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【短編】『ダイバーシティお花見』

ダイバーシティお花見


 集会場の人々が集まると会議は始まった。集まったのは中年のスーツ姿のサラリーマンから、政治家、学者、後ろに祭りと書かれた法被を着た者などあらゆる方面の者が細長い部屋に一同集まっては、移動式の細長いテーブルを縦に何個も繋げてそこに座っていた。総勢30人ほどで何やら大規模な話し合いをするようだった。市長らしき人物がホワイトボードを前まで歩いてくると部屋を全体に視線を送ってから話し始めた。

「今年は、今までに誰も試したことのないお花見をやろうかと思います。そこで、皆さまにお伺いしたいのですが、何かご提案はありますか?」

皆黙り込んでは、誰かが語り出すだろうとその時をしばらく待っていた。一番乗りに口を開いたのは、話したがりの労働組合出身の小林だった。

「今までに試したことのないお花見というと、何か例などはあるですか?」

「例ですね。これを参考にしてほしいというわけではありませんが、いくつかご用意しています。例えば、最近だと夜に桜並木をライトアップさせたり、プロジェクションマッピングというライトパフォーマンスを実施して、お客さんに視覚的に楽しんでもらうイベントなどはございます」

「なるほど。ではそれらのライトアップも利用して他に何か付け足していくのはどうでしょうか?」

「名案です。ありがとうございます」

いつもは話をこじらせるのが得意な小林だったが、今回はむしろ話を一気にまとめてくれたと皆が思った。

「こう言うのはどうだろう?」

奥の席に座る政治家らしき人物が挙手をしてしゃべった。

「ライトアップのように、最先端技術を他にも利用して大規模な体験型のお花見を実施するというのは」

政治家はやはり言うことなすことが抽象的で、今回の発言も議題の方向性を定めたのは良いものの、むしろ話をややこしくしてしまったようにも感じられた。

「良いですね。では、最先端技術で何か思いつくものはありますか?」

案の定、皆しらけてしまった。すると、若いスーツ姿の男が言葉を切った。

「それなら、各大手自動車メーカーを集って最先端のキッチンカーフェスティバルなんかはいかがですか」

「具体的にどういうところが最先端なんですか?」

「それぞれのメーカーに最新鋭の未来キッチンカーを開発してもらいます。そして、それぞれのメーカーが飲食店と組んで料理を出してもらうといったものです。言わば、モビリティショーのキッチンカー版ですね」

「面白い案だ。しかし開発費などはメーカー負担となると、合意してもらえるだろうか」

「そこは僕に任せてください。自動車工業の方にイベント企画の知り合いがいるので、話をしてみます。各メーカーの絶好のプロモーションの機会となるでしょう」

「わかった。では君に任せよう」

意外にも花見のイベントの開催の相談会はとんとん拍子に話が進んだ。

「他に何かご提案はありますか?」

「最先端も良いが、やはり日本の伝統というところを意識して新しい形にした方が良いのではないかね?」

白髪のメガネの老人が答えた。その男は、何者か言及しなかったが、おおよそどこかの会社の会長といったところだった。

「伝統というと?」

「花見は日本の伝統文化だ。奈良時代に上流階級の風流の一環として梅を見ては花鳥風月を詠むことが主流となっていた。そこから平安時代になると、梅だけでなく、桜を見るようになって花見という言葉が使われ始めたんだ。江戸時代になると桜が品種改良され、街にも咲いたことで庶民にも楽しまれるようになったのだよ」

「ほほう、お詳しいですね」

「今時の者たちはもう万葉集や徒然草などの歌集や随筆は読まんようだな」

「そうかもしれませんね。では、その歴史はどのように今回のイベントに反映致しましょうか?」

老人は言いたいことを言っては、何も案を用意していなかったみたいで無言になった。ただ単に皆が新しいことばかりを言葉にすることに花見という概念そのものが変わってしまうことを恐れたのだろう。やはり、伝統となるとあまりにも難題だったのと、もうすでに長時間が経過していたため、これ以上長居したくないと、誰も話を切り出さなかった。

「では、一旦今回はこれで」

と市長らしき者が言いかけた時、一人学者のような若くて背の高い男が勢いよく挙手した。

「あ、どうぞ」

「ダイバーシティお花見というのはどうでしょうか?」

「ダイバーシティですか?」

「はい。先ほどのお方がおっしゃったように花見には歴史がございます。そしてそのお話を聞いていて閃いたのですが、その歴史が象徴するのは上流階級の嗜みだった花見が時代を経て庶民にも楽しまれるようになった。つまりより多くの人が楽しめるように個人の自由に考慮するようになった。これは今の時代のダイバーシティという考え方に似ていると思います。そこで僕から新たなシステムを提案したいのです」

と男はあたかも元々話を準備していたかのように語り始めた。

「システムというと?」

「はい。現代では、資本主義というシステムの中で一人一人の自由が守られています。しかし、それは今の時代における自由ではありますが、次の時代における自由ではないのです。私たちはこの花見が変わっていったように次の時代へ移り変わらねばならないのです。そこで、新たなシステムが必要だと僕は思います。今では自分が稼いだだけそれなりの富を得られるような社会になりました。しかしそれは表面上での見解です。実際には、良い収入を得るには優良な企業に入らければいけない。優良な企業に入るためには良い大学に入らなければならない。良い大学に入るためには、高い学費を払える金銭の余裕がなければならない。金銭に余裕を持つには良い大学を出て良い企業に入らなければならない。つまり実際には多くの人は得られるはずの富を得られない環境にいるのです。確かに累進課税制度を活用して少しは低所得者に優しい仕組み作りできてはいるものの、それは後々時代遅れとなるでしょう。そもそもこの資本主義というシステムを撤廃して社会主義を採用するのも一理ありますが、それでは経済は破綻してしまいます。だからこそ、資本主義という経済成長のシステムを利用しながらも、平等を目指すのではなく、各人の自由を最大限拡大することを目指して、多様性を意識した一般消費財の値段調整システムを導入するのです」

「一般消費財の値段調整システム?」

背の高い博識男は続けた。

「それはこうです。高所得者に対しては消費財の値段をやや高めに設定し、低所得者に対してはやや低く設定することで、低所得者の余剰金が増え、それに伴って人々の権利の拡充が見込めるはずです。今回の花見に合わせるのであれば、入場チケットに値段調整システムを導入します。今までは、イベントチケットは年齢をもとに○歳までは無料、○歳以上は有料などと言う年齢による金額設定がされてきました。あるいは、男の参加費を高く女の参加費を安くするなど男女で料金を調整していたりもしました。しかし今や多様性が重視される時代です。男女あるいは子供大人の違いのみならず、年齢別、そして収入別に料金を支払うというのも理にかなっています。例えば、年齢別で言うと、所得水準の高い年齢40代から50代を対象に入場料を割り増しにし、その代わり他の年代の入場料を下げる。他にも世帯収入別で2000万円を超える家庭は料金を高く設定し、500万円以下の家庭は料金を下げるなど、収入によって料金を設定していくというシステムです」

男がようやく話を終えると集会場は騒然としており、皆眠気が覚めた様子だったが、口をあんぐりと開けて男に目線を合わせていた。


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