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創作小説

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創作した小説たち。フィクションも、ノンフィクションも。
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記事一覧

嘘が上手な女の子

嘘が上手な女の子

沙希は咄嗟に嘘をつくのが上手い。

たとえば、「沙希ちゃんって彼氏いるの?」と誰かに尋ねられた時、「いる」と「いない」以外の答えを何通りも、沙希は持っている。二択の答えしか持たず、それも真実しか言えない馬鹿正直な僕とは正反対だ。そう僕が言えば「嘘をつけないのが紘のいいところだよ」と沙希は笑った。けれど今にして思えば、それも彼女の得意な咄嗟の嘘だったのかもしれない。

沙希は僕の世界から、たびたびい

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急行を見送って、恋が終わる。

急行を見送って、恋が終わる。

何もない街の、何もないところを愛していた。

きみと私の共通点はそう多くはなくて、ただひとつ挙げるとすればそれは「各駅停車しか止まらない駅に住んでいる」ということだった。最寄り駅に止まる電車の速さはそのひとの生きるスピードを表しているとどこかで聞いたが、本当だろうか。止まらない電車を見送るように、羽ばたいていく友人たちを何度も見送ってきた。

きみの住む街は都内なのになんにもなくて、駅からの道がと

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マフラーの話。

マフラーの話。

「コートは重くて好きじゃない。肩が凝るから」

そう言った彼女が重荷に感じていたのは、コートではない、もっと別の何かのように僕には思えた。

僕達が通っていた高校は、田舎ではめずらしい私立の中高一貫校で、所謂「自称進学校」というやつだった。

毎日スクールバスで通学、同級生は6年間一緒、高校受験はなし。そんな僕達のことを、よく先生は「ビニルハウス育ち」と揶揄した。

僕達はそんな温室で守られながら

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ライターで打ち上げ花火に火をつけた たぶんなんにも怖くなかった

ライターで打ち上げ花火に火をつけた たぶんなんにも怖くなかった

3年前、学生として過ごす最後の夏。真夜中の電話で呼び出された僕は、居酒屋にいた。ビールが安いと噂のその店では既に友人2人が出来上がっていて、僕は軽くため息を吐いた。だけどこんな夏も今年が最後かと思うと途端に愛おしく思え、適当なサワーで彼らに付き合うことにした。

「2次会どこ行く?」
「もうお店開いてないよ、コンビニで買おう」
「俺ラーメン食いたい」
「え、花火あるじゃん!したい」

1次会で程

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大人になりきれなかった私へ

大人になりきれなかった私へ

大人が嫌いだった。

子どもより頭が良くて何でも知ってる癖に、ビールが入ったグラスで乾杯した瞬間全てを忘れたように笑う姿が嫌いだった。

それはまるで、体育祭の後にそれまで喧嘩していた男子がキラキラした笑顔でハイタッチする光景を見ているようで、私には到底理解できないと思った。

あんな嘘つきな大人にはなりなくなかった。

・・・

大学2年の初夏。4月生まれの私はとっくに20歳になったけど

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あいうえおnote【え】

あいうえおnote【え】

スーパーでの買い物の帰り。3歳の娘が銭湯を指差して、言った。
「まま、まま。あのお家はちゃんとサンタさん来るね!」

煙突その言葉に、自分がこの子と同じくらいの齢だった頃を思い出した。クリスマスが近づく頃、絵本でサンタクロースの存在を知った私は、泣きながら母に尋ねたことがある。
「まま、うちにはえんとつがないからサンタさん来ないの?」

本気で心配する私を笑うこともなく、母は優しく答えてくれた。

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あいうえおnote【い】

あいうえおnote【い】

「いらっしゃいませ〜」
店内には、はっとするような鮮やかな青が広がっていた。

インディゴ・ブルー

岡山から電車に揺られて20分。初めて降り立った町は、国産ジーンズの発祥地だった。

ふらっと立ち寄った店内は、ジーンズやエプロン、バッグと、様々なデニム商品が飾られていた。

「綺麗な青...」
「"インディゴ・ブルー"って言うんです、その色」

思わず漏れた感嘆の声に反応した店員さんが、教えてく

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あいうえおnote【あ】

あいうえおnote【あ】

「お姉さん、チョコレート落としましたよ」

新幹線を降りて地元駅の改札を抜けると、アーモンドチョコを持った男にナンパされた。

アーモンドチョコ

「...いえそれ私のじゃないです」
「え、違いました?じゃああげますよ〜」
「いや誰のかわからないチョコレートもらえないでしょ!てか何してるのお兄ちゃん!」
「つれないな〜お前は」

兄はチョコの箱をカラカラと鳴らし、楽しそうに笑う。どうやら迎えに来て

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ライアー・バレンタイン

ライアー・バレンタイン

二番手の女にとって、クリスマスやバレンタインは自分が本命ではないという事実を突きつけられる残酷なイベントだ。

社会的によろしくない関係の私達は、互いの連絡先を知らない。会った日に、次に会う日を決めることになっている。

「来週は?」
「来週...木曜なら空いてるけど」
「あ〜...木曜は空いてねえや」
「あら珍しいのね」

疑念を抱かせないようにノー残業デーでや華金をあえて避け、木曜に会うことの

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ヨコハマ・ワンナイト・ドリーム

ヨコハマ・ワンナイト・ドリーム

土曜日の横浜駅は相変わらず人がひしめいていて、電車を降りた私はいつもより長めに息を吐いた。

「JR改札むかいのドトール前」

絵文字も句読点もない、相変わらずなLINEに「むかってる」とだけ返す。人混みの中に、黒いイヤホンをしてスマートフォンを弄る彼の姿が見えた。

「おう」
「おう。場所言わなくてもわかったのに」
「久しぶりだから忘れてるかと思って」
「まあ、確かに久しぶりよね」

彼とは2

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