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Jリーグの秋春制移行④         トリクルダウンって起きたっけ?  (後編)



「痛み」と「恩恵」 アンバランス軽減へ私的提案

(前編から続く)
すでに「Jリーグの秋春制移行① 降雪地に向き合うということ」のあとがきでも触れているが、あらためて提案したい。

ACLやCWCに出場したクラブが大会で得た賞金のうち、ある一定の割合(3割程度が妥当か)を必ずJリーグに納め、全国のJリーグクラブやJリーグを目指すクラブの施設整備費などに充てる仕組みの構築である。(ただし、AFCなどから支給される旅費遠征費はこの仕組みから外す。)

前述したように、Jリーグの秋春制移行論議は「ビッグクラブを生み出す」ためにも、秋春制になったACLで日本のクラブが日程的な不利を被らないようにしようということでスタートした。その結果の秋春制移行で、降雪地のクラブがハンデの拡大という「痛み」を被る一方、非降雪地のACL出場クラブには秋春制移行が原因の「痛み」はない。

何度も繰り返すようだが、言い換えれば、降雪地のクラブの「痛み」をともなう協力によって、ACL出場クラブは日程的不利を被らずに戦う環境を「恩恵」として授かるのだ。

【もし、春秋制から秋春制に変わることで「非降雪地のクラブにも雪が降らない地域特有の負担増がある。それは降雪地のクラブの経済的・精神的負担増に匹敵する」と知っている人がいれば、これも具体的な例を挙げてコメント欄に書き込み、教えてほしいところです。】

当然ながら、この提案は、降雪地のクラブがACLに出場した場合も例外にはならない。ACL出場を毎年狙えるビッグクラブ候補のクラブは反発するかもしれないが、「痛み」と「恩恵」の関係を真正面から否定する論理がない限り、この程度の還元は不当とは言えず、無下にはできないはずだ。

もっとも、Jリーグが「『トリクルダウン』は〇▽年以内に誰もが実感できる形で100パーセント起きる。起きなかったら、たとえ退任していたとしても野々村チェアマンが責任をとって割腹する」というくらいの念書を書けるなら、このような提案の出る幕はないのだが…。

秋春制において、Jリーグは100億円規模の財源で降雪地のクラブのキャンプ費や施設整備の支援をすると発表した一方で、「(キャンプ費の)増額分の何割かを何年間かサポートする案を今、考えています」と述べ、支援は恒久的なものではないとクギを刺している。そして、その上で「100億あっても、200億でも足りない」とも説明している。

これに対して、ACL出場クラブの獲得賞金を還元させる仕組みが作られれば、年によって変動はあるが恒久的な支援になり得るはずだ。もちろん、この提案で還元される先は降雪地だけでなく、非降雪地の施設整備などにも充てられる仕組みにするのは言うまでもない。

目指すは「下剋上が起きないJリーグ」

さて、ここで視点をちょっと変えてみよう。
Jリーグの説明はとかく抽象的でボンヤリしたものが多すぎて「煙に巻こうとしているだろ!」と突っ込みを入れたくなる。そう考えるサッカーファンは少なくないのではないだろうか。

Jリーグは新たな成長戦略として2つのテーマを掲げている。
「① 60クラブがそれぞれの地域で輝く」
「② トップ層がナショナル(グローバル)コンテンツとして輝く」。

②は説明するまでもなく「ビッグクラブを生み出すこと」。
では「① 60クラブがそれぞれの地域で輝く」は、現状と比べてどのように変化した状態を指すのか?見落としているだけかもしれないが、Jリーグによる具体的な説明を私は見たことがない。

①と②のワンセットで考えると、私には「資金力のあるビッグクラブ候補以外は日本のトップになろうなんて夢は見るな。それぞれの地域で分をわきまえてチマチマやってろ」と言っているように思える。実際、Jリーグの本音だろうし、その方向に舵を切っている。

あらためて、Jリーグが「ビッグクラブを生み出す」と明言したことはどういうことを意味するのか、考えてみる。それは、Jリーグの力を使って「なるべく下剋上が起きない仕組みをつくる」ということだ。

