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短編小説の本棚

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日常や現代ファンタジーの小説が多く含まれています。 たまに過酷なファンタジーもありますが、楽観的な作者の書くものです。 最後はきれいに纏まって読後は良いような気がします、たぶんで… もっと読む
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【短編小説】告白されて困ったら両想い

【短編小説】告白されて困ったら両想い

 放課後を迎えると予想した通り、前の方の席にいた奏が長い髪を弾ませてパタパタと走り出す。わたしの机の横で立ち止まると、あからさまなモジモジを始めた。ゆったりとした白いワンピースを着ていてもよくわかる。ふくよかな胸の揺れに男子達は、おー、という低い声を上げた。
 わたしは心の中で遠慮ない溜息を吐いた。奏を無視して机に入れていた教科書とノートをカバンに収めていく。
 その時、奏は小声で言った。
「いじ

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結婚を前提に付き合ってください

結婚を前提に付き合ってください

 六月に入った。わたしは早々とYシャツを半袖に変えた。上から紺色のブレザーを着るので見た目は以前と変わらない。
 通学路を歩いている本人にだけ、違いがわかる。ほんの少し、涼しさの恩恵を受けた。
 今はどうでもいい。考えなければいけない問題は真横にいる。ちらりと目をやる。紺色のブレザーを着た木島 貴志が背筋を伸ばして歩いている。
 外見は悪くない。ナチュラルに流した髪が好ましい。眉は弄っていないよう

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夜散歩

夜散歩


第1話 夜の大冒険 明かりを消した部屋のベッドで、わたしは仰向けになっていた。身体を覆う掛け布団はもしもの時の保険。瞼は開けたままで耳に意識を傾ける。少し前に二つ上のお兄ちゃんがトイレに起きたみたいだけど、他には何の音も聞こえてこない。

 冒険に出るなら今しかない。

 用意はちゃんと出来ている。ガバッと起きて壁のスイッチを押した。部屋が本当の色を取り戻した。モスグリーンのリュックはベッドの側

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いつか、また

いつか、また

 頬が痛い。顔を上げると目の前のパソコンが起動していた。画面に表示された時間は午後十一時を少し回る。取り敢えず終了させた。
 中途半端に寝たせいで眠気に見放されたようだ。イスの背もたれに引っ掛けていたパーカーを羽織る。ポケットの中の財布を確認して部屋を出た。
 軋む床をそっと歩いた。居間の光が廊下に漏れている。近づくと父親と母親が言い争っていた。
「正幸の不登校はいつまで続くんだ」
「わからないわ

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幼い天使は静かに微笑む

幼い天使は静かに微笑む


第1話 夜の公園で出会う 今日の授業が終わった。塾に居残る理由はない。それなのに俺は機能を停止したロボットの状態から、なかなか抜け出せない。がらんとした教室に一人でいた。
「早く帰りなさい」
 見回りにきた講師に言われて俺は重い腰を上げた。身体まで重い。心には冷たい鉛が詰め込まれ、底の方が今にも破れそうだ。
 教室を出ると右手を見ないようにした。この間の試験の全順位が貼り出されている。俺は初めて

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口裂け女は今日も憂鬱

口裂け女は今日も憂鬱

 西日が窓から入り込む。六畳のワンルームがほんのりと色付いた。
 長い黒髪の女性は窓辺近くで項垂れている。横座りのまま、三十分の時が過ぎようとしていた。
「……出かけようかな」
 その声には覇気がない。色褪せた畳の上を手が這うようにして伸びる。白いマスクを掴むと大きな溜息が漏れた。また動きが止まる。
 夕闇が迫る頃、女性は勢いよく頭を上げた。長い髪を払い除けると清楚な顔が現れた。睫は長く綺麗な二重

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運のツキノワグマ

運のツキノワグマ


第1話 遭難ですよ 私はいつもそうだ。夢中になるとまわりが見えなくなる。悪癖と言っていい。今回の件も見事に当て嵌る。額の汗を掌で拭った。代わり映えしない木々を抜けてひたすら足を動かす。そうしないとまた後悔の大波が押し寄せてくる。
 出っ張った木の根に足を引っ掻けて転んだ。ひんやりした地面が頬に気持ち良くてすぐに起き上がる気分になれない。また大波がきて私は静かに過去を振り返る。

 よく晴れた休日

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人らしく生きる

人らしく生きる


第1話 薄汚れた少女 雲一つない晴天であった。瑞々しい青が空一面に広がる。降り注ぐ陽光を浴びた街はクリスタルの輝きに包まれた。目抜き通りを行き交う人々は街並みに相応しい小綺麗な衣装を身に纏う。容色にも恵まれ、ゆったりとした流れを作り出した。
 その暗黙の秩序が唐突に崩れた。柳眉を逆立てた女性が道の端に寄る。押された男性は一方を見て目を怒らせた。連鎖するように多くの人々が道の両端へと分かれた。
 

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二人の剣

二人の剣

 寝返りを打つ度に軋む木製のベッドで貴方は深い眠りに落ちた。今は仰向けの姿で仄かに明るい窓を見ている。とても穏やかな状態で目覚めの余韻を過ごし、上体を捻るようにして起こした。
 下着然とした姿でベッドの縁に腰掛けた。貴方は焦げ茶色の床板を眺める。年季の入った色をしていた。
 いつもと変わらない時間の流れに乗って薄皮の靴を履いた。軽い足取りで簡素な部屋の奥にいく。使い込まれた木剣が壁に立て掛けてあっ

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