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Special Thanks !(みんなのフォトギャラリー)

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みんなのフォトギャラリーから、みあんご!が撮影した写真を選んで使ってくださったみなさんのノートをまとめています。ありがとうございます!
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#小説

【短編小説】mourn

 春の薫りのする、すっきりと晴れた昼下がりだった。北国の3月頭だというのに、もう冬の匂いはどこにも見当たらず、コートも要らないような暖かさだった。まるで4月下旬のような気温と風の薫りに温暖化の影響を感じつつも、春の陽気に誘われて皆ふらふらと公園を散歩していた。子どもたちは楽しげに声をあげながら柔らかな土の上を走り回り、老夫婦は仲良く並んで頭上を飛び去る渡り鳥を見送っていた。僕は今年初めての自転車の試運転がてらこの公園に来たところだった。  彼女はベンチに腰掛けていた。  彼

私🍋と僕🍓 罪の告白 part7

必死に何十回も電話した。 当然いちごは出なかった。 いちごの行くあても分からない。 相談できる人もいない。 とりあえず行きそうな場所を 想像して探し回った。 何ヶ所目かで桜の下で座り込んでいる いちごを見かけた。 そこは 『桜が咲いたら行こうね。 あの場所で桜見るの好きだよね。』 と2人で話していた場所だった。 私を見るなり逃げようとするいちごの腕を 必死に掴み車に乗せた。 『何してるの。私1人残してどうするつもり?何があったのか直接話してよ。2人で幸せになろうって話

辻仁成が、私の全てだった頃。

那珂です。 色々最近は考えすぎて、文章を書くのも、窮屈な感じ。 卒業式も終わり、今はちょうど宙ぶらりんな気分でもあります。 高校を卒業した時の、あの宙ぶらりんな時間。 どこにも属さない、何者でもない、未来が見えるわけでもない。 春の埃っぽさと、生暖かい空気と、何とも言えない不安。 「あの気分」の再来です。 皆さんは、大学進学や就職で故郷を離れましたか?  北海道は田舎なので、ちょっと勉強しようと思えば、札幌や東京に出なければならない環境でもあります。 私の同級生たち

日はまた沈む

 電車に揺られてきみに会いに行く。前は一緒に行ってたのに、今日は現地集合だなんて。こういうのも、たまにはいいね。  窓の外を見慣れたようで小懐かしい景色が流れる。街が遠くなる。しばらく続いた山の景色が暗くなって、それからオレンジの光がわたしの目に刺さってくる。水面がキラキラと乱反射して、海に来たんだなって思う。きみの既読のまま止まったトーク画面。きみは誘ったら断れないから。今日は来てくれるって思ってたよ。ふと、ポーチの中に忍ばせたキーホルダーを握る。 「……久しぶり」 「

魔導人形は深き者どもの夢を見るか①

敷石の中を魚が泳いでいく。 骨張った不味そうな魚が一匹、不思議な軌道を描いている。 鱗に反射する光は左右にチラチラと輝きながら半円を描いたかと思うと、急に旋回して引き返す。 なんどか繰り返した後に、そいつはじゅぽんと音をたてて潜っていく。 石に完全に同化してしまうと、それはもう完全に敷石以外のなにものでもない。 真っ昼間から、目を開けて夢をみていたのかと物思いにふけり、しばらくその場に立ち尽くす。 「何をぼけっと突っ立っているのだ」 「今、敷石の中に一匹の魚が潜っていくのが見

秋の記憶【短編近未来SFノベル】

「綺麗な夕陽だね」 「そうね、波にキラキラ反射して、ちょっと眩しいわ。」 ひと気のない晩秋の海辺。肩を寄せ合うようにして、若い二人は沈みゆく夕陽を、名残惜しそうに眺めていた。 「これが秋の夕陽なんだね。何やら物悲しいよ。切なさで胸が締め付けられそうだ。」 「そうね、本当に素敵な季節ね。この前、山で見た、紅葉っていうの?あれも、もの凄く綺麗だった。」 「春の花々と鮮やかな緑、夏の太陽と湧き立つ雲も捨てがたかったけどね。だけど秋って季節は格別だな。」 「このあとは冬が待つばか

名もなき、バス

ただ、自由に飛んでいたかった。 青い空を飛ぶ鳥のように。 なんのしがらみもなく、誰の顔色も気にせず、自分の思いのままに。 自由に。 だけど、自由って何? 自由になれば私は幸せ? わからない。 じゃ、私は何をしたいの? でも、もうどうでもいいっか。 もう、私と言う存在はこの世から消え去ったのだから。  そんな事を考えながらバスはただ暗闇を走り続ける。 「あなたのお友達もその後、色々と大変でしたよ。自分が誘って自殺したのに自分だけ生き残り、あなたの両親から相当責められ

