避難生活

テントがあれば地球がわが家

アーユーボーワン、たけまるです。
2016年、九州は熊本阿蘇の大自然の中でテント村暮らしをしていました。
熊本地震で被災したことでライフラインが寸断されてしまったからです。

しばらくは車中泊生活をしていました。
車中泊生活はとても疲れます。
身体だけでなく心の体力もうばっていきました。

テント村に移ってからは足を伸ばして眠れるようになりました。
テント村では自衛隊さんの食事やお風呂も利用できま

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東日本大震災被災者のキオクとキロク。今すぐ役立つ!防災と減災のススメ。

私にとって二度と忘れることのない、平成23年3月11日(金)14時46分。

あの瞬間、そして被災地はどうなったのか?

震度7の巨大地震。

高さ30mを超える大津波。

そして、未だ収束の糸口がつかめない東京電力福島第一原子力発電所の爆発事故。

未曾有の大規模災害を風化させないために。

東日本大震災の教訓を後世に伝え、今後起こる大災害の防災・減災に少しでもお役に立てることを願って、

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震災クロニクル4/21~30(43)

仕事が始まった。自宅のアパートから片道50キロの小さな場所。そこで勤務だ。山の中で、小さな小さな仕事場。初めて向かうと、その仕事場に朝向かうとき、が図多くの自衛隊車両や作業車、大型ダンプとすれ違う。山道なので、スライドするのがものすごく怖い。うねった国道をトコトコ仕事場に向かう。

放射線量は自宅よりも高い。それは原発から距離はあっても風の通り道だったからだろう。ガイガーカウンターは鳴りっぱなし。

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震災クロニクル4/11~15(41)

放射線との戦いにも慣れてきた。外出するときは必ずマスクをつける。外から帰ったら、必ず上着をパタパタ。洗濯物は外には干さず、室内に干す。部屋干ししても臭わない洗剤で洗う。靴は底を毎回丁寧に洗うようにする。必ず外の水道で。

個人商店の店舗も少しずつではあるが、再開してきた。しかし、中には悪しき噂とともに再開した店もあった。

震災数日後、生肉100g数千円で販売していた精肉店をはじめとして、アコギな

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8年目の3.11

東日本大震災から早8年目を迎えるんですね。犠牲になられた方々のご冥福をお祈り申し上げます。

南海トラフ地震も間もなくと言われていますね。
本当に『備え』が大事です。

物資だけではなく、情報や知恵の備えも忘れずにしておきましょう!

マーサ家の備えの一つ『保存用ラスク』

保存期間5年です!

お子さんを持つ方ならおわかりになると思いますが「子供は待てない」。。。
避難時に配給だけでは子供は納得

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震災クロニクル3/28(35)

給油できた!

道路に並んで4台目。間違いなく給油できた。

しかし少し割高で、リッター165円くらいだろうか。兎にも角にもこれで福島に帰ることができる。後は国道4号線をただただ北上するだけだ。そんなに心の高揚はなかったが、気分が深く沈むこともない。ただ人生の終末の事を考えていた。放射能の影響がどれほどあるか分からない。報道されている内容などほんの一部分にすぎないだろう。ともすればウソかもしれない

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震災クロニクル3/28(34)

電車に揺れながら、自分の心は東京にいた日々を思い返していた。しかし、感情は驚くほど薄くなり無表情でその思いを噛み締めていた。

カプセルホテルでの出来事
親戚との軋轢

この2つは自分のこれからの糧となるだろう。

良い意味では人の温かさ。
悪い意味では人の業の深さ。

そんなものに当てられて、自分はくたびれた雑巾になった。結局のところ、この世はサバイバル。
生き残りのゲームに身を投じるしかない。

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震災クロニクル3/18~20(32)

同僚は次の日からこのホテルにチェックインはしなかった。完璧に一人になった。しばらく自分は息をひそめるようにこの塒に隠れていた。世の中の喧騒から遠ざかるように。数日間、宇田川さんをはじめとするカプセルホテルに暮らす人々との交流を深めることに専念をした。

次の日も同じように朝夕と歓談をしながら、テレビを食い入るように見ていた。放射線量はこのころ全国ニュースで放送されるようになっていた。

「高い。と

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震災クロニクル3/18(31)

18日の朝

福島第一原発の現状を伝えるニュースが1日の放送の大部分を占めていた。朝になり、まずは栃木県警に電話。

「……」

なかなか話がかみ合わない。

「もういいです」

こちらの方から電話を切った。結局は警察も手一杯らしく、個別の対応はしていないようだ。無理もない。これほどまでの災害は経験したことがない。乗り捨ててきた車の安否を気にするよりも自分たちには明日の心配をする必要がある。

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震災クロニクル3/17(28)

朝方、やたら早く目が覚めた。そう長くは眠っていない。とりあえず連泊でも10時から午後3時までは清掃のためホテルには入れない。階段の踊り場にあるとても小さな雑談所に数人のおじさんたちが雑談をしていた。目が合うと軽い会釈を交わし、自分もそこに腰を下ろした。

「お兄さん名前なんて言うの?見ない顔だね」

長身で60代ぐらいの男が笑顔で自分に話しかけた。どうやらここにいる人たちは長期滞在らしい。

「俺

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