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現代建築史ノート

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現代建築についてあれこれ思ったこと、考えたこと、調べたことをとりとめもなく雑多なままに書き出したノートたちです。
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「鳥羽の日」に思いをはせる円形ホテル「鳥羽観光センター」と戦後の「観光」

「鳥羽の日」に思いをはせる円形ホテル「鳥羽観光センター」と戦後の「観光」

10月8日は「木の日」であるとともに「鳥羽の日」です。

三重県の鳥羽といえば「鳥羽SF未来館」ですが、それに匹敵する名所(※独断と偏見によります)が円形の不思議なかたちをしたホテル「鳥羽観光センター」(現存せず)。

鳥羽がロケ地のドラマ「探偵物語」第21話「欲望の迷路」(1980年2月12日 放映)をあらためて視聴してみたら、松田優作と風吹ジュンの背後にチラリと「鳥羽観光センター」がみえます。

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77年目の8月、雑誌『生活と住居』創刊号を読む

77年目の8月、雑誌『生活と住居』創刊号を読む

8月はふたつの原爆忌、そしてお盆と一体になったかのような終戦記念日がたてつづけにあります。あれやこれやの仕事を一旦保留して実家でゴロゴロする「なにもしない」時間を得るせいもあって、戦争のこと、亡くなったひとびとのこと、そしてこれからの平和のことに思いをはせる機会に自然となります。

さて、敗戦の翌1946年2月に創刊された月刊誌に『生活と住居』(誠文堂新光社刊)があります。そこに、若き建築家・内田

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「建築文化」のこころ|彰国社と戦後日本、住まいの復興

「建築文化」のこころ|彰国社と戦後日本、住まいの復興

祝・#彰国社 創業90周年! 1932年6月1日に始まった建築出版の老舗、彰国社。今日で創業してより丸90年がたちました。おめでとうございます。『建築学大系』そして『新建築学大系』を世に出した彰国社は、建築出版のあゆみのなかで重要な位置を占める出版社です。

そんな歴史ある彰国社ですが、敗戦直後には田辺泰、服部勝吉といった同社ゆかりの人々が編んだ住宅図集はじめ住宅関連図集をいくつも出版したことでも

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坂静雄の「戦ふ住宅」|鉄が足りない戦時下、シェル構造を木造でつくる

坂静雄の「戦ふ住宅」|鉄が足りない戦時下、シェル構造を木造でつくる

建築構造学者として戦後日本の鉄筋コンクリート構造研究を牽引した坂静雄(1896-1989年)は、戦前、東京帝国大学で佐野利器や内田祥三に師事したのち海外へ留学。ところが不測の事態により京都帝国大学に呼ばれ、そこで鉄筋コンクリート構造の研究に従事することになります。「不測の事態」とは、前任者の三浦耀の急逝。ちなみに三浦もまた前任者・荒木源次、そして荒木もまた前任者・日比忠彦が亡くなったことから呼び寄

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防災の日に|建築家・石井桂の「大正十二年関東大震災遭難談」を読む

防災の日に|建築家・石井桂の「大正十二年関東大震災遭難談」を読む

1923年、東京帝大建築学科を卒業した石井桂(1898-1983年)は警視庁建築課に入庁。その年の9月1日、関東大震災に見舞われることになります。被災によって家族を失い、自らも本所被服廠跡で九死に一生を得る体験をした石井は、その後、建築の法体系づくり等に尽力します。さらには、建築行政官ではままならない状況を打破すべく政界進出。参議院・衆議院議員として建築行政、都市計画をたくさん手掛け、後進の育成の

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フランク・ロイド・ライトの愛した朱色|自動車・エマソン・理想都市

フランク・ロイド・ライトの愛した朱色|自動車・エマソン・理想都市

1867年の今日、6月8日は建築家フランク・ロイド・ライト(1867-1959)の誕生日です。ライトはル・コルビュジエ(1887-1965)とおなじく自ら自動車を設計してしまうほど乗り物大好きだったことで知られます(図1)。漂うチキチキマシン感。

図1 愛妻オルギヴァンナと愛車にて(文献2)

ライトを被写体とした数多の写真には、自動車に乗った姿やトラクターの運転風景などがたくさんあります。ライ

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増沢洵「最小限住居」からの昭和・平成・令和|なごや建築祭・建前LIVE

増沢洵「最小限住居」からの昭和・平成・令和|なごや建築祭・建前LIVE

先週末、娘ふたりをつれて名古屋へ。考えてみれば3人で電車移動するのは人生初でした。向かうは若宮大通高架下、「建前LIVE」の会場です(図1)。

図1 なごや建築祭・建前LIVE

このイベントは、「新しく迎える令和の時代に、何を伝えていくか?」をテーマに開催される、愛知建築士会名古屋6支部30周年記念事業「なごや建築祭」の一環。木造軸組を原寸大で組み上げたり、上棟餅まきや子どもが組み立てる木製ジ

