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軽すぎる好きはかなた《2》シャボン玉


 どの道、余程「人生変わる」は私の方であった。天気予報が外れてもメグの大袈裟な予想は当たり、小雨の音に釣られてうつらうつら、左側の窓に視線を注ぐ。と、灰色の校庭は勿論のこと、何もかもが小型に見え、それらを自在に移動して満足のいく町を作る(夢路)。『僕は公園のすぐそばに住んでるよ』『うちと遠くないんだね』

 メッセージこそ恋人宜しく盛んだが、猶もレオとは直接話せなかった。『多分みんながとやかく言う あと恥ずかしいから』に共感できてもクラス替えのカウントダウンが、そうだ、このような日に傘を並べて帰るのはどうだろう。だらだらと、或いは急ぎ足の群れに紛れ込む。
 ビニールでないことを祈って振り向くとばっちり目が合い、一歩踏み出す決意をする。
 よし。頭が冴えてきた。諸活動なしに感謝して、まずは授業を。


 互いに恋愛感情を抱いて戯れるだけで物語がお終い、など御免だ。ハードルを下げ、何とか四人組になり、少しでもかわいく思われたい。
 外に跳ねた髪を梳かして、ジャージはやめる。
 ただ、毎度お手洗いで当然の如く鏡の前を陣取って喋りまくる数名に怯えていた。いじめられはせずとも独特のくすくす笑いを聞かされる。
「あ、つ……使っても?」
 氷のような沈黙、スカート姿を物珍しげに見て、うんと頷く彼女らに囲まれながら、震える手で辛うじてリップクリームを塗った。
 メグが隣に居てくれて心強かった、彼とべったりなシノブはこれに比べたら易しい。
 無駄な足掻きかも知れないけれど、今の自分が好きになれた。


 花のよう、カラフルがそこら中に咲き、プールのフェンス沿い、曲がり角で待ち伏せ、透明な誘い、程よく距離を保つも、つんと触れてしまって、照れる。

 ところが、実際は。


「ああいうの苦手なんだよね。普通が一番なのに、媚びないで欲しい」
「ひぇーっ!」
 こちらに全く気付かず通り過ぎる、レオの鋭い本音とシノブのシャウトが突き刺さり、愕然とした。水玉模様に可憐なフリル、メグに借りた、俄仕立てのラブリーさえ否定される。
 衝撃は土砂降り、受骨に頭頂部をぶつけたせいか、やたら滲んだ情景、留まり熱を失う脚、涙がぼとぼと地面に落ちた。
 要はありのままが好き、なんて素晴らしい、とはいえ、不変を求められ、「いつまでもカッコいいナナセを演じろ」と?矛盾。

 トレードマークのツインテールを振り乱して怒る大切な友人、しかし内容は入って来ない。成績のように幾らかの頑張りが認められ結果を得る、とは限らず、【幻の君】を押し付け合って、異なるとがっかり、あくまで側面、
「寧ろ、はっきり言ってもらえて助かった」
 どこか覚えた違和感を洗い流し、「話し掛けなくて正解」と覆い被せる。


 帰宅後に『あったかくしてね』の残酷な優しさ、思わずスマートフォンをリビングの草臥れたソファにぽんと投げた。彼の言葉に傷付き、癒される。『遊ぼ』のスタンプ、悪い男が良かった。本当に中途半端で、再び気を持たせる。
 
 部活動のバスケットボールについて延々と語ったり、手元でやり取りしつつアクション映画を大いに楽しんで、雪だるまの写真が送られてきて、打ち明けたダンスの継続は褒められ、親友がシノブの理由、妹(小学生)との仲、おいしい季節限定スイーツ、得意科目を教え、私がファンなアーティストはピンと来なくとも聴いてみる、何か起これば真っ先に浮かぶ、喜び悲しみ引っ括めてレオと半分こにしよう、たくさん伝えたかった。
 あまりにも近くて、遠い。手の平からはみ出た便利な携帯型端末によるコミュニケーション、理解者ごっこ、字幕風フォントの飛び交う記憶、儘ならぬ。

 切なく机に向かい、表紙の絵が爽やかな教科書を開いては閉じる。
「ちょっと踊ろ」
 あの雑音が消え去るまで、ひたすら汗をかき、膨らんだ風船は萎んでいく。


 週末、チョコレートの匂いを嗅ぐとほろ苦い気分は忽ち甘くなった。レシピに従って、わくわくも味わう。おまけに過度なトッピングはいかにもメグらしい、腹を抱える。
 淡色パッチワークのエプロンに麗しい襟付きワンピース、陰で【姫】と呼ばれようと自身のかわいいを忠実に、貫く彼女とのんびりおやつの時間、
「ナナセちゃんやお友達には綺麗なやつ。割れちゃったのはパパにあげよっかな。食べられるもん」
「でさ。名作を『最高』って安易な感想で済ますんだよ。私は『キャロラインと貝殻のシーンが伏線』ーー長文書いてたの。ここがズレてて、でも、羨ましかったり」
私の心はやはり彼に固まって、されど、溶けたら二度と元には戻らない予感がした。

