉落ちし女に手渡した

少額とはいえ、何もそんなことをする必要はなかったのだが、発端はバルミロの喧嘩をふっかけるような激しい口調の文句だったと思えたからだ

肉落ちし女は、フンと鼻を鳴らし受け取らなかったので、わたしは自分のポケットに収め、すたすたと出口に向かって歩く

遅れてバルミロが駆け寄って来たが、外に出るまでは店内からの視線を痛いほど背中に感じた

見えていないとはいえ、やはり視線というものはカクジツに感じるものなのだ・・・



外は相変わらず、世界の終わりを思わせる豪雨だった

バルミロと車に乗り込み、店を離れてもしばらくはお互いに無言だった

そして異常に喉が渇いていた
結果、何事もなかったとはいえ、やはりかなりの緊張を強いられていたのだ

通りにコンビニを見つけ、何か冷たい飲み物でも買おうと思いバルミロに寄って欲しいと頼むと、バルミロは素早く駐車場に車を止めた

ポケットからルピア紙幣を取り出そうとしたら、バルミロが振り向き、いや、ここはおれが払います。いつものでいいですよね?


ふたりで停止した車内で、窓の外の豪雨の音を聞きながらインドネシアではメジャーなteh bottle(微糖のアイスティー)を飲み干すと疲れがどっと押し寄せてきた

バルミロに訊いてみた

ー”あそこはヤバい店だったの?”

バックミラーに映るバルミロの顔は、バツが悪そうだった
なぜならバルミロは生まれも育ちもこの街だからだ
地元には精通していなければならない

ー”数年前の自治体の〈浄化作戦〉で、あの手の店は表面上は消えたはずなんですが・・・おれが甘かったです。まさかあんな狂ったー”

それからバルミロはやや上目づかいでこう続けた

ー”ミスター?今夜、おれがあの店に案内したということは会社には・・・
会社には、黙っておいてもらえませんか?あんな店に連れていったことがバレるとおれはー”

そんなことは何も心配することはない
そもそもはわたしが行こうと提案したのだ・・・

だが、わたしはこういった

ー”今夜はいつも通りKOTA LAMAに行きおれは〈SPIEGEL〉でビールを飲んだということにしておこうか”

バルミロは満足そうに深く、何度も頷いた



END



























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