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《映像》エッセイ集

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記事一覧

怪獣

怪獣

波のような音がきこえる。
目の前が真っ白になって、全く人々の表情が見えない。
遠く連なる光。
ライトはものすごい光で私を照らしている。
途端に緊張が解けて、その時いつも、光はこんなに眩しかったっけ、と思う。
その時間が、本当に好きであった。

無機質なリズムが赤く点滅している。
夕闇に浮かぶビル群のたくさんの光を背景に、左右から電車のライトが次々に近づいてくる。
東海道線はいつもとんでもなく人が詰

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対岸のひかり

対岸のひかり

たとえば、猫が空を飛んでいるような。
私はぼけっとして草むらに寝そべって、雲の流れを見ている。
意外と雲は早く流れているな、と思いながらミサイルの通知を無視する。
それで死んでもいいし、もしくは生きていてもよいのだ。
暑くもなく、寒くもなくて、風は体温よりわずかに低いので、このまま眠ってしまいたくなる。
しかし、猫が空を飛んでいるから、そろそろイワシが降るな、というような。

たとえば、宗教とか音

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せかいのふた

せかいのふた

午前8時に目が醒める前、浅い夢を見た。
寒くて布団から出たくないはずだったのに、そうではなかったからだ。
突然やってきた麗らかな陽だまりに、思い出したのだ。
春の匂いはとても穏やかで、凍えていた木やビルが弛緩してゆくのを感じた。
季節の隙間は、世界のふたが外れる一瞬の綻びである。
これから世界に春のふたがされたら、私はまた何も思い出さなくなる。
だから今夢を見たのだ。

砂時計。
ペテルギウスはも

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デカダンス/憧憬

デカダンス/憧憬

東京はいずれ海になる。
ペトリコールは破滅の匂いがして、この季節は私にある種の安心をもたらす。
白濁した夜に、生温い風を受けながら屋上で煙を吐く。
ざあざあ。
やっと終わるかもしれない。
このまま雨が街を侵食し、灰色のビルは風化してゆくかもしれない。
あの赤い点滅は今一体何を示すのだろうか。
生命の浪費が生む、地上の星。
光が滲み出して、私は妙に浮かれている。
ジーン・ケリーなら、きっと雨に唄うだ

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海の憧憬

海の憧憬

海は地球の本当のかたちを象徴する。
ガイコクというのは存在しない空想世界のように思えて、実はこの大量の水を辿っていけば、全てのガイコクに行き着くのだ。
星が本当は丸いことを認識する。
真夜中の黒い海では、世界の監視員は眠っている。
ガイコクへ行けるかもしれない。

我々は地表で偽物の地球に暮らしている。
私は偽物の哺乳類である。
偽物の太陽と偽物の月に従い、偽物の水を飲んで暮らしている。
なにも本

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白昼

白昼

午後3時、室外機。
静寂の昼下がりは、まるで丑三つ時のようである。
蝉は羽化していないのか、ひとつも鳴いていない。
積乱雲は雪の壁のように街を包囲し、田んぼに映る反対の世界に挟まれたそこには、誰もいない。
静かである。
ただ聞こえるのは、見知らぬ家の室外機から発せられる低周波音だけだ。

飛行機は音を立てずに、ゆっくりと空に筆跡を残している。

私は宗教を信じない。
しかし、このひとりの世界を見る

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かげおくり

かげおくり

多摩川の向こうの灰色の都市は、よそよそしく砦を築いている。
ビル群のスカイラインから湧き立つ雲は次第に橙色を帯び、煙が匂ってくる。
私はひとりで散歩している。
イヤホンから鳴るラヴェルの緻密な和音は、孤高の景色を彩る。
青い空の奥から橙色が染み出している。
こんな色のジュースをどこかで見たことがある。
草むらに花火の残骸を見つけて、会わなくなって久しい人のことを思い出した。
もし今、空が同じ色をし

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夢

前髪が張り付く。
樹木の帝国は白い霧に包まれ、なにかの動物の鳴き声が甲高く響いた。
夜明けか夕暮れかも分からないここは、きっと地球の裏側だ。
嘘みたいに鮮やかな鳥が、深い緑にハイライトを彩っている。
嘘みたいな色のこの植物には、きっと毒があるに違いない。
私は森を彷徨っている。
驚くほど大きな草木を面白がったのも束の間。
煩わしい熱気と湿気に、気持ち悪い虫たちが蠢いている。
もうこんなところはうん

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