 
 さて、親との約束を守らなければ。テスト勉強にも励み、数学の文章題が難しく置いて行かれた夕方に、犬の遠吠えがさよならを告げる。
「いよいよ塾通いかも。じゃあ、今日はありがと。お邪魔しました」
 ボアのアウターを羽織って、増えた荷物を背負い、メグの家を出た。しましまのニットに膝が擦り切れた細身のパンツと重たいブーツがお決まりの服装だった。あんなに短かった前髪は伸び、『会えますか』の奇跡的な連絡に舞い上がる。
 ひとり、道端で軽快なステップを踏んでしまった。万一に備えラッピングしておいた、何だか運命っぽい、住宅街が楽園に変わる。


 『お待たせ』歩道橋の階段にて、パーカーのフードを被り、会釈するレオはさながらお忍び、スーパースターのようにオーラを放っていた。
 こちらは唇が動かず、反対に心臓が暴れ回る。
 あちらも暫し、もじもじとレトロな猫が描かれた紙袋をぶら下げて、もしやバレンタインの贈り物。
「ええ、っと。交換?」
 サプライズをぎこちなく受け取った途端に全速力で走って逃げられるばかりか靴紐が解け、追い掛けずに両想いだと確信を持つ。
 彼が私の為に選んだ【宝石箱】はオーロラに輝いて、口の中でじわりと蕩けた欠片、頬は緩みっ放し、大好きが満ち溢れる。
 
 だがしかし「付き合ってください」とは言われなかった。
 
 催促すれば、前回のトラウマが蘇る。
 幸いにも試験期間。悩む暇なく曖昧なまま凌げた。


 とどのつまり、恋愛に現を抜かし、真剣にやった筈が未だかつてない悲惨な点数に母が表情を歪める。
「あーあ。だから『冬季講習に参加して克服しなさい』と」「お姉ちゃんの頃は」
 今更の説教、鳴らない通知音、どうも双方で躓いた。

「もしも転んだらきっと駆け寄ってきてくれたし、告白のタイミングを掴まえられなかった私じゃダメ。別のクラスで、内緒話を聞かなくて、そもそも好きにならなきゃ。ううん、そんな【たられば】はレオを想ってる自分ごと消しちゃうみたいで、なんか、すっっごいやだ」
 膨らんで、穴が空き、裂ける。

 早朝に登校して隙を見せ、放課後はどこぞの先生に注意されるまで教室に居残った。
 また、僅かな可能性に賭けて、シノブとSNSで繋がる。『あいつが何考えてるか分からんのよ』『私の』『彼氏だろ』『違う』『確認しとく』
 優柔不断な彼のアカウントを血眼で探るも非公開、恐るべき執念、ひと月を棒に振った。
 交流が途絶えた挙句にホワイトデー、次こそ叶うと信じて、沈む。


 体育館の入り口に溜まりがちなバスケ部のメンバー、コミュニティに馴染んだシノブ、人見知り且つ背が低いレオはぼうっと校舎を眺めてしゃがんでいる。そこへ詰め寄り、
「さっさと返事して!」
まだごめん」
と謝られ、初のまともな会話が終わった。【しつこく泣き縋る痛々しい女の子】は余計に嫌われる。
 敢えて笑顔を向けた。


 完全にフラれたと思いきや、
『周り荒らされんのきっつかった とりあえず離れて来年の卒業式に』『は??』
 冷めた料理は温められる、が、約一年は期限を超える。
 差し詰め、恋に恋をして愛は愛せない。
 

 冷凍保存のアイスクリームになれば、魔法少女のペンダントを強請る子供みたい、おかげで変わろうと思えたんでしょ、ナナセちゃんのライバルは自分、もっと出逢った人をリスペクト云々はご尤もなメグの指摘、我に返って愚かさを恥じた。


 吹き飛ぶ春嵐のち寝不足、塾前の駐輪場、缶コーヒーは微糖、真新しい自転車に跨り、洗いざらい述べる。
「生きてたら必ずいいことが。そりゃまあね。せめてもの救いは無責任に吐く気休めにも、」
「へえ」
 ポケットティッシュで片方ずつ鼻を擤み、話し相手のカドマルは淡々と応えた。
「絶対が首を絞めて過剰なポジティブもネガティブも身を滅ぼすかも知れない、つーか。ナナセは危険」
 成る程、【対象外】の異性同士ならば落ち着ける。いつかはレオともーー
「もう黙って。俺がしんどい」
 
 いきなり声を詰まらせてじーっと見つめ、
「ん。ドキドキした?」

 冗談はやめろ、「好き」が軽すぎる。



★ここでのLeoはライオンではなく声です/タイトル、意図的に好き「の」を「は」にしました。



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