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書評集

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書評・3月のライオン

書評・3月のライオン

 文芸評論家の谷沢永一氏が語った有名な言葉があります。

才能も、知恵も、業績も、身持ちも、忠誠も、全て引っくるめたところで、ただ可愛気があるという奴には叶わない。

 深く頷く方もいるでしょう。
 可愛いとは見た目に限った話ではありません。挙動や言動から思考や価値観に至るまで、その人の持つもののどこかに言い知れぬ引力がある時、人は可愛げを感じるものです。
 多くの場合「可愛げのない奴だ」と否定的

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書評・「科学的」は武器になる 〜世界を生き抜くための思考法〜

書評・「科学的」は武器になる 〜世界を生き抜くための思考法〜

 あまり身の上の話は得意ではないのだが、きょうはしてみようと思う。
 七年ほど前、毎日ホールで行われたトークイベントで、早野龍五先生とお会いした。Twitterでは散々一方的にお世話になっていたのだが、お会いするのは初めてだった。
 ツイートに滲み出る、実直で飾らないお人柄そのままの和装紳士に、初対面という気があまりしなかったのは、SNS特有の距離感のせいだろうか。
 イベント後の交流会で、以前か

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書評・重版出来!

書評・重版出来!

 古代中国に『指南車』という車があった。
 櫓のついた人力車の上に仙人を模した人形が立っており、常に一方(主に南)を指している。車輪と櫓に歯車が仕込まれており、どう車を取り回しても、人形は同じ方向を指し続け、それを基に行軍の方向を知ることができた。人を教え導く「指南」はここに由来する言葉である。
 面白い言葉だと思った。ただ南を指すだけで、そこへ行けとは言わないのだ。向きは教えるが、どこへ行くかは

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書評・チェイサーゲーム

書評・チェイサーゲーム

 江戸後期の歌人にして僧侶、良寛和尚には嫌いなものが三つあった。ひとつは歌詠みの歌。ひとつは書家の書。ひとつは料理屋の料理、と。
 のちに芸術家、北大路魯山人が『料理芝居』と題した文の中でこれを引用し
「料理人の料理とか書家の書というようなものが、いずれもヨソユキの虚飾そのものであって、真実がないからいかんといっているに違いない。つまり、作りものはいけないということだ」
 と説いた。
 しかし同時

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書評・彼方のアストラ

書評・彼方のアストラ

 SFに限らず、物語を持つ作品というものは、見るものをどの視点に座らせるかということから始まる。
 例えば推理もの。多くは警察や探偵の視点で物語が進む。つまり観客をその視点に座らせて、事件の発生から解決までを追い、見るものに緊張感をもたらす。
 が、刑事コロンボや古畑任三郎のように、犯人の視点から事件を描く倒叙と呼ばれるスタイルも存在する。それぞれに違った楽しみがあり、その視点をどう作品に生かすか

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書評・エンターテインメントという薬

書評・エンターテインメントという薬

 シェイクスピアの喜劇『夏の夜の夢』の終幕、悪戯好きの妖精パックが観客に告げる口上は有名である。

われら役者は影法師、皆様がたのお目がもし
お気に召さずばただ夢を、見たと思ってお許しを。
つたない芝居でありますが、夢にすぎないものですが、
皆様がたが大目に見、おとがめなくば身のはげみ。
私パックは正直者、さいわいにして皆様の
お叱りなくば私もはげみますゆえ、
皆様も見ていてやってくださいまし。

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書評・AI vs. 教科書が読めない子どもたち

書評・AI vs. 教科書が読めない子どもたち

【問題】
 1980年代末から90年代初頭にかけて、主に家電などの分野で宣伝に利用された『ファジィ』という言葉がある。

①そもそもファジィ論理とはいかなるものか。
②ファジィ論理はどのような家電にどのような形で応用されたか。
③なぜ現在はファジィを宣伝しなくなったのか。

 以上の3項目について、それぞれ140文字以内で説明せよ。
(制限時間5分)

