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文学作品

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高校生の頃に作ったものを手直ししています。あとは最近の作品です。
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記事一覧

理想の恋人(ヒト)⑧

理想の恋人(ヒト)⑧

理想の恋人、贈ります つづきです。…

お待たせして大変申し訳ありませんでした。

ようやくお客様にこの言葉をお伝えできる日がやってきました、『理想の恋人、いよいよ贈り致します』。

ようやく待ちわびた日がやってきた。正直長かった。正直何度かこの会社のことを疑ってしまった。既に僕の口座からはモーネッド社に言われるままにほぼ全額が引き落とされていた。拠点は海外だし、詐欺行為ならきっと容易にできたこと

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理想の恋人⑦

理想の恋人⑦

理想の恋人、贈ります つづきです。…

風にすっかり秋の気配がするようになった。日差しはまだ眩しいが、酷暑の時期は過ぎたようだ。心地よい暖かな日差しを感じられるこの時期を、ワタシは気に入っていた。総務部では毎年この時期になると社恒例の最大行事の一つ、「大バーベキュー大会」の準備に入る。貴重な土曜日が潰されるのは正直カンベンなのだが、参加すれば飲み食いがタダだし、何よりボーナスのようにお小遣いまでも

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理想の恋人⑥

理想の恋人⑥

理想の恋人、贈ります つづきです。…

その日も僕は急いで家に帰ると、待ちきれないようにPCを立ち上げた。いつものようにモーネッド社のHPをクリックすると、そこには衝撃的な文字が掲載されていた。

「理想の恋人販売中止のお知らせ」

僕は目を疑った。もうすぐ会えるはずなのに、はずだったのに。どうして?どうしてなんだ?理解もできず、僕は手が震えマウスも満足に握れなかった。僕は慌てて文章を読み進めた。

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理想の恋人(ヒト)⑤

理想の恋人(ヒト)⑤

理想の恋人、贈ります つづき…

浜田山(注:世田谷区のまずまず閑静な住宅街エリアです)に本社なんて、聞いたことあるだろうか?ココの会社は名前だけなら一応知られてはいる。10年前に偶然流行った飲料のおかげらしい。私も高校生の時に何度か友達と原宿で飲んだことがあった。原材料の輸入を一手に請け負っていたから、テレビで何度か紹介されて、それで当時の社長のキャラの良さとともに一躍有名になった。今ではすっか

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理想の恋人④

理想の恋人④

理想の恋人、贈ります つづき…

勤務時間内に必死に働いて、急いで家に帰る。そんな生活をもう、2週間近くも続けている。理想の恋人とは随分と知り合えた気がする。お互いの学生時代とか、就職後の苦労とか、相手に負担のないくらいには正直に語り合った。モーネッド社の性格解析によれば、僕は寡黙な職人気質らしかった。心を許せる人にこそ心を開く、そうして関係性を高め合うのが僕の特性らしい。そう、かもしれない。確か

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理想の恋人(ヒト)③

理想の恋人(ヒト)③

理想の恋人、贈ります つづき…

アプリを初めて1週間、僕はもうすっかり理想の彼女に夢中になっていた。アプリは3日目から、操作はチャットアプリを真似た会話形式になっていた。以前に婚活アプリで体験したことはあったが、相手の反応が薄かったのと、何を書いてよいのかも分からず良い記憶は何もなかった。それでもこのアプリのすごいところは、初めてしばらくは「チュートリアル」設定があって、細かくアドバイスやコメン

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理想の恋人(ヒト)②

理想の恋人(ヒト)②

理想の恋人、贈ります つづきです。…

「できた…」
思わず声が漏れた。時計は明け方の4時を過ぎていた。衣服の選択を済ませて、ようやく第一段階が終了した。どうやら初日にいきなり最後まではたどり着けない設定になっているようだ。確かに出会った初日に相手の全てを知ってしまえば、逆にすぐに興覚めしてしまうものだ。オトコの本音をこのシステムは十分に把握しているようで、今日は初回で外観と服装まで。それ以上は何

