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短編小説:やわらかもん(5)
「社長、これを見てほしいんです」
新しい市松屋店舗の看板商品の為、チーズケーキの開発をする中で、まさかのチーズが苦手な事を告白した和樹に「チーズが苦手な人間でも食べられるチーズケーキを作れば良い」と陸太郎は事も無げにそう伝えた。
言葉はとても簡単だったが、それは想像をはるかに超える難儀な作業だったが、それを乗り越えて出来立てのチーズケーキの販売に目途がたった頃、和樹は陸太郎に1枚の絵を見せてきた
短編小説:やわらかもん(4)
自分はこの『市松屋』で何をしたいのか?何が足りないのか?
自問自答の日々が続いた。
あまりに考えすぎて、身体はどんどん硬くなり、頭はガンガン痛くなる。胃もキリキリと痛くなり所謂満身創痍、と言う状態になっていた。
そんな中、野田が会社の帰りにご馳走してくれると誘ってくれた。
正直、そんな体だった為、何か食べ物を食べたい。そう言う状態ではなかったが、野田に誘われるとなんだか断れない和樹がいて、素直
短編小説:やわらかもん(3)
「あかん。無理に決まっとる、お父ちゃん気でも触れたか?!」
息子の和樹が、青ざめた顔で隆太郎にそう訴えた。
それは、パン事業の危機を数年かけて乗り越え、市松屋の新たな支店を難波にどうですか?と言う銀行からの打診に応え、隆太郎が出店を決めた、その翌日の話で、隆太郎はその店を、息子の和樹に任せる。そう言い出したのだ。
「お父ちゃん、第一俺、まだ大学生や。働いたこともない。そんな人間になんで任せられ
短編小説:やわらかもん(2)
あったかいの食べたら、うまいんちゃうかなーと言う、少年の何気ない言葉に、隆太郎は雷に打たれたような感覚になった。
そうや、そうや!そうや!!そうや!!!
何で自分はお菓子を作っているのか?
幼い頃屋台で食べた玄米パンが出来上がる過程を見つめながらワクワクしながら食べた、あの時の自分のような顔を見たかったから。
そして、奉公先で初めてカステラを食べた時のあの柔らかい食感が忘れられなかったから。
短編小説:やわらかもん(1)
カランカランカラン!!
焼きたてのチーズケーキの出来上がりに鳴らす鈴の音だ。
お客様は、その音を聞くだけで、あのチーズケーキの柔らかい感触が、口の中いっぱいに広がるとおっしゃってくださる方が多い。
ありがたい
────────ありがたさと共に、僕はその音を聞くたびに、自分がリヤカーを引いて、洋菓子を手売りしていたあの頃を、思い出す─────
昭和31年
世の中は好景気に湧く中、隆太郎は1人
椿の花言葉〜いちばんすきな花サイドストーリー〜
「あの花を私と同じくらい愛して」
────オペラ「椿姫」より
椿の花言葉には、「控えめな優しさ」「控えめなすばらしさ」などの言葉がある。
控えめ、控えめ。
まさに僕の人生を表していた。
昔から大人数が苦手で、大人数になるとマフラーを何重にも首に巻いて、息苦しい上に身動きが取れなくなってしまったかのように、その場でただいるだけの人間になってしまう。
でも、変に思われたくもないので、