美しい人とキレイな人の違い

世の女性を褒める時に、「キレイ」や「美しい」といった形容詞が使われることがある。これらは似ているけど明確に違う。無意識のうちに使い分けているけど、この両者って何が違うんだろう。

美しい人

造形が「整っている」人のこと。先天的にせよ、後天的にせよ、造形が何らかの黄金比にのっていたり、調和が取れている。特に努力せずとも20歳くらいまでは保つことができることが多い。

10代の時にすごく美形で、それ故にモテていても、30代・40代・50代もその美形の比率のままで外見を保っているとは限らない。例えば肥満とか。


キレイな人

身嗜み、体型が「よく手入れされている」人。造形の問題ではなく、肉体の状態が若々しく健康的で清潔感ある様。

そもそも肉体には加齢による経年変化がある。重力に逆らいにくくなり、太りやすくなり、肌に張りが減ってシミ・シワが増え、髪の毛のボリュームは減る。しかしそれに対して手入れが行き届いている人は、「キレイな人」である。


「キレイは作れる」は本当

普通に生活をしていたら、スタンダードな加齢曲線の通りに年相応の容姿の変化となる。そこを、かなり頑張って長期間継続的な努力をすると、平均的な加齢現象から争って「キレイ」な人になる。「キレイ」はスタンダードな加齢曲線に争った努力の結晶

したがって、「キレイ」は多くのお金と時間と労力がかかる。もちろん興味がないとこれを継続することは難しい。ただ不可能ではない。生まれ持って「美しい人」でなくても、「キレイな人」には近づける。


「キレイ」の基準は年齢によって違う

例えば、40-50代女性の場合。
肌に張りがあり、シミ・シワがなくてきれい。髪の毛が艶々している。太り過ぎでも痩せ過ぎでもなく、健康的なほどよく筋肉がついた体。体型や骨格によく似合った清潔感のある小綺麗な服装をしている。こういう人は「キレイ」と形容されるのではないだろうか。実際に「美しい」人ではなくても。

このような人が例え10-20代の時「美しく」も「キレイ」でもなく、全然ぱっとしていなかったしても、40-50代になった時にその世代での「キレイ」に該当するかもしれない。

「キレイ」の基準は年代によって変わるので、「キレイ」の価値観が固定概念に縛られているのも考えものだ。


まとめ

「美しく」で「キレイ」なのは強いだけど、キレイは後から作れる。
しかし「キレイ」は長年の努力の結晶であり、それは普通でない。
世の中の人に無意識のうちに「キレイ」を求めるのも違うと思う。

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