茉莉花

フユ

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記事一覧

陳謝

弾丸になって名古屋へ行った。エピソードを話すときの四肢は、自室の四隅を同時に突いている。 あと十歳老けていたら一泊すらできなかった。飛び込みの私へ向く視線がすべ…

茉莉花
2か月前
6

力士

君より早く加齢臭が出たら心中しよう、と川の匂いに感けて言っている。嘘とその高い壁が香気立つ。化石燃料を袖に隠している人は、元素表を縦になぞって運命の資源を探り当…

茉莉花
2か月前
2

ご当地アイドル

洗濯物が日にさらされるルーフバルコニーで還暦も近い父のハート柄パンツを確認すると突如実家が要塞のように思えたので、平衡感覚のないキャリーバッグを抱え、何柄かも知…

茉莉花
2か月前
4

競技

冬の人恋しさゆえに数多の飲食店が求人広告を出しているので職場恋愛が発展しやすい。街の各所には求人欲がひしめいているはずのところ、私にはそう感じさせないように頑丈…

茉莉花
2か月前
6

ところで直観は最も速い思考ではないのか。夏にこそ聡明でありたい。夏にこそぴったり方角を当ててみせたい。しかし方角に易しい街並みはあって(条里制ではなくもっとたお…

茉莉花
3か月前
11

短文集②

1,顕微鏡で拡大して見ると糸よりの具合が印象よくなっている美しい繊維を用いて、今冬用のマフラーを編む。編み物をする女性を描いている場合ではない、とムンクはかつて…

茉莉花
4か月前
6

莢豌豆

京都から解き放たれた。どうだろう。夜行バスに半日縛り付けられた。少しだけ予想より短かった。昨晩の恥ずかしさといったら山脈が立った。あるいは漁船が一隻増えた。増殖…

茉莉花
4か月前
7

母性のせいで好きになる人がいて困ってしまう。好きな人にしか母親の話ができない。病室の角で母が仰向いて、さらなる角で私と父が俯いて、凡人はひとりもおらず、父が母の…

茉莉花
5か月前
8

日報・3

用無しが追い風を受けて漕ぎ進め、一編、半月の話を読んで帰ってきました。毎年初秋ごろ、差し込まれるように一日限りの嘘の季節があるような気がします。その啜り泣いたよ…

茉莉花
7か月前
3

日報・2

同情という情の共振に対格が存在するのか、という彼此の問いにはもう効力がないような気がしています。架空の人物を架空で転がしていると、そこに新たに額縁が浮かび出て、…

茉莉花
7か月前
2

日報・1

風に乗りやすくなってきました。そのような品格があります。おそらくこれが一段で、二段三段とまたあります。二はつらいです。二のせいで血が吸われ、血が渡ります。放送委…

茉莉花
8か月前
5

這子

劇団企画でうれしいことに文章を書く機会が与えられ、勇んでそのようにしたので、そのような文章をここにも残しておきます。  稽古場の帰りに下鴨あたりの住宅街を漕いで…

茉莉花
8か月前
8

ゴンドラ

「なあ、死ぬ以外で死んだ奴はおらんのかって。あの仰向けのキンキンの冷温の状態にならんで死ぬが叶った奴はおらんのかって。いや長い長い歴史の蓄積のやな、まあやからベ…

茉莉花
9か月前
8

蜜煮

 昔の出来事が早くも順縁で思い出せなくなり、これ自体は現在まで悪影響を及ぼしてはいないのですが、なにやら忘れるべきことは忘れようとして忘れたいと思い立ち、まずは…

茉莉花
10か月前
19

さくらんぼの軌道

アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所に追慕のため足を運び、ガスの在り場だった空間を意識すると、実際に彼の息が詰まるという不思議があります。私はここを訪れたこと…

茉莉花
10か月前
4

専修など

昨日より新参の小演劇の稽古がついについに起き上がり、まあ本当にこれは下準備という感じで脚本は未完というおこぼれ口も耳にし、つまりはだいぶんが見たこともない人々と…

茉莉花
11か月前
5
陳謝

陳謝

弾丸になって名古屋へ行った。エピソードを話すときの四肢は、自室の四隅を同時に突いている。

あと十歳老けていたら一泊すらできなかった。飛び込みの私へ向く視線がすべて訝しい。妙に吐息が混じると怪しい。妙に声が低いと怪しい。妙に服装がみすぼらしいと、みすぼらしい。爽やかな人の物真似は難しい。つまり鬣の靡く競走馬と営業マンは似ている。風吹く三軒目、断らせるためのダブルベッドの提案に滑り込み、複雑な間を与

