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留学8回駐在1回の私が、7歳と5歳の子どもたちの【グローバルに生きる】に思うこと|【子どものみらい】

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さて、新たなシリーズとして、子どもの【グローバルに生きる・育つ】を考える【子どものみらい】を綴り始めようと思います。

ドメスティックな家庭で育ち、自ら立ち上がってグローバルに生きてきた私が、ふと子どもたちに思う”これからの彼らのみらい”をテーマに、綴っていきます。

このテーマを考える上で、私は、正解はないものだと思っています。
なので、これから綴るのはあくまで、41年間生きてきた私の中で培った、”グローバルに生きる”への、今の想い・考えです。

知ってておトクな方法論、ではないことを、念のためお伝えします。
誰でもこれをしたらみんなハッピー。
そんなものがあればいいですけどね^^

それでは今回は、私が思う子どもたちに思う”グローバルに生きる”ために必要だと思うことを、少し綴ってみたいと思います。



自分なりな考えを持つ。そして、この社会・世界を生き抜く

なぜ今、綴り始めたのか

2児の子どもの母としてこの数年、私自身も子育ての中で変化・成長する中で、子どもたちへ期待するもの・気持ちも変化してきた。

それは、確固たる指針を元から持っている自分、ではなく、”社会の変化と共に私の考えや私自身が変わるように、彼らに対して、彼らもこの変化の中でこうしていってほしい”と変化を感じながら思うものである。

私の人生は、THE日本だった。父も母も日本人、海外転勤等視野にもなく、英語を学びなさい!と怒られたこともない。田舎で育ち、外国の方と関わることもなく育ち、きっとこの子は日本から飛び立つ子どもになるだろう、と想像もされていなかっただろう。

でもその後、私の人生は少しずつ変化し、グローバルに過ごしてきた。特に20代は、日本と海外と行ったり来たりで、落ち着きのない人生を送っていた。自力で、グローバルな環境に身を行き、そこを生き抜き、今もそのマインドをもって、生きている。

子供たちに期待すること:親の期待なんて聞き流してほしい

そんな私が今思うこと。
それは、そんな経験を通して生きてきた私の言葉・メッセージ。すなわち、親の期待や言葉なんて、”勝手に聞き流してほしい”。

そして、自分なりな考えで、これからの社会・世界を生き抜いてほしい」というもの。(え、それなら、黙ってればいいじゃない?と思いますが、それはそれで黙ってられない人間だから、困ります)

「グローバルに生きること」が、彼らの求めるもの”ではなくていい”

そして、グローバルに生きること、が自分の生きる道でないと思えば、その道を進まなくていいと思っている。そして、一度そう思ったものでも、変化すればいいと思う。そう思うときと、急に思わなくなって道を変えるときも、どちらでもいいと思う。

自分が、今、どうしたいか。
それを自分の想いとして心にしっかり持っていることは、ぜひお願いしたいと思う。

一方で・・現実は:日本の中だけで、日本語だけで生きていくことはどんどん難しくなるでしょう。だから・・

ただ、とはいえ現状として・・

これからの日本の人手不足の状況や、世界情勢を考えると、日本だけで生きていけば大丈夫か、と楽観していくのも、不安があるかもしれない。日本に多くの移民がくる未来が来ないとも限らない。移民という名前ではなくても、日本社会を支えるために来てくださる人々、日本社会を好んで来てくださる人々。日本語だけでよいわけない社会がくるかもしれない。

未来予想が得意なわけでもないので、絶対こうだとは言わないけれど、様々な予測を耳にする中で、想像力を持ち、判断する必要がある。未来が本当に見える人なんて一人もいないのだから、どうしたいかを判断する力をつける。それは必要だと思う。

できれば、自分の力で自分を守るための力をつけてほしい

そんな中、私が今彼らに、母としてお願いしていることがある。
それは、自分の力で自分を守るための力をつけること。

具体的には、習い事として空手教室にいっている。
表向きは、弱弱しい母を僕たちが守るんだ!というマインドで、習いに行っている。でも、母の中では、彼らが広い世界に行く際、自分の身を少しでも守れるようになっていてくれると、少しだけでも安心だな、という想いから、母のプロモーション期間2年を経て、ついに習い始めることとなった。

できたら、様々な場面で計算する習慣を身に着けてほしい

あとは、計算する習慣を持つこと。

お勉強としての”計算”ももちろんだけど、現実世界の中で、何か物事が起こったときに、次に何が起きる”かもしれないか”を予測する・想像する習慣、計算できる習慣をつけることは、生き抜くために大切だと思う。

そのために「今さ、こんなことが起こったじゃん?じゃあ、何が次に起きると思う?」と聞くことが私は多い。面倒な質問をしてくるなあ、と思われているかもしれない。だけど、親子の会話の範囲内で、ぽろっと、顔色をうかがいながら、質問を放り投げている。

そして、相手の気持ちをおもんばかる習慣があると、なおよし

相手の気持ちをおもんばかること。これだけで、誰かと生きる人生がより豊かになると思う。そしてこれは、私自身も、彼らと日々対話をしながら培われるものと思う。

おもんばかりなさい!と言ってできるものでもないし、誰かに教えてもらうものでもない。子どもたちが、時に悩み、困っているとき、どう手を差し伸べ、心の話ができるか。そこを問われているので、日々注意しながら生きている。

最後に:うちの母は変だな~、と、思ってくれればいい^^

母がたまに呟く外国語(英語・フランス語・スペイン語)に、1分程度付き合うこと。変な母だな、と思いながら、それだけ世界には言葉があって、そんな言葉を話す人たちがこの世界にいるんだな、とでも思ってくれれば、母はありがたい話です。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました^^
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