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大阪万博前夜、新しい価値と仕組みをめざして|林雄二郎と『情報化社会』

大阪万博前夜、新しい価値と仕組みをめざして|林雄二郎と『情報化社会』

2025年、大阪でふたたび万博が開催されることになりました。万博の開催は、視界不良な未来に道筋をつけたり、これからの社会にふさわしい価値や仕組みを描き出したりする絶好の機会。

そういえば、1970年に開催された「前の大阪万博」に際しても、これからの社会をつくる試みが模索されたことを思い出します。それは「未来学」と呼ばれたり、あるいは「情報化社会」として捕捉を試みられたりしたもの。そんな万博前夜の

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「斜面の魔術師」建築家・井出共治が手掛けた斜面住宅の世界

「斜面の魔術師」建築家・井出共治が手掛けた斜面住宅の世界

斜面に沿って段々に建ってる集合住宅。たとえば、安藤忠雄の名作「六甲の集合住宅Ⅰ」(1983年)が頭に思い浮かぶ方も多いかと。斜面地を利用して段状に建設されたのが「斜面住宅」。

そんな「斜面住宅」を得意とし、そして「斜面の魔術師」という怪しげ(?)なニックネームをもつ建築家・井出共治(1940-2010)の存在を不勉強ながらはじめて知りました。

そんなわけで「斜面の魔術師」と呼ばれるほどの彼が手

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相模書房『建築新書』の世界|幻におわった超豪華ラインナップ

相模書房『建築新書』の世界|幻におわった超豪華ラインナップ

対米戦争勃発の年、1941年、『建築新書』と名付けられたシリーズ本の刊行が開始されました。出版社は、今はなき相模書房。シリーズ監修には、岸田日出刀(東京帝大教授・建築意匠・設計)、田辺平学(東京工大教授・建築防災)、田辺泰(早稲田大教授・建築史)があたりました。

刊行予定とされた書目は、なんと全部で109冊にのぼります。国家総力戦にあって、ますます科学技術の重要性が認識されていた当時ゆえに、この

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食寝分離論というプロジェクト【2】コタツでミカンは封建遺制?

食寝分離論というプロジェクト【2】コタツでミカンは封建遺制?

さて、コタツでミカンの季節になりました。絵本の世界でも、みやもとただお『ぬくぬく』(佼成出版社、2004)(図1)、加納果林『こたつさん』(CalinBell、2010)、そして、『おばあさんのふしぎなコタツ』(ポプラ社、1984)などなど、コタツを舞台にした生活の一場面が登場します。

図1 みやもとただお『ぬくぬく』

そこで描かれるコタツ景といえば、おばあちゃんとの対話だったり、家族がみんな

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食寝分離論というプロジェクト【1】ばばばあちゃんの就寝行為

食寝分離論というプロジェクト【1】ばばばあちゃんの就寝行為

建築計画学の教科書に必ず登場する用語に「食寝分離」があります。「食うところと寝るところを分けましょう」という意味合いのこの言葉。戦後日本の住宅計画を決定づける考え方へと発展していきました。

提唱者である西山夘三(1911-1994)は、後に、この「食寝分離」の考え方が「現状の分析からそこに隠されている法則性を発見し、これを創造的に適用しようとするリアリズムの展開」だったと回顧しています。

一方

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軍隊経験と建築家|菊竹清訓と清家清、それぞれの戦後民主社会な「格納庫」

軍隊経験と建築家|菊竹清訓と清家清、それぞれの戦後民主社会な「格納庫」

新建築主催「12坪木造国民住宅」コンペで佳作に選ばれた菊竹清訓案(新建築1948.4)と、清家清の建築家デビュー作となる「うさぎ幼稚園」(竣工1949、新建築1950.4)(図1)。特徴的なシェル形の建築は、ともにそれぞれの戦時中の軍隊経験に由来しています。

図1 ふたつのシェル型屋根建築

敗戦を境にして、民主的変革を遂げたといわれる日本社会。でも、そんな社会の建設を担った若き建築家たちは、や

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モクチンメソッド|危機を好機に転換する現代版「計画的小集団開発」

モクチンメソッド|危機を好機に転換する現代版「計画的小集団開発」

木賃アパート。ハウジングの戦後史を辿るとき必ず出てくるこの言葉。たしかに老朽化して空室も目立った状態であちこちに見かけるよなぁ~。これは社会問題にもなっていくよな~。などなど他人事に思っていたのですが、ある本を読んで「あ、そうか!いま自分が住んでるアパートも木賃アパートだ!」って、にわかに自分事になってオドロキました。

そんなキッカケとなった「ある本」とは、『モクチンメソッド:都市を変える木賃ア

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