五輪塔

南関東の石造物⑯:御墓堂墓地五輪塔(伝・足利義明夫妻の墓)

名称:御墓堂墓地五輪塔

伝承など:足利義明夫妻の墓

所在地:千葉県市原市 満徳寺管理御墓堂墓地

JR内房線の八幡宿駅からほど近い住宅地の中にある「御墓堂墓地」の駐車場の一角に、小弓公方足利義明夫妻の墓と称される五輪塔二基がある。

御墓堂墓地は満徳寺が管理しているが、寺院自体墓地とは全く別の駅を挟んで反対側にあり、住宅街の中にあることもあって墓地は極めてわかりにくい場所にある。

足利義明は

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雑記:伊豆韮山界隈の史跡

今回は静岡県の伊豆の国市、合併前は韮山町であった界隈の史跡を一挙紹介。

数年前に伊豆長岡駅でレンタサイクルを借り、韮山駅・原木駅あたりまで足を伸ばして可能な限りの寺院や史跡を回ったが、まずは源頼朝配流の地である蛭ヶ小島。

現在は史跡公園になっており、石碑と源頼朝・北条政子夫妻の銅像が建っている。

韮山駅からほど近い願成就院。

運慶作の国宝の仏像五体を所蔵する伊豆の名刹で、北条時政の開基。

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東海地方の石造物⑫:霊山寺五輪塔(伝・平重盛の墓)、宝篋五輪群

名称:霊山寺五輪塔、宝篋五輪群

伝承など:平重盛の墓(五輪塔中央塔)

所在地:静岡県沼津市本郷町 霊山寺

沼津市の霊山寺(りょうぜんじ)は地元では「れいざんじ」と呼び習わされ、はっきりした創建年代は不明であるが、鎌倉時代中期にはその前身となる寺院が造られていたと考えられる。

霊山寺の歴史を物語る鎌倉時代の石塔群が境内墓地には残っており、中でも二メートルを超える巨大な五輪塔が中央に建つ三基の

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北関東の石造物⑯:長徳院五輪塔群(山川結城氏墓所)

名称:長徳院五輪塔群

伝承など:山川結城氏の墓所

所在地:茨城県結城市今宿 長徳院

山川氏は、結城氏の初代朝光の四子である重光が山川荘の地頭になったことから始まる結城氏の分家で、長徳院はその菩提寺である。

山川家歴代霊廟と呼ばれる墓所には五輪塔が建ち並び、山川氏当主の墓所とされている。

銘文などもなく、五輪塔はいづれも乱積みであるが、室町時代から戦国時代にかけてのものと思われ、山川氏が結

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滋賀県内の石造物⑳:浄厳院宝篋印塔(六角氏頼供養塔)

名称:浄厳院宝篋印塔

伝承など:六角氏頼供養塔

所在地:滋賀県近江八幡市安土町 浄厳院

JR安土駅から西方へ十分ほど歩いた所にある浄厳院は、南北朝時代に六角氏頼が開いた慈恩寺が焼失した後に、織田信長が再興した寺院である。

楼門や本堂(一枚目)はその際に信長が再興の際に他所から移してきたもので、重要文化財に指定されている。

境内墓地には開基・六角氏頼の供養塔と伝承される南北朝時代後期の宝篋

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京都府内の石造物⑳:泉橋寺五輪塔(伝・光明皇后遺髪塚)

名称:泉橋寺五輪塔

伝承など:光明皇后遺髪塚(南都焼討の犠牲者供養塔)

所在地:京都府木津川市山城町 泉橋寺

「橋寺」の通商で知られる泉橋寺は、奈良時代に行基が開いたと伝えられる古刹である。

境内には重要文化財に指定されている鎌倉時代後期の五輪塔があり、かつては光明皇后の遺髪塚と呼ばれていたが、発掘調査の結果、平重衡による南都焼討の際の犠牲者供養塔であることがわかった。

五輪塔は完形で、

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奈良県内の石造物⑭:石仏寺五輪塔

名称;石仏寺五輪塔

伝承など:なし

所在地:奈良県生駒市藤尾町 石仏寺

生駒市の石仏寺は、文字通り阿弥陀三尊石仏を本尊とする寺院で、伊派の石工・伊行氏の作で鎌倉時代後期永仁二年銘がある。

本尊の石仏は秘仏であるが、境内には他にも石造物が多くあり、中でも本堂の向かって右側に建つ五輪塔は、二メートルを超す大型塔で目を引く。

五輪塔が鎌倉時代末期から南北朝時代頃の作と思われ、完形の端正な五輪塔

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雑記:今川家当主の墓所(増善寺、臨済寺、大聖寺)

寿桂尼の墓所を紹介したので、戦国時代の今川家の当主の墓所もここに一挙紹介。

まず寿桂尼の夫の今川氏親の墓所、静岡県静岡市慈悲尾の増善寺。

今川氏親の墓は、墓地内の今川家霊廟と書かれた覆屋の中にある。

覆屋の中には三基の五輪塔があり、いづれも戦国時代のもの。

中央の五輪塔が氏親の墓であろうか。

もっとも、地輪・水輪と火輪・空風輪は別物であろう(水輪は上下反転している)。

今川氏輝の菩提寺

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東海地方の石造物⑪:龍雲寺五輪塔(寿桂尼の墓)

名称:龍雲寺五輪塔

伝承など:寿桂尼の墓

所在地:静岡県静岡市沓掛 龍雲寺

静岡市の中心部から県道67号を清水方面に進んだ沓掛にある龍雲寺は、寿桂尼の菩提寺として知られる。

寿桂尼は京都の公家・中御門家の生まれで今川氏親に嫁ぎ、病身の氏親を助けて分国法・今川仮名目録の制定に関わったとも言われ、氏親の死後は彼女が生んだ子の氏輝、義元を補佐して後世「女戦国大名」と呼ばれた女傑である。

後世に

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東北地方の石造物⑬:田川五輪塔(伝・田川太郎行文の墓)

名称:田川五輪塔

伝承など:田川太郎行文の墓

所在地:山形県鶴岡市田川 蓮花寺跡

鶴岡市の中心部から南西に行った田川の蓮花寺北端の山間に、田川太郎行文の墓と伝承される五輪塔三基がまつられている。

田川太郎行文は田川郡司を称した奥州藤原氏の家臣で、源頼朝の奥州征伐に際して敗れ処刑された。

五輪塔がある場所は、田川氏の菩提寺の蓮花寺の跡地とされている。

五輪塔は鎌倉時代後期の作と思われ、欠

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