牡丹

ドーナツ型の家の中庭には冬と春に牡丹が咲き誇る、夏と秋には葵が咲く。この家で「人間」は3人しかいない、お嬢さんと頭(かしら)と…… 「葵!朝だよ、起きて!」  声とカーテンを開ける音、それから鋭い光が広る。あまりの眩しさに、一瞬顔をしかめた。 「……おはよ」  ベッドから上半身を起こす。出た声は思った以上に掠れて、ぼんやりとしたものだ。  深い眠りから醒めたばかりの脳は完全には覚醒してないらしい。前後に揺れる頭をどうにか窓の外へ向ける。  思っていたよりも日の位置は高かった

Cadd9 #22 「光と影のコントラスト」

夏休みになると、樹は直とテルジとテツを連れ、毎日のようにナスノ家の近くの海を訪れた。当て所なくぶらぶらと浜辺を散歩するだけの日もあれば、釣りをしたり、一日じゅう泳いで過ごすこともある。 樹とテルジはよく潜りやクロールの練習をしたが、直は一度も泳ごうとはしなかった。ふたりが泳いでいる間、直は浜辺でテツと一緒に座ってそれを眺めているか、岩場で蟹やフナムシを観察していることがほとんどだ。 直とテルジが初めて顔を合わせたとき、直はあからさまに頬をこわばらせ、大人を警戒するそぶりを

Kindleで『ジョゼと虎と魚たち』を読んだ

Kindle Unlimitedで無料になっていたので『ジョゼと虎と魚たち』を読んだ。 タイトルについては何年も前から知っていたのだが、内容についての知識はゼロだった。 読み始めて驚いたことは、この作品は短編小説だということ。 映画化された作品なので160ページ近くはあると思っていたが、40ページで完結していた。 次に驚いたのが、この作品が1984年に書かれたということ。 作品について調べるまで、30年以上前の作品とは気づかなかった。 軽やかでテンポの良い文体はライトノベ

空の色(小説8)

僕は目が見えなかった。 世間の人はそれを障害と呼ぶけれど、僕はそう思ったことは一度もない。 それどころか、目が見えなくて良かったと思っている。 例えば、生活をしていて食事が一番の楽しみという人も多いだろう。僕は普通の人に比べ目が見えない分、他の感覚が研ぎ澄まされている。 ご飯の味と香りをより楽しんで食べることができるし、鳥の声に耳を傾け、服や布団の生地を敏感に感じることができる。 それに目が見えるのは良いことばかりではない。 なぜならこの世界は、戦争や差別、環境問

Strange Fruit 2  #21

 ──なるほど、姉は、南公園の桜の樹の下で死んでいた。そこは山の斜面を何段ものひな壇に切り開いて、一面に桜を植えてある所だった。見わたす限りの桜、桜、桜。きさらぎではなかったけれど。望月でもなかったけれど。桜も寒々と凍えながら、春を待ち遠しそうにしていたけれど。  あれから、今年でちょうど10年たつ。そして同時に、母が亡くなったのと同じ年齢にもなった。30年余りかかって母に追いつき、横に並んだ。けれど、横並びで共に生きていくことはない。これから先は僕が、母を、追い越していく

【日記】ワクチンと三体

6月は発熱した同僚のぶん、いっぱい働いた。ああ、いっぱい働いた。 日付が切り替われば人間椅子の新曲が配信されて、来月のPSプラスの情報も来るだろう。休みもとれる。ゲームレビューが書ける。 ワクチン接種が行き届いて、マスクをしない生活が戻ってくると、きっとぼくは 「容姿って面倒くさい。」 と思ってしまうだろう。 マスクしているあいだは気にしなくて良かった顔が目に入る。 他人の顔を見ると、つい、ヒゲとかホクロとか肌荒れとか前歯とかを見てしまい、相手も自分の容姿を見て無意識に年

『潮時』

渓谷沿いの林道をひたすら走る 斜面はなかなか急だから 軽トラックで男二人 積荷も含めると重さでいえば三人相当 なかなか登坂はキツイ 俺はアクセルを思いきり踏み込む 鬱蒼とした道が途切れ 視界がひらけたところで 道幅は広がって 麓からずっと我々の後ろをついてきた 白いセダンが追い抜いていく 見晴らし台に軽トラを停めて 妻のおにぎりをほおばる 友人にもふたつ差し出す 「予報じゃ暗くなる前に降ってくるらしいから」 朝も同じことを聞いた 俺も天気予報は