実体

非実体動的物理論(多元発生唯動論)

【目次】

序文 / 1 秩序 / 2 物理 / 3 人間 / 4 社会 / 5 経済 / 6 公理系 / 7 記述

【序文】

物理事象を、物体ではなく、動きをベースに考えた理論体系は稀である。本稿では、あらゆる事象を、いつでも変化しうる事態と捉え、実体を想定しない。その構想を展開し、経済や意識などの通常物理では扱えない事態まで、物理的な理論の道具立てで扱える事象とする。

編集の容易さから、

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私のスピリチュアル的なものに対する捉え方

実体がない=存在しない?

いわゆるスピリチュアル的なものは見たり触ったりすることが出来ません。つまり、実体がありません。

では実体がないものは「存在しない」のか、というとそうでもありません。

例えば「空(そら)」について考えてみましょう。空はどこからが空でしょうか、と問われた時、具体的に答えることは難しいと思います。どこからが空で、どこまでは空ではないか、と空と空以外を明確に分けるものはあり

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善き友人 - 重要度 -

どなたも大事な存在を失くしたくないでしょう?そこから大事な存在への接しかたに拘(こだわ)りを持つ方が増えていくのでなかろうかと私は思っているのですが、あなたの場合はいかがでしょうか?それでドコにナニにどの程度拘るかですが、拘りはその当人が重要と見なす度合いに依りますから人毎に異なっていて当然と言うことになりそうですね⁉

と云うことで、著名人を例にとって私なりの観察をしたいと思います。間違っていた

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取り違えられた王子の話が語ること

今日、ある人と話していて話題にあがったのが「本質」という言葉。

よく見かけるし、もちろん自分でも使います。たとえば
「本質的に」「本質をつく」「本質をあらわす」
なんて風に。

「本質」の簡単な意味は「あるものをそれたらしめているもの」「内にあって変わらないもの」

哲学的に言えば「実体」
有名なプラトンの「イデア」です。

もっと日常に近いところでは、バニラエッセンスのエッセンス。「あるものを

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善き友人 - 実体 -

2019年6月23日
マガジン「⚡風水遊び⚡」の過去記事の中の「とっておき」だけを残して2019年6月7日までの全記事を「floating leaf ~浮き葉~」へ移した。
(風水遊びのほうはこれまでと別の行きかたになる)

2019年6月10日
新マガジン「floating grass ~浮き草~」を作った。綴る内容は「風水あそび」と重複するかも知れないが、「浮き草」のほうへはドナタかの記事に触

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それ以前にはなかった全く新しいはじまりとしての誕生。 『不十分な世界の私―哲学断章―』〔31〕

人が何事かの終わりを見出すとき、そこにはすでに「新しいはじまり」が潜んでいる。そのとき人は、すでに「新しいはじまりの中」にいる。そしてその、すでにはじまっていることが、その人のそれまでのことを終わらせることになる。「終わりとはじまり」は、人が現にしていることの中に、つまり『日常』の中に常に潜んでおり、またそこで絶えず起こっていることなのだ。
 「…すでに起こった事にたいしては期待できないようななに

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どーせ、っぅか、いずれ書くから書いとこう。w

雅子様を上皇后と比較したりとか、「新天皇には○○○を期待します」とか、、違和感っぅか、まったくもって失礼じゃね!? って。何様のつもりなんだろうか。

象徴に対しての実体、「期待します」とか言っちゃうお前が頑張るコトに期待しちゃう。

実体

男「あまりに美人だったので、つい」

取調官「宇宙人なのに?」

男「出来心で」

取調官「それであなたは彼女のシャワールームを覗いた」

男「驚きました」

取調官「何に驚いたのですか?」

男「彼女は服を脱ぎさらに脱ぎ捨てたんです」

取調官「何を脱ぎ捨てたと言うのですか?」

男「地球人の体です」

取調官「じゃああの女は地球人とは違う姿をしていた?」

男「いえ違います」

取調官「えっ?

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肉体という道具

昨年、
だいすきな祖父が亡くなりました。

この『虹園』という名前の所以でもある
私の書道のお師匠さんでした。

祖父が書道をするときに使っていたのが
『香園』という雅号でした。

ちょうど私が水引のことを始めるころに
初めて知ったことでした。

私はなまえを 『ナナ』 と申しますので
数字の『7』は 小さい時から友達でした。
7に関することには なんとなく目が行ってしまう癖がついていて
当然 虹

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