晴れたり曇ったり

スーパーの駐車場の脇に、小さな田圃がある。覗いてみると、澱んだ水の底に、オタマジャクシ…

晴れたり曇ったり

スーパーの駐車場の脇に、小さな田圃がある。覗いてみると、澱んだ水の底に、オタマジャクシがいた。時にジッとして、時に忙しく尻尾を振り、苗の根方をすり抜ける。それを、心弾ませ見つめる私がいた。 こんな気持ちになるのは、五十年ぶりだろうか。

記事一覧

鳩の礼節

山鳩の餌付けを始めて、かれこれ二年になる。 朝、空を仰ぐと、家並みが続く先に伸びる電線に鳩が止まっているのが、小さく見える。かと思うと、我が家の直ぐ前の電線に鳩…

心浮き立つ季節

今日、七輿山古墳に登った。 全山、桜が満開であった。桜に包まれ頂きまで登り、関東平野の西端を一望し、天空に近づいたかのような浮き立つ思いで下山した。 桜の華やぎの…

医術にはぐれて

その日、歯科医の態度が違っていた。 診療が、手荒だった。メスのような先の尖った器具で、歯や歯茎を手荒に突いていく。 大口を開けた無防備な態勢で、仰向けになっている…

大きな自動車

中村さんが山口へ帰り、しばらく空き家になっていた家に、ある家族が越してきた。 その家の駐車場に、黒塗りの高級外車が停まっていた。車は、堂々とした存在感を辺りに放…

隣人 

我が家が越して来たのは、畑中の造成地であった。 一面の畑地に、1メートル程のコンクリートの壁を打ち、土盛をして嵩上げをし二十五棟の家が建った。我が家は、その造成地…

山鳩とスズメの大群

一昨年の秋、山鳩の鳴き声に誘われるようにして餌付けを始めた。餌付けを始めて直ぐ、スズメの多いことに気がついた。朝、外を見ると山鳩の姿はなくて、電線にはスズメばか…

大いちょう その2

我が家は、曽祖父の代から瓦造りを生業としてきた家だが、庭に銀杏の大木があった。 柿や杏や楓に混じって、応接間の出窓の直ぐ前に、銀杏が、ズンと聳え立っていた。 銀杏…

大いちょう

我が家の庭には、大銀杏があった。 曾祖父が植えたという銀杏は、大きく成長し家の屋根の遥か上にまでそそり立っていた。 銀杏は大きくても、日頃は目に馴染んだ景色の中に…

戦い済んで

片側二車線の国道を、車の流れに乗って走っていた。車間距離は、少々長めであった。 不意に、横合いから、車の頭が、私の車の前に現れた。 アブナイ、私が咄嗟にブレーキを…

心付け

昼過ぎの床屋さんは、すいていた。 隣の席の人が、整髪を終え立ち上がった。 髪の白い初老の方だった。カウンターで会計をすますと、紙袋を女性理容師に手渡し、しばらく話…

魚の相貌

妻のお供でスーパーへ行った。 鮮魚売場の前まで来たとき、足が止まった。 切身になって食品になりはてた魚の先に、銀色に輝く魚が全身をさらして寝そべっている。 銀色の…

午前五時の挨拶

十年以上前のことになるが、仕事の関係で、早朝の四時に家を出ていたことがある。 工場には五時に入らなくてはならない。通勤に少なくとも一時間かかるから、起床は午前三…

山鳩のうた

去年の冬から、山鳩の餌付けをしている。 急に冷え込んだ十二月の半ばの朝、何処かで山鳩が鳴いていた。デデッポーポーという鳴き声に誘われるように窓の外を見回したが、…

つばめを見る

私は、つばめを見たことがなかった。 仕事一辺倒の生活で、空を見上げるほどの気持ちのゆとりもなかったのか、単なる無関心であったのか、つばめを見たという記憶がない。 …

屋上のながめ

大学に入学して最初に親しくなったのが、鈴木くんであった。 教室で見かける顔のまだ区別のつかぬ頃、鈴木くんの方から声をかけてきた。何を話したのか、全く記憶がないの…

ツバメの巣立ち

四月の中旬、玄関ポーチに、ツバメが巣を作った。 はじめのうちこそ、ツバメの巣作りや子育てを面白がって眺めていたが、子が成長するにつれ、少々汚ない話で恐縮だが、そ…

