石塔

雑記:伊豆韮山界隈の史跡

今回は静岡県の伊豆の国市、合併前は韮山町であった界隈の史跡を一挙紹介。

数年前に伊豆長岡駅でレンタサイクルを借り、韮山駅・原木駅あたりまで足を伸ばして可能な限りの寺院や史跡を回ったが、まずは源頼朝配流の地である蛭ヶ小島。

現在は史跡公園になっており、石碑と源頼朝・北条政子夫妻の銅像が建っている。

韮山駅からほど近い願成就院。

運慶作の国宝の仏像五体を所蔵する伊豆の名刹で、北条時政の開基。

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東海地方の石造物⑫:霊山寺五輪塔(伝・平重盛の墓)、宝篋五輪群

名称:霊山寺五輪塔、宝篋五輪群

伝承など:平重盛の墓(五輪塔中央塔)

所在地:静岡県沼津市本郷町 霊山寺

沼津市の霊山寺(りょうぜんじ)は地元では「れいざんじ」と呼び習わされ、はっきりした創建年代は不明であるが、鎌倉時代中期にはその前身となる寺院が造られていたと考えられる。

霊山寺の歴史を物語る鎌倉時代の石塔群が境内墓地には残っており、中でも二メートルを超える巨大な五輪塔が中央に建つ三基の

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北関東の石造物⑯:長徳院五輪塔群(山川結城氏墓所)

名称:長徳院五輪塔群

伝承など:山川結城氏の墓所

所在地:茨城県結城市今宿 長徳院

山川氏は、結城氏の初代朝光の四子である重光が山川荘の地頭になったことから始まる結城氏の分家で、長徳院はその菩提寺である。

山川家歴代霊廟と呼ばれる墓所には五輪塔が建ち並び、山川氏当主の墓所とされている。

銘文などもなく、五輪塔はいづれも乱積みであるが、室町時代から戦国時代にかけてのものと思われ、山川氏が結

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滋賀県内の石造物⑳:浄厳院宝篋印塔(六角氏頼供養塔)

名称:浄厳院宝篋印塔

伝承など:六角氏頼供養塔

所在地:滋賀県近江八幡市安土町 浄厳院

JR安土駅から西方へ十分ほど歩いた所にある浄厳院は、南北朝時代に六角氏頼が開いた慈恩寺が焼失した後に、織田信長が再興した寺院である。

楼門や本堂(一枚目)はその際に信長が再興の際に他所から移してきたもので、重要文化財に指定されている。

境内墓地には開基・六角氏頼の供養塔と伝承される南北朝時代後期の宝篋

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京都府内の石造物⑳:泉橋寺五輪塔(伝・光明皇后遺髪塚)

名称:泉橋寺五輪塔

伝承など:光明皇后遺髪塚(南都焼討の犠牲者供養塔)

所在地:京都府木津川市山城町 泉橋寺

「橋寺」の通商で知られる泉橋寺は、奈良時代に行基が開いたと伝えられる古刹である。

境内には重要文化財に指定されている鎌倉時代後期の五輪塔があり、かつては光明皇后の遺髪塚と呼ばれていたが、発掘調査の結果、平重衡による南都焼討の際の犠牲者供養塔であることがわかった。

五輪塔は完形で、

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奈良県内の石造物⑭:石仏寺五輪塔

名称;石仏寺五輪塔

伝承など:なし

所在地:奈良県生駒市藤尾町 石仏寺

生駒市の石仏寺は、文字通り阿弥陀三尊石仏を本尊とする寺院で、伊派の石工・伊行氏の作で鎌倉時代後期永仁二年銘がある。

本尊の石仏は秘仏であるが、境内には他にも石造物が多くあり、中でも本堂の向かって右側に建つ五輪塔は、二メートルを超す大型塔で目を引く。

五輪塔が鎌倉時代末期から南北朝時代頃の作と思われ、完形の端正な五輪塔

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滋賀県内の石造物⑲:玉泉寺層塔、宝塔

名称:玉泉寺層塔、宝塔

伝承など:なし

所在地:滋賀県高島市安曇川町田中 玉泉寺

JR安曇川駅の西方、田中の集落には中世の石造物が多くあり、以前に紹介した田中神社の他に玉泉寺にも多くの石塔や石仏が残されている。

玉泉寺の石塔群は鎌倉時代後期から南北朝時代にかけてのもので、中央にある層塔(二枚目)は鎌倉時代後期、向かって右側の宝塔(三枚目)が鎌倉時代後期、左側の宝塔(四枚目)が南北朝時代の作

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京都府内の石造物⑲:安福寺層塔(伝・平重衡供養塔)

名称:安福寺層塔

伝承など:平重衡供養塔

所在地:京都府木津川市木津宮ノ裏 安福寺

JR木津川駅から北方の木津川方面に少し歩いた所にある安福寺は、平重衡縁の地である。

平清盛の五子で、「本三位中将」の通称で知られる重衡は、一の谷の合戦で捕らえられた後、東大寺大仏殿焼失によって東大寺の僧の怒りを買っていたことによって鎌倉から引き渡され、木津川で処刑されたが、後に重衡を供養するためにこの寺が建

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南関東の石造物⑮:徳性寺宝篋印塔(伝・小山朝政の墓)

名称:徳性寺宝篋印塔

伝承など:小山朝政の墓

所在地:埼玉県加須市大越 徳性寺

加須の徳性寺は下毛国の大豪族である小山朝政の祈願所と伝承され、南北朝時代にその子孫の小山義政が再興したと言う。

朝政の継母は源頼朝の乳母の一人・寒川尼(網戸尼)で、朝政自身も頼朝に仕えて功績があった有力御家人である。

朝政の墓と伝承される宝篋印塔は、徳性寺の境内の外の大越公民館の裏にあり、基礎には貞和元年と言

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九州・四国地方の石造物⑩:崇福寺笠付角柱塔(黒田如水の墓)

名称:崇福寺笠付角柱塔

伝承など:黒田如水の墓

所在地:福岡県福岡市博多区 崇福寺

太宰府の古刹・崇福寺は、江戸時代になって福岡藩主黒田家が同寺を菩提寺としたことから博多に移転し、現在も境内には福岡藩主黒田家の歴代墓所がある(一部の藩主は同じ福岡市の東長寺にある)。

藩主の墓所はいづれも笠付の角柱塔で、大名家の墓所に相応しい巨大な墓塔であるが、その中でも墓所中央に建つ藩祖・黒田如水の墓(三

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