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『続く僕らの命』<第3話>もうひとつの告白

 おじいちゃんからの突然の信じられない告白にショックを拭いきれないものの、一番傷付いているはずのお兄ちゃんが平然とした様子で少しも変わらず僕に話しかけ続けてくれるから、僕はどうにか心を揺波ちゃんの方に向けようと必死だった。
 
 二人より先に映画館に着いてしまい、目立たないところで様子を窺っていると、遥生くんがやって来て、少し待つと揺波ちゃんも現れた。
「待たせてごめんね、遥生くん。」
「ううん、僕もちょうど来たばかりだよ。」
「決め台詞の彼はデート慣れしてるのかもね。命多朗も早くチケット買って、席に着かなきゃ。」
お兄ちゃんに催促され、僕は後方の出入り口に近い席を選んだ。
 
 シアターの中に入ると、二人は中央付近の特等席に仲良く並んで座っていた。
「もう少し中央の方が良かったんじゃない?これじゃあ二人から離れすぎているよ…。」
お兄ちゃんは僕が選んだ席を気に入らなかったらしい。
「だってあまり真ん中に座ったら、目立ってすぐに二人にバレちゃうじゃない?これくらい離れた席でちょうどいいんだよ。」
映画が始まると、お兄ちゃんは二人のことはそっちのけで夢中になり、感動しているのか、時折嗚咽を漏らしていた。僕は映画より二人の様子を見るより、頭の中で鳴り響くお兄ちゃんのすすり泣きが気になって、何も集中できなかった。
「子ども向けのアニメだと思ってたけど、まんまと泣かされたね…。最後にママと再会するシーンは特にやばかったね。」
「僕はお兄ちゃんの涙声が気になって、全然集中できなかったよ。」
「あーごめんね。でも命多朗はさ、スクリーンじゃなくて二人を見てたんじゃないの?」
「そうでもないよ…ってほら、揺波ちゃんたち、どこかへ行くみたいだよ。」
上映が終わり、涙を拭う揺波ちゃんに遥生くんはさりげなくハンカチを差し出していた。そして二人を追って、僕らも動き出した。
 
 次に二人が入った先は、映画館に隣接しているショッピングモールだった。
「今度はここで過ごすのか。人が多いから、後をつけやすいね。ほら、まずはあのカフェに入るみたいだよ。俺たちもあそこでひと休みしよう。」
「でもさ…あのカフェちょっと狭そうだし、近くで待ってた方がいいんじゃないかな。」
「まぁ、たしかにそうか…。でも偶然を装って、二人に割り込むのもありだよ?」
「僕はお兄ちゃんと違ってそんな度胸はないよ…。」
「まったく命多朗は積極性が足りなすぎるよ。遥生くんや俺を見習わないと…。」
 
 二人を見張りながらそんな話をしていると、見知らぬ女の子がべそをかきながら歩いていた。
「ママ―どこにいるの?ママ…。」
「あの子…迷子みたいだから、ママを探してあげないと。」
「迷子?ほっとけばいいよ、周りに大人がたくさんいるんだから、命多朗が助けなくても、誰か助けてくれるって…。」
当初お兄ちゃんはそんな冷たいことを言っていたのに、僕がその子の顔をよく見た途端、
「早く、あの子に声をかけてあげて。」
と急に態度を変えた。
 
 「きみ、なまえはなんていうの?」
「ゆいか…ほしいゆいか。ママがいなくなっちゃったの。」
「ゆいかちゃんか…。ママは見つかるから大丈夫だよ。」
僕はその子の手を取ると、アナウンスをしてもらうために、サービスカウンターへ向かった。
 
 その間、いつも饒舌なお兄ちゃんはなぜか無口だった。そしてアナウンスを流してもらうと、間もなくゆいかちゃんのママが現れた。
「ありがとうございます、娘を助けてくれて。ゆいかもお兄ちゃんにありがとうってお礼して。」
「おにいちゃん、ありがとう。」
ゆいかちゃんはにっこり微笑みながら挨拶してくれた。
「これ…良かったらどうぞ。」
ゆいかちゃんのママは僕にラッピングが施されたものを渡してくれた。
「お礼をいただくようなことはしていませんので…。これってどなたかへのプレゼントなんじゃ…。」
「多めに買ったお菓子だから気にしないで。本当にありがとうね。」
「おにいちゃん、バイバイ、またね。」
ゆいかちゃんはママと手をつなぐとうれしそうにおもちゃ売り場の方へ消えて行った。
 
 「お兄ちゃん、どうしたの?一言も話さないなんて珍しいね。」
「いや…あの女の子…僕がよく知ってる女の子によく似てたから、ちょっと思い出して見とれてたんだよね。その子にもあんな時代があったなーってさ。」
「ふーん、恋人ごっこした好きな子の幼少期でも思い出してたんだ?」
「まぁね、そんなところかな。それよりそろそろあの二人のところに戻らないと、見失ってしまうよ。」
そうだった、僕は揺波ちゃんたちを見張っている最中だった。慌てて戻るとそのカフェから二人の姿は消えていた。
 
