見出し画像

百合短編「あめざくら」#シロクマ文芸部

卒業するはずの高校の留年が決まった。当然だ。こんなに寝坊して、校則で禁止されてるバイトしてたのもバレたし、もはや退学にならなかったのがありがたいほどだ。

京都で生まれ育ったのに、桜がウリの哲学の道から歩いてすぐの家で育っても、桜が咲き始めても、桜が散っても、満開の桜を見ても、なんとも思わない。

そのくせに、雨に打たれる桜を見て、こんなにも悲しいのはなんでなんだろう。

雨に打たれて水面に落ちた花びらを見て、こんなにも悲しくて、悲しすぎて怒りすらわいてくるのは、なんでなんだろう。

雨のせいで散った桜って、悲しいよね、つらいよね、苦しいよね。無力すぎて、痛々しすぎて、非力そのもので、雑魚みたいに、誰の気にも止められなくて、無能でしかなくて。

これ目当てで誰も彼もがめんどくさいバカ騒ぎして経済効果が生まれてんのにさ、こんなときにみんな「日本人でよかった」とか言ってさ、反骨気取りの男も女も歌まで毎年歌いやがって、こんなの、アメリカでも中国でも、咲いてるっつーの、バカ。

いや、桜で喜んでる奴らより、桜の方がバカなんだ。
桜って生き物は、人間様よりバカまるだし、バカそのもの、本当にバカで、馬鹿というより莫迦の方のバカみたいで、笑いも生まなくて、抵抗も出来なくて、大きな力になすがままにされて、国花がお飾りなだけの、ただの単なる花、花っつーか、植物っていうか、人間より下の下の最下層の生きもので。

雨に落ちた桜の花びらを見るたび、雨が強まって、雨がやんでも、私は目から雨を、涙を、出してしまう。

咲いてる時は思わなかった、あの人のリップメイクの取れたスッピンの唇を思い出してしまう。

あの人は化粧を落とせば、いつも唇が桜色だった。桃色じゃなくて、桜色。

一緒に寝てみて、あの人の頬がゆでダコみたいになろうが、唇は薄いピンクだった。

なんちゃって制服のBURBERRYのブレザーのポケットから、あの人の真似をして買ったバーツビーのリップクリームを出して、塗ってみる。はちみつのにおいがキツイのがお気に入りだ。

どうして別れなきゃいけなかったんだろう、どうして私を置いて海外なんか行っちゃったんだろう、海外なんか行っちゃっても、国際電話対応の携帯電話を買ったばかりなのに、どうして私と別れなきゃいけなかったんだろう、どうして、別れなきゃ、いけなかったんだろう。

もう秋になれば、19歳か……堂山に行ってみようかな。いや、やっぱやめとこう。お酒は嫌い。いきって飲んだけど、まだ美味しさがわからない。

お兄ちゃんに私がレズだって、言ってなかったな。でも気づいてるかもしれない、歴代のお兄ちゃんの彼女はいつも優しくて可愛くて、横取りしてやろうって思えないけど、気になって本人じゃなくお兄ちゃんにいろいろ聞いたから、勘づいてるはず。「好きなタイプの男は?」「そりゃ付き合ってる俺だろ」、あーあ………

お兄ちゃんになら言える、でもお父さんとお母さんには死んでも言えないし、言えても言いたくない!

あの人、海外で一人で暮らして、男と結婚しそうだな。結婚するならお金持ちで男らしくて屈強な白人の男とでも結婚しちまえよ、同性婚なんてしたら、絶対に許さない。許さない。死んでも怨む。私以外の女と結婚したら、いや、付き合ったら、死んでも呪ってやる。私をふって、勝手にさよならして、さっさとノンケになっちゃえばいいんだ、「レズなんて気持ち悪い」なんて笑いながら、男と早くくっついてよ。

英語をがんばってた、一番得意なのは国語で一番嫌いなのは英語なのに、英検2級も取った、むかし患ってた吃音が出ながら、がんばって面接もして合格した。

あの人からプレゼントされたこのカバンは捨てられない、代わりに捨てた、英語がペラペラなあの人、アメリカじゃなくイギリスに住む、そんなあの人と「いつか一緒に住もうね」と言ったロサンゼルス、そんなアメリカン・ドリームと一緒に、英語の単語帳を、参考書を、留年しても使える英語の教科書を、オーラル・イングリッシュのガイドブックを、グラマーのノートを、和英辞典を、背伸びして買った翻訳じゃないO・ヘンリーの本を、ちぎって、捨てた、桜色で敷き詰められた大きな水たまりに、桜の花びらよ、さっさと埋めてくれ。
そうしたら思い出は桜色になる、何10年かしてどっかで平気な顔して、おばさんになって「こんな人と付き合ってたんだ」って笑える、いつか笑える、いつか笑える、いつか笑えるだろう。

世界共通語だけど桜が国花のこの日本ではなんの役にも立たない、英語なんて、もう好きになってやらない、思い出を埋めた、水たまりにまた大量に花びらが落っこちた。

涙がまじった紙吹雪は、思い出と怨みと花びらが覆いかぶさって、桜色が無能に埋葬してくれる。

無能な桜色が埋葬してくれて、いつか笑い話になる、そのときは私はあなたを忘れているかもしれない、そのときはあなたも私を忘れているかもしれない。忘れてない、忘れられない、少なくとも私は忘れられないだろう、でもいつか笑える、いつか誰かと笑える、いつか笑える。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?