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鳩の礼節

鳩の礼節

山鳩の餌付けを始めて、かれこれ二年になる。
朝、空を仰ぐと、家並みが続く先に伸びる電線に鳩が止まっているのが、小さく見える。かと思うと、我が家の直ぐ前の電線に鳩が二羽並んでいることもある。いつぞやは、朝起き抜けに窓の外を見ると、庭のバラのアーチの先に一羽の鳩が、チョコンと止まっていて、私は、慌てて撒き餌の用意をしたことがあった。
山鳩は、神出鬼没で同じ時間、同じ場所に現れるなどということは、まずな

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心浮き立つ季節

心浮き立つ季節

今日、七輿山古墳に登った。
全山、桜が満開であった。桜に包まれ頂きまで登り、関東平野の西端を一望し、天空に近づいたかのような浮き立つ思いで下山した。
桜の華やぎの余韻が、今も続く。

花盛りこんなとこにも石仏が
石仏の踊りだしそな花盛り

医術にはぐれて

医術にはぐれて

その日、歯科医の態度が違っていた。
診療が、手荒だった。メスのような先の尖った器具で、歯や歯茎を手荒に突いていく。
大口を開けた無防備な態勢で、仰向けになっているのが怖かった。
歯茎がだんだん後退していくのが気がかりで、そのことを尋ねた。
「歯周病ですかね」
歯科医の表情は、マスクに隠れて見えなかったが、「歯を強く磨き過ぎるのよ」その返答は、投げやりのようだった。

この医院には、勤め先に近いこと

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大きな自動車

大きな自動車

中村さんが山口へ帰り、しばらく空き家になっていた家に、ある家族が越してきた。
その家の駐車場に、黒塗りの高級外車が停まっていた。車は、堂々とした存在感を辺りに放っていたが、中流のサラリーマン家庭が殆んどのこの街では、ちょっと場違いな収まりの悪さがあった。
どんな人が越してきたのだろう、住民は、その家の前を通るたび、外車を見た。

ある日、その家の前を通ると、高級外車の横に男が立っていた。
強面の、

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隣人 

隣人 

我が家が越して来たのは、畑中の造成地であった。
一面の畑地に、1メートル程のコンクリートの壁を打ち、土盛をして嵩上げをし二十五棟の家が建った。我が家は、その造成地の北の端にあり、北と東には農地が広がっていて、時折、畑に人が歩いているのを見かけることがあった。
皺の多いその顔は、七十を二つ三つ越えた年齢と見えたが、陽に焼けた面差しには、まだまだ精彩があった。
私は、畑の人に出会うと軽く頭を下げた。

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山鳩とスズメの大群

山鳩とスズメの大群

一昨年の秋、山鳩の鳴き声に誘われるようにして餌付けを始めた。餌付けを始めて直ぐ、スズメの多いことに気がついた。朝、外を見ると山鳩の姿はなくて、電線にはスズメばかりが並んでいた。
スズメが多いなとは思ったが、私は、いつものように、裏庭に回り餌台に鳩用の穀類を撒いておいた。
しばらくして、裏庭に行ってみると、餌台の上は見るも無惨に食い荒らされ、辺り一面にトウモロコシばかりが散乱していた。どうやら、スズ

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大いちょう その2

大いちょう その2

我が家は、曽祖父の代から瓦造りを生業としてきた家だが、庭に銀杏の大木があった。
柿や杏や楓に混じって、応接間の出窓の直ぐ前に、銀杏が、ズンと聳え立っていた。
銀杏は、冬が近づくと黄に染まり、日差しの中で
鮮やかに輝き、まもなく落葉した。その葉の量は桁外れで、庭一面を黄に染め、隣近所の庭にも、道路にも、裏に広がる畑にも、黄色い枯葉を散り敷いた。
銀杏の葉が、すべて散り尽くしたある晩、父は近所の家に招

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大いちょう

大いちょう

我が家の庭には、大銀杏があった。
曾祖父が植えたという銀杏は、大きく成長し家の屋根の遥か上にまでそそり立っていた。
銀杏は大きくても、日頃は目に馴染んだ景色の中にいたが、十一月の下旬ともなると目の覚めるような黄に染まり、光の中では浮き立つように輝いた。
ほどなく銀杏は、葉を散らす。
黄葉は庭一面を覆いつくし、塀沿いに吹き溜まりをつくり、隣家の庭にも飛散した。
「こんな街中に、銀杏なんか植えるもんじ