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力士

君より早く加齢臭が出たら心中しよう、と川の匂いに感けて言っている。嘘とその高い壁が香気立つ。化石燃料を袖に隠している人は、元素表を縦になぞって運命の資源を探り当てることができる。

たまたま美しい金剛のダブルベッドに横たわり、人への思いをして痛む。でも私はふざけている人を高い確率で見抜くことができるから、話をした彼は指輪を嵌めることになる。私は金色か、どうか。

他人には助けられないが他人の芸には

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ご当地アイドル

ご当地アイドル

洗濯物が日にさらされるルーフバルコニーで還暦も近い父のハート柄パンツを確認すると突如実家が要塞のように思えたので、平衡感覚のないキャリーバッグを抱え、何柄かも知れないパンツを履いた父にお寿司を食べさせてもらい、今は海鮮臭い指先で改札にチケットを通し終えている。示し合わせたように外は曇っているが、これは車より少し速い乗り物だからカーレースが望める。競争する時の身体は大きい。肥大した舌は早く乾くので巨

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競技

冬の人恋しさゆえに数多の飲食店が求人広告を出しているので職場恋愛が発展しやすい。街の各所には求人欲がひしめいているはずのところ、私にはそう感じさせないように頑丈な建物が振舞っていて、仕切りの果たす役割はこうして大きい。本棚はその縮小版ということになる。ストアで有名な本を買って、ポピュラーだから久しぶりに指先をすばやく動かす読書になるだろうし、きっとすばやい乗り物の中でそれは行われる。値の張る地球儀

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弓

ところで直観は最も速い思考ではないのか。夏にこそ聡明でありたい。夏にこそぴったり方角を当ててみせたい。しかし方角に易しい街並みはあって(条里制ではなくもっとたおやかな決まりによって)京都のその難度は故郷よりもずっと落ちるように思う。ここでは日本的な思い出がつくりやすい。せっかく同時に日本各地を生きているなら、その様を条里制に倣わせてみてもいい。

空気は骨にも遍在するので冷たく放り出されると頭が(

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短文集②

短文集②

1,顕微鏡で拡大して見ると糸よりの具合が印象よくなっている美しい繊維を用いて、今冬用のマフラーを編む。編み物をする女性を描いている場合ではない、とムンクはかつてこの繊維に決別したが、実際は度々女性から顔型を模したニットをプレゼントされていたらしい。かの二人はすでに霊園のふもとに埋まり、今はただ土の粒を拡大して見ている。

2,人間はきっと、自身の「目」を見るために一生を捧ぐのだと思います。単色の青

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莢豌豆

京都から解き放たれた。どうだろう。夜行バスに半日縛り付けられた。少しだけ予想より短かった。昨晩の恥ずかしさといったら山脈が立った。あるいは漁船が一隻増えた。増殖、みたいなことが起きたとき、所有は誰に、どこに帰属するのだろう。立法における疑問でもあるが、もっと心的な働き、その漁船が誰の所有していたものに似ているだとか、かれこれの沈没船のコピーっぽいだとか、そういう類似に伴う理路のない所有感を、どう克

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母性のせいで好きになる人がいて困ってしまう。好きな人にしか母親の話ができない。病室の角で母が仰向いて、さらなる角で私と父が俯いて、凡人はひとりもおらず、父が母の友人の手紙に湿り、私がさらに俯いて、茶葉が透明化して、迫る日が落ちる。本当にそうだった。時間に追われて出ていくときに言いかけた何か、淵から這い上がってくるような問いかけがあって、私は近づかなかった。幾度目の朝には白装束だった。眠気のする階段

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日報・3

用無しが追い風を受けて漕ぎ進め、一編、半月の話を読んで帰ってきました。毎年初秋ごろ、差し込まれるように一日限りの嘘の季節があるような気がします。その啜り泣いたような涼しさにはもちろん昂りますが、隙から二季を喰らうような違和感のほうが先行してやってくる、そんな日でした。お金がありません。働き口を探す一心で家を出るのはあんまり疎ましく、そうすると必然、ついでに頭に据えておくくらいの怠慢になるわけですが

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日報・2

同情という情の共振に対格が存在するのか、という彼此の問いにはもう効力がないような気がしています。架空の人物を架空で転がしていると、そこに新たに額縁が浮かび出て、私の中の分人が再構成されていくようで不思議です。架空の人物について思案元の私が同情しないことは、一瞬ありえないようで、そうおかしいことではないです。性格の基があり、反復的にパターン化された組み合わせがあり、それらの総合があり、どこに自我が置

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日報・1

風に乗りやすくなってきました。そのような品