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理想の恋人(ヒト)①

理想の恋人(ヒト)①

いま思いだしても、あの瞬間から僕の燃え盛った情熱の炎は消えることはなかった。PC画面に映し出された広告の見出しに僕の目とココロはすっかり奪われてしまった。

理想の恋人、贈ります

それは国外の新規企業「Moned社」が大々的に打ち上げた広告CM記事だった。社名を聞いたことはなかったが、検索すると様々なレビューや意見記事がトコロ狭しと画面に並んだ。さらには記事の見出しがどれも刺激的だった。

「こ

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僕の未来予想図⑦

僕の未来予想図⑦

新人の朝は早い。僕の朝は職場の床掃除から始まった。6時起床、6時半自転車で出勤、7時に朝の掃除開始。就職後から毎日続けている、僕の朝の業務だ。一通り掃除を済ませると、お湯を沸かして、台所の湯飲みを片付ける。先輩たちは時々深夜まで仕事をしていて、各自の机に置きっぱなしのお茶を片付けるのも僕の朝の業務の一つだ。急いで朝の業務を済ませると、僕は机に置いた冊子に目を通した。先輩が来るまでに判例の問題点と解

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僕の未来予想図⑥

僕の未来予想図⑥

平凡に過ぎていく日常、そんな日の終わりはあっけなく訪れた。
きっかけは先週やってきたカネさんの知り合いだった。突然現れたその人の横には人懐っこそうな笑顔のオジサンと、6歳くらいのオトコの子が並んで立っていた。オジサンは少し頭が弱いのか、頭を下げてひたすら笑顔でへえ、へえと言うだけだった。聞けば嫁さんに逃げられた挙句、家賃も払えずに部屋を追い出され、行き場所もなくなったそうだ。だからしばらくの間この

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僕の未来予想図⑤

僕の未来予想図⑤

僕がここの工場にたどり着いて数日、カネさん夫婦は僕の話を真剣に聞いてくれた。奥さんは声を上げて泣いてくれて、カネさんはすごく優しい笑顔で肩を叩いて励ましてくれた。
「もうナンも心配いらんよ。好きなだけココにいて良いから。修クン、ナンもないけど、ココでゆっくりしてきんさい。」
カネさんの言葉に、ようやく僕は救われたような気がした。気づけば僕も、声を上げて泣いていた。それは忘れていた涙だった。数年ぶり

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僕の未来予想図④

僕の未来予想図④

小さな頃から、作り笑いが得意だった。今にして思えば、自分が生き抜くために覚えた術だったのだと思う。笑いたくて笑うのではない。自分の感情を抑えるのに必死だった。そして相手の感情を理解するのも大変だった。

生まれ育った家庭は裕福だったと思う。オモチャでも服でも、多分モノなら何でもあったんだと思う。ただ愛情だけが、そこにはなかった。あったのは歪んだ愛情だけだった。父親を名乗った人は頭が良く、日々の努力

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僕の未来予想図③

僕の未来予想図③

僕は班長の金田さんを尊敬と感謝の想いを込めていつもカネさんと呼んでいた。
「カネさん、奥さんと籍は入れないんですか?」
いつだったか、昼食時に話の弾みで奥さんから籍を入れていないことを聞かされた僕は、思い切って金田さんに聞いてみたことがあった。
「ウン?そうね、籍ね。そりゃオレだって入れたいよ。でもね脩クン、この国には戸籍とか色々と厄介なことが色々アンのよ。それにオレはもうアイツに何も余計な迷惑か

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僕の未来予想図②

僕の未来予想図②

いつだったか、偶然見かけたテレビには南国のジャングルの様子が映し出されていた。夏の強い日差しでも入り込まないような鬱蒼と茂る樹々に、姿の見えない鳥たちのけたたましい鳴き声、すぐ近くで響く肉食獣の唸り声。そんな世界で画面に映る記者の頬には汗が伝い、白い上着が肌にはり付いた様子が熱と湿気のひどさを伝えていた。喧騒やまず湿った熱気が辺りに立ち込める世界、そんな世界が僕のそばにもある。この数年僕が勤めてい

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