圧倒的な力を持ってこそ、海外からも憧れられるビッグクラブ。ビッグクラブ候補がプロビンチアにたびたび倒されるようなリーグでは、ビッグクラブが誕生するまでに時間がかかる。いつまでたってもビッグクラブは生まれないかもしれない。

「ビッグクラブに牽引してもらう」。その方針は私のようなサッカーファン…外野が喚いても変わりはしない。しかし、目指す方向は本当にそっちでいいのだろうかという疑問は表明しておきたい。

そもそも、ビッグクラブはリーグの方針によって生み出すものだろうか?バルセロナは、リーガエスパニョーラがビッグクラブを生み出したいという方針で活動・運営したからビッグクラブになったのか。バイエルンミュンヘンは、ブンデスリーガがビッグクラブを生み出したいという方針で活動・運営したからビッグクラブになったのか。

ビッグクラブを「生み出す」 その先のJリーグは…

英国出身でサッカージャーナリストとして日本で活躍するショーン・キャロルとベン・メイブリーは、ユーチューブの番組で次のように話している。

ショーン・キャロル
「Jリーグは世界のリーグと競争しているでしょ。日本のアピールポイントは、どこが優勝するか分からないところ。」
「マリノスとか神戸・浦和がリーグからプッシュされる…Jリーグがビッグクラブをつくるために…それはリーグの競争がなくなる。リーグの競争がなくなれば、リーグのおもしろさがなくなる。」

ベン・メイブリー
「リーグの営業目線で、あえてビッグクラブをつくろう…。ビッグクラブが生まれるんじゃなくて、ビッグクラブを意図的につくろうとなると(中略)リーグの魅力でもあるどこにもチャンスがあるという競争の激しさを壊してしまう。」
「100年経っても浦和レッズ・横浜Fマリノス・鹿島アントラーズがバルセロナやレアルマドリードのような世界を代表するビッグクラブになっているのか疑問に思う。なるとしたら、意図的につくり上げたからじゃなくて、日本のサッカーがより自然な形で盛り上がった結果としてそうなっている可能性の方が高い。」
「百年構想をつくった理由は百年かかるから。30年で完成度が3割しかない。それは最初から当たり前のこと。最初から決まっていたこと。」

欧州のビッグクラブは、クラブの長い歴史や地元の風土・環境、外資の流入、優秀な指導者など様々な要因が重層的に積みあがった結果として生まれたもので、リーグの思惑で生み出したものではない。

さらに言えば、ビッグクラブを生み出した時、必然の帰結としてJ1リーグは毎年優勝チームや上位チームがほぼ固定化される。それは、楽しいのだろうか?

ドイツではバイエルンミュンヘンが11連覇し、スペインで優勝するのはレアルマドリードかバルセロナ。そういったリーグにJ1も変質するということだ。

ドイツやスペインではそれでも多くの集客があり、それなりに潤っている。なぜか。欧州には長いサッカーの歴史がベースとしてあり、地元のクラブは地域のアイデンティティの象徴となっているからだ。

サポーターはまさに「支える人」であり、クラブが大きかろうが小さかろうが勝敗に関わらず一定の集客がある。日本のおじさんが家に帰ったら晩酌するように、欧州のおじさんは週末になったらサッカー観戦に行くのだ。一方、Jリーグはそこまで根付いているだろうか?そこまで成熟しているだろうか?

そして、その欧州サッカーの中枢にも「ビッグクラブを生み出す」というJリーグの方針に首をかしげる人がいるようだ。オーストリアリーグ2部「SKNザンクト・ペルテン」テクニカルダイレクターのモラス雅輝氏は、去年2月に配信されたユーチューブの番組で次のように述べている。

「Jリーグの方はヨーロッパを見ているじゃないですか。新しい分配金の方も含めて、格差が生まれる仕組みにしようとしている。それが…僕の知人がヨーロピアン・リーグスっていうヨーロッパのリーグの連合みたいなのがあるんですけど、そこのトップだったんですけど、彼がいつも言っていたのは『Jリーグは間違ってもヨーロッパの真似をしてはいけない』と。『今みたいなリーグじゃなくなるよ。順位表がだんだん固定化されていって、ドイツのバイエルン・ミュンヘンみたいに10連覇…。そういう時代になるよ』と。」