 「あーぁ、間に合わなかったか…。たぶんまだこのショッピングモールのどこかにいるだろうし、少し歩いてみようか。」
僕は二人を探して店内を隈なく歩き始めた。ファンシー雑貨のお店の前に着くと、お兄ちゃんは僕に妙なことを言い始めた。
「命多朗…ちょっと待って。ほらこの店の奥にある、あのぬいぐるみを母さんにプレゼントしよう。」
「えっ?急にどうしたの?なんでお母さんにあんな子供向けのぬいぐるみなんて…。お母さんへのクリスマスプレゼントならとっくに用意したよ?それにあれって昔、流行ったらしいキャラクターで、今はそんなに人気ないよ?」
店の片隅に無造作に置かれ、忘れ去られたようなぬいぐるみを見ながら僕は言った。
「いいから、買ってよ。兄ちゃんへのプレゼントだと思ってさ。家に着いたら、母さんへプレゼントして。俺はプレゼントしたくてもできない身だから、代わりに頼むよ、命多朗。」
お兄ちゃんが妙にそのぬいぐるみにこだわるので、仕方なく購入し、クリスマスプレゼント用にラッピングまでしてもらった。
「命多朗、ありがとう。うれしいよ、俺の願いを叶えてくれて。」
「別にいいけど、揺波ちゃんたち全然見つけられないし、もうそろそろ帰らない?」
「命多朗は諦めるのが早過ぎるよ。がんばって二人を探さないと。今頃…遥生くんが彼女に何をしてるか分からないよ?」
「遥生くんが、揺波ちゃんにおかしなことするわけないよ。」
「さぁ、分からないよ?何しろ今日はクリスマスイブだからね…。みんな素敵な思い出を作ろうと必死になる特別な日なんだから。俺だったら当然…キスくらいするね。」
お兄ちゃんからそんなことを言われ、胸騒ぎを覚えた僕はもっと真剣に二人の姿を探すようになった。
 
 「そう言えばさ、外にでかいツリーとか、綺麗なイルミネーションがたくさん飾られていたよね?もしかしてそれを見に行ったんじゃないかな?そろそろ日没だし、ロマンチックな時間帯だよね…。」
急いで大きなツリーが飾られている外へ向かった。
 
 するとその近くで手をつないで歩く二人を発見した。
「ほら、やっぱりいた…。すでにカップルみたいだよね。命多朗がもたもたしてるから、あんないい感じになっちゃったじゃない。」
「お兄ちゃんがぬいぐるみをほしがったりするから、時間ロスしたんだよ。」
「そんなことより、ほら、遥生くんが彼女の顔にどんどん近寄ってる気がするんだけど…。今にもキスしてしまいそうだよ。命多朗、急いで阻止して彼女を奪うんだよ。揺波ちゃんは渡さないって。」
「あーもう、お兄ちゃんはうるさいな。いちいち僕に命令しないで。そんなことできるわけないだろ。」
と思わず僕は大声を上げてしまった。
 
 そして僕の声に気づいた二人に見つかってしまった。
「あれ?命多朗くん?奇遇だね。買い物でもしてたの?」
「う、うんまぁね…。偶然二人を見かけたから…。」
遥生くんは余裕そうな顔をしていた。
「命多朗くんも来てたんだ。このツリー、きれいよね。」
「ほらここで、揺波ちゃんの方がきれいだよって言わないと。」
お兄ちゃんは懲りることなく、ちょっかいを出してきた。
「だから、うるさいって言ってるだろ。いい加減にして。」
今度は声に出さないように、お兄ちゃんを叱った。
 
 「暗くなってきたし…そろそろ帰ろうか?揺波ちゃん。家まで送るよ。」
やさしく声をかける遥生くんに彼女は意外な返事を返した。
「ごめん、遥生くん、私はここで大丈夫だから。今日は本当にありがとうね。楽しかった。一人で帰れるから先に帰って。」
「そっか…分かった。またね、揺波ちゃん。」
彼は物分かりの良い紳士のような言葉を返していたけれど、内心おもしろくはなかったと思う。
 
 彼が去った後、信じられないことが僕に起きた。彼女が僕の方へ近づいてきたのだ。
「命多朗、もしかして…これは揺波ちゃんの方から告白とかもあり得る展開じゃない?」
「まさか…そんなわけないよ…。」
と返しつつも、少しだけ期待してしまっていた。
「命多朗くん…あのね。違ったらごめんね…。実は私も…。」
えっこれってほんとに告白みたいじゃないか…。
「うん、違わないよ。僕もす…」
ドキドキしながら彼女に向かって好きと言いかけた瞬間、
「私も聞こえるの。死んだママの声が…。命多朗くんも誰かの声が頭の中で聞こえているんでしょ?」
と尋ねられてしまった。へっ?揺波ちゃんも聞こえているんだ…?見当違いなことを妄想していた僕は一気に力が抜けた。
「う、うん…。さっき大声をあげたからバレちゃったかな…。僕も聞こえてるんだ。お兄ちゃんの声が。揺波ちゃんはお母さんの声が聞こえているんだね…。」
「やっぱりそうだったのね。命多朗くんにはお兄ちゃんがいたんだ。私、ずっと自分がおかしいのかなって誰にも言えなくて悩んでたから、同じ経験してる人が身近にいるって分かってうれしい。これから秘密の仲間として仲良くしてね、命多朗くん。」
そう言うと彼女はにっこり微笑んだ。
「狙い通りではなかったけど、彼女と親しくなれそうで良かったじゃない?」
お兄ちゃんはうれしそうだったけれど、僕は思いがけない彼女からの告白に戸惑いを隠しきれなかった。

(※本文は3994字です。)

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