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戦い済んで

戦い済んで

片側二車線の国道を、車の流れに乗って走っていた。車間距離は、少々長めであった。
不意に、横合いから、車の頭が、私の車の前に現れた。
アブナイ、私が咄嗟にブレーキを踏むと、車はスッと私の車の前に割り込んだ。
怒りがこみ上げた。
抜き返してやろうと機会を窺いながら、割り込んだ車の後に続いた。アクセルを踏みたかったが、市街地へ向かう私は、次の交差点を右折した。怒りは、いっこうに収まらなかった、
己の小さ

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心付け

心付け

昼過ぎの床屋さんは、すいていた。
隣の席の人が、整髪を終え立ち上がった。
髪の白い初老の方だった。カウンターで会計をすますと、紙袋を女性理容師に手渡し、しばらく話し込んでいた。話の様子だと、袋の中身はお煎餅のようだった。
マスクをした女性理容師が、喜ぶような笑い声が聞こえた。
二人のやりとりを鏡の中に見ていた私は、小学生の頃を思い出していた。
私が通っていた街角の床屋さんは、理髪が終えると、キャン

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魚の相貌

魚の相貌

妻のお供でスーパーへ行った。
鮮魚売場の前まで来たとき、足が止まった。
切身になって食品になりはてた魚の先に、銀色に輝く魚が全身をさらして寝そべっている。
銀色の顔面に真ん丸な黒目の秋刀魚、鰯、鯖、鯵、流線形の体には、まだ力が漲っていた。
魚の顔をじっと見ていると、三陸沖の太平洋が見えてきた。

午前五時の挨拶

午前五時の挨拶

十年以上前のことになるが、仕事の関係で、早朝の四時に家を出ていたことがある。
工場には五時に入らなくてはならない。通勤に少なくとも一時間かかるから、起床は午前三時であった。
始めの数日、妻もいっしょに起き出して、朝食を用意してくれた。
テーブルに牛乳とバナナ一本とビスケット数枚が並べられていた。私は眠気の覚めぬまま、バナナを牛乳で胃の腑へ流し込んだ。三日目には、「起きて直ぐ家を出るから、寝てていい

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山鳩のうた

山鳩のうた

去年の冬から、山鳩の餌付けをしている。
急に冷え込んだ十二月の半ばの朝、何処かで山鳩が鳴いていた。デデッポーポーという鳴き声に誘われるように窓の外を見回したが、その姿は見えなかった。
それからしばらくして、私は、山鳩の餌付けを始めた。
朝、裏庭のすみに並べた五枚のブロックの上に撒き餌をして、傍らに水をいっぱいにはった水盤を置いておいた。
山鳩は、すぐ姿を現した。
庭先に、黒目勝ちの細面の、褐色の縞

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つばめを見る

つばめを見る

私は、つばめを見たことがなかった。
仕事一辺倒の生活で、空を見上げるほどの気持ちのゆとりもなかったのか、単なる無関心であったのか、つばめを見たという記憶がない。
そんな私の家の玄関に、数年前の春、つばめが巣を作った。
つばめの巣作りを興味深く眺め、その世話らしきことをしているうち、不思議なことに、私は、街でつばめが飛ぶのを見るようになった。
つばめは、いつも滑るように、颯爽と飛んでいた。
つばめの

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屋上のながめ

屋上のながめ

大学に入学して最初に親しくなったのが、鈴木くんであった。
教室で見かける顔のまだ区別のつかぬ頃、鈴木くんの方から声をかけてきた。何を話したのか、全く記憶がないのだけれど、鈴木くんの一言で、直ぐに親しみを覚えた。
柔和な顔付きも、育ちの良さそうなおっとりした茨城弁も取っ付き易く、誰とでも分け隔てなく話すであろう軽さが心地よかった。

鈴木くんは授業が終わると、よく友達を訪ねた。一緒にいることの多かっ

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ツバメの巣立ち

ツバメの巣立ち

四月の中旬、玄関ポーチに、ツバメが巣を作った。
はじめのうちこそ、ツバメの巣作りや子育てを面白がって眺めていたが、子が成長するにつれ、少々汚ない話で恐縮だが、その糞の多いことに困惑した。床に敷いた段ボールの上に、たちまち糞が積もり散り、段ボールを日に二度、三度と交換しなくてはならなくなった。その上、糞は段ボールの外にも、回りの壁にも飛散して、掃除するのが日課になった。
生き物の世話することの大変さ

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