欧州にプロ野球(NPB)はない

もう一点、競合するコンテンツの問題を挙げる。
日本にはJリーグを上回る市場規模のスポーツコンテンツ・プロ野球(NPB)がある。欧州にはこんな競合スポーツはない。

『ビッグクラブがJリーグを牽引してくれる』という発想は、そんな欧州を参考に生まれたもので、より巨大な競合スポーツがある国ではこれまで一度も検証されたことのない発想である。

「プロ野球やBリーグは毎年どこが優勝するか分からないけど、J1リーグは今年もあのチームだよね」という状況になった時、熱量を保ち続けるのはどちらだろうか。興味を引き付けるのはどちらだろうか。少なくともドイツのように「ヴィッセル神戸が11連覇」なんてことになったら、私はJリーグへの興味を失うだろう。

野々村チェアマンは「それでもJリーグがNPBを凌駕する勝算がある」と結論づけているのだろうが、そう分析する理由は何なのか。これも見落としているだけかもしれないが、私はチェアマン本人の説明を聞いたことはないし、メディアがその点について取材・検証した記事も読んだことがない。

「これからは国際試合の時代。海外クラブとの国際試合が『主』で、Jリーグは『従』で構わない」という判断だろうか?「観客など減少しても構わない。放送権など権利ビジネスで潤えば問題ない」とでも考えているのだろうか?

ビッグクラブのビッグネームを観にいく「観客」が増えたとしても、地元のクラブを支える「サポーター」の熱量が下がれば、Jリーグは衰退するしかないと思うのだが、間違っているだろうか。

数年後、アジアを代表するビッグクラブが生まれたはいいが、順位表は毎年似たような感じに固定化され、多くのクラブは青息吐息…。そんな超格差社会のJリーグが誕生した場合、野々村チェアマンは「あの決断は失敗だった」と認める器の持ち主だろうか。「失敗するかもなんてことは、教科書には書いていなかった」とか言って、ずっこけさせることだけは勘弁願いたい。


秋春制移行の正式決定前に「Jリーグの秋春制移行①~③」を公開しました。この「Jリーグの秋春制移行④」も、もう少し早く公開するつもりだったのですが、年末のバタバタや何より能登半島地震の発生で「だらだら長いだけの駄文をネットにあげて自己満足に浸るタイミングではないな」と思い、公開を控えてきました。被災地ではまだまだ多くの人が厳しい環境に置かれていて大変心苦しい思いはあるのですが、発災から10日が経ったタイミングで公開させていただきました。

本文の中でも書きましたが、政治や経済にちょっとでも触れると発狂する人達がいて面倒くさいので念押ししておきますが、トリクルダウンが起きたか起きなかったかで経済施策全体の評価が決まるわけではありませんし、そんなことを論じる気もさらさらありません。ましてや「トリクルダウンは経済の理論であり、スポーツ組織のJリーグとは関係ない」などと大上段に構えて指摘されても、行動原理となる思考構造の類似性を単純化して推察し、今後を展望していくという手法そのものを容認できないということであり、根本から嚙み合わないので「はいはい、そうですね」と聞き流すしかないです。

正直、秋春制移行が決まった後であれこれ書いても意味がないかなぁとも思っていました。ただ、Jリーグの姿勢が「秋春制移行ありき」で、議論はアリバイづくりでしかないのが見え見えだったことから、思いのほか落胆も驚きもなく結果を受け入れられ、「むしろ、これからが議論の本番だな」と感じたことで、意見したいことは意見しておこうと思い直し、書き上げました。

本文の冒頭で書いた通り、野々村チェアマンはウインターブレイクの長さを発表済みの長さよりもっと短くする気満々です。社長が野々村チェアマンと仲良しな「あのクラブ」や、パワハラ事件の処遇で頭が上がらないっぽい「あのクラブ」などが、秋春制移行に唯一反対した新潟と今度は共同戦線を張って阻止に動くのかどうか。ちょっと意地悪い視線でニヤニヤしながら見ていきたいと思っています。


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