 日進月歩の現代。技術の刷新と話題性の劣化は

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新九郎、奔る!雑観

新九郎、奔る!雑観

 ホントーに知る人ぞ知る快作『ヤマトタケルの冒険』から三十余年。ゆうきまさみが満を持して放つ戦国エンターテイメント。
 兼ねてからやたいやりたいと口にだけはしていたというだけあって、熱意がみっちり画面にあふれている。いや、本当に溢れるような描き込みと文字の数だ。以前私は氏の漫画を『白の多い画面』と表したが、本作はうってかわって画面の情報量が多い。
 歴史物はそうなってしまうものだし、そうでなくては

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書評・白暮のクロニクル

書評・白暮のクロニクル

二十世紀初頭。イギリスの推理作家ロナルド・ノックスが、その著書『探偵小説十戒』に記した、推理小説のルールというものがある。

・犯人は物語の当初に登場していなければならない。
・探偵方法に超自然能力を用いてはならない。
・犯行現場に秘密の抜け穴、通路が二つ以上あってはならない。
・未発見の毒薬、難解な科学的説明を要する機械を犯行に用いてはならない。
・中国人(超常的な怪人)を登場させてはならない。

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書評・背すじをピン!と

書評・背すじをピン!と

 まず白状する。私が本作に最も惹かれた点。それは、いわゆる『嫌な奴と嫌なこと』が登場しないことだ。
 ストーリーを盛り上げるコツのひとつは、起きて欲しくないことが起きることだと思う。悪役であったり天変地異であったり事故や怪我であったり、形態は様々だがおよそ主人公の進行を阻害するものだ。
 題が競技ダンスなのだから、起きて欲しくないことなど多々あるだろう。誰かが膝に爆弾抱えていたり、敵対キャラが靴紐

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書評・SKET DANCE

書評・SKET DANCE

 学園ものである。が、ラブコメ色は皆無である。
 部活が中心である。が、全国を目指すようなこともない。
 ドタバタギャグである。が、時には胸の奥を覆うようなシリアスな話もある。
 どないやねん!と突っ込みが来そうな紹介だが、残念ながらすべて事実なのだ。本作はこれらをまぜこぜにしつつ、しかと一本の作品にまとめあげた、青春SFギャグストーリーの痛快な成功例なのだ。

 ちょいと自由すぎやしないか?とい

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書評・ペンと箸

書評・ペンと箸

 宴席を始める時、手にした杯を互いにあてる乾杯の風習は、掛け声こそ変われど世界中に存在するという。一説では、ぶつけることで杯の中身を混ぜ、互いに毒を盛ったりしていないことを確認する行為が起源だそう。
 食事は命に直結する行為であり、それを共にすることは強い信頼の証でもある。家族、同僚、友人、恋人。食事を共にできる間柄は、それだけで一席の話にできよう。

 大手外食情報サイト『ぐるなび』で連載されて

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書評・ナナのリテラシー

書評・ナナのリテラシー

 まず身の上話を一席。
 私がゲーム業界に興味を抱くようになったきっかけは、本書の作者が週刊ファミ通誌で連載していた『あんたっちゃぶる』という漫画だった。
 作者自らの取材や体験を綴るルポスタイルが主体であり、業界のきわどい話が聞けたり、ゲームと縁も所縁もないような内容であったり。とにかく思春期の私に、知らない世界を存分に垣間見せてくれた。
 そして本書を読み終えて思う。これはルポ漫画なのではない

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書評・あさひなぐ

書評・あさひなぐ

 スポーツやゲームなどの競技を題にした漫画は、およそ2種類に大別される。主人公(ないしそれに準ずるキャラ)が、その競技にとって有利な特徴を最初から持っているか、物語の過程で獲得していくかだ。
 前者は少年漫画に多い。使い走りで鍛えた足が無二の武器となる『アイシールド21』然り、卓抜した野球センスを持ちながら努力嫌いが成長を阻害していた『タッチ』然り。
 後者は青年漫画で多用されるが、本作は当代にお

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