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【短編】『戦争の終わり』(完結編 上)

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戦争の終わり(完結編 上)


 気づくと、再び私は教卓から身を乗り出すように、生徒たちを前に熱心に何かを唱えていた。

「三、常に戦争以外の解決策を模索すること」

秘密訓練学校で少佐に教わった校訓であった。すると、以前と同様に眼鏡の青年が疑問を呈した。

「先生、戦争以外の解決策とは一体なんですか?」

私は彼の真っ直ぐな眼差しに昔の自分を投影していた。少佐はあの時なんと言っていただろうか。訓練学校で教わったことのほとんどが遠い過去に葬りさられていた。だが唯一一つだけ覚えていることがあった。

「そうだな、目の前で相手が銃を捨てたら君はどうする?」

「わかりません」

「わからないということはないだろう。考えてみなさい」

「はい」

しばらく彼は黙り込んでから先ほどより劣った声で発言した。

「すぐに相手を捕らえて捕虜として保護します」

「そうだ、よく言った。戦というのはどちらかが降参しない限りいつまでも続くものだ。相手は敵とて人間だ。殺して良いはずがない。話し合いこそが本来とるべき行動なんだ」

あまりの反逆的思想を語ったことに生徒たちは反応に困っている様子だったが、眼鏡の青年だけは心を動かされたという表情を浮かべていた。突如あたりが暗転し、私は青年の肩に手を軽く置いていた。青年の背は以前よりはるかに伸び、その頑丈な体格と凛々しい顔つきから兵士としての勇ましさを感じとれた。以前と変わりないのは彼の細い目の上に覆いかぶさった眼鏡だけであった。

「では、行ってまいります」

「ああ、無事を祈ってる」

「ありがとうございます。必ず生きて戻ってきます」

と青年は深く敬礼してから物資運搬用の航空機に乗り込んだ。彼との別れはあっけなかった。

「少佐、今週の死亡者通達です」

と隊員が何重にも束になった紙を教卓いっぱいに広げると、そこには現地派遣兵の名前が規則正しく並べてあった。私は一通り目を通してから最後の項の中央に青年の名前を確認した。私はすぐさま紙を破り捨て哀傷に明け暮れた。

 隊長は私を後ろに率いて階段を降りていった。

「確か地下には武器庫があったはずだ。まずはそこから探してみよう」

「わかった」

私と隊長は広い武器庫の中を手分けして探索した。すると、5分も経たぬうちに隊長が何かを叫んだ。

「これだ!」

隊長の足元には人一人入れるぐらいの小さな丸みを帯びた扉があった。

「あんたよく見つけたな」

「だてに何年も潜入捜査をやってないんでね」

あまりにもあっけなく隠し扉を見つけてしまったことに私はどこか違和感を覚えたが、この扉の中に何人もの人たちが拘束されていると思うと、早く中に潜入して彼らを見つけ出さなければと焦燥感に苛まれた。しかし扉を開けるには鍵が必要だった。我々は一旦武器庫から引き返し、明日の同じ時間に鍵のありかを探る方法を考えることにした。

 翌日、隊長は約束した時間に集合場所に現れなかった。その翌日も来ることはなかった。私は何か異変を感じ取った。自習の時間、ありとあらゆるところを見回っては隊長の行方を探した。ある日、再びB棟の第一講義室を訪れてみると、いつもの席の下にあるものを見つけた。それは四角く象られた特殊な鍵だった。私は咄嗟に隊長が鍵を見つけ出したのだと状況を理解した。この数日間彼が姿を消していた理由も自ずと納得できた。しかしなぜ鍵だけを置いて去ってしまったのかと疑問を抱いた。彼は私に任務を任せたということなのか。私はこの状況をそう捉えることしかできなかった。

 早速鍵を持って地下へと向かった。私は武器庫にある手榴弾を二つ三つ肩にかけていた鞄に入れてから、丸い隠し扉をゆっくり開けた。中には狭い通路が続いており冷蔵庫の中にいるのかと錯覚するぐらい冷え込んでいた。通路をただただ真っ直ぐ進んで行くと、隊員たちの話し声がどこかしこで聞こえてきた。どうやら通路は我々の寝床の真下にあるようだった。長い通路を抜けると、寮の寝室ぐらいの広さの部屋へと出た。部屋には特にこれといって何もなく殺伐としていた。部屋の先にはさらに奥へと続く小さな通路があった。なぜここまで小さい通路にしたのかと少佐に不満をぶつけてやりたいほどだった。ようやく通路に終わりが見えたかと思うと、目の前に講義室ほどもある大きくて空っぽな空間が忽然と現れた。何もない代わりにそこにはどこか別の部屋へと続く大きな扉があった。その扉は人一人の力では外すことのできないぐらいにたくさんの鎖で固められていた。私はすぐにその鎖の意味を理解すると、躊躇うことなく鞄の中から手榴弾を取り出して扉に向けて投げ放った。直後、大きな爆発音とともに私は気を失った。

 私は訓練学校の校舎の中にいた。廊下を歩いているとなんだか自分が隊員時代に戻った気がして懐かしく思った。教室の中を覗いてみると、青年たちが課業を受けていた。教えているのは誰だろうかと教卓の方を見ると、そこには少佐の姿があった。私は少佐に話しかけようと扉を開けようとした。しかし、扉はびくともせず、いくら叩いても少佐は私に気づくことはなかった。すると、向こうから何者かがこちらへと歩いてくるのに気がついた。その人物は、よく見ると死んだはずの眼鏡の青年隊員であった。巨体は私を見るなり、こちらへと駆け寄ってきては私の視界を埋め尽くす勢いで罵倒した。

「なぜ僕をあんな無謀な地へと送ったんだ!あなたは私が死ぬとわかっていた!なぜあの時教えてくれなかったんだ!私の命を返せ!命を、返せ!」

と恐ろしい目つきで彼が迫ってくると突然あたりは暗転した。

 遠くから警報の音が微かに聞こえた。私は広い空間に一人床にうつ伏せになっていた。あたりを見回すとつい先ほど扉を爆発させたことを思い出した。扉は跡形もなく破壊されており、奥は真っ暗だった。

「誰だ?」

扉の奥から人の声がした。私は恐る恐る声のする方に近づいてみると、続けて金属音が響いた。徐々に闇に目が慣れて行くと、目の前に鉄の牢にしがみつく老人の姿があった。

「何者だ?」

「あなたは、ここに監禁されているんですか?」

「ああ、そうだ。ここから出してくれ」

「出したいところですが、生憎先ほど爆弾を使い果たしてしまって」

「なんて間抜けな。じゃあおめえ何しに来たんだ?」

「私は」

老人の言葉を聞くや否や、自分がなぜここに来たのかを先ほどの爆発で忘れていたことに気がついた。

「そうだ。実は、隠蔽を暴こうと」

「隠蔽?」

「はい」

「そうか、おめえ知ってるのか」

「もしかして、あなたは戦地へ行かれたのでは?」

「ああ、行ったよ」

「あなたはその事実を主張し続けた。それでここに監禁された。そうですね?」

「その通りだ。確かに俺は戦争に行った。でもなんでそんなこと知ってるんだ?」

「実は私も戦地に行ったんです」

「なんだと?」

「はい。私はもともと秘密訓練学校の隊員で、少佐からフィリピンに派遣されたんです。それから30年間山に身を潜めました。気づくと戦争の音はしなくなっていて、日本に帰ると皆戦争がなかったと言うんです。そこで私はこの隠蔽工作を暴こうと思って」

「そうか。よかった。まだ戦争経験者は残っておったか」

「なぜ皆戦争の過去を知らないんですか?」

「おめえ、それを知らずに隠蔽を暴こうとしていたのか?」

老人は驚いた様子で私の顔の横のあたりをじっと見つめていた。

「なら、教えてやる。この国は国民を捨てた。まあこれは偏った表現になってしまうが、実際のところ間違っていない。奴らは我々を洗脳することに成功したんだ。国民の頭から敗戦したという記憶を消し去り、戦争などなかったと信じ込ませたんだ。国民の負の記憶を排除することで国の発展を促そうって寸法だ。これは国民の人権そのものを剥奪したと言ってもおかしくなかろう。しかし、どうしてか私の頭の中で戦争の記憶は残り続けた。そこで国は私みたいな記憶の消せない者たちをこの地下に監禁したというわけだ」

老人が視線を暗闇の奥へと移すと、そこには何人ものくたびれた男たちがの牢の中からじっとこちらを見つめていた。隊長の言っていたことは本当だった。

「じゃあ、その洗脳はどこで?」

「この施設の最上階に行くと一番奥にある理事長の部屋がある。そこで洗脳が行われている」

「そうか、灯台下暗しってことですか」

警報は滞りなく鳴り響き、私と老人はそれに気がつかぬほど話に熱中していた。

「あんた、もう帰った方がいい。そろそろ監視人がやってくる」

「わかりました」

「元来た道を戻るといい。さっき壊した扉からは誰も出入りしないはずだ」

「ありがとうございます。必ずや隠蔽を暴いてあなたを救いに戻ります」

私は狭い通路を通って武器庫まで辿り着いた。再び手榴弾を鞄に隠し入れ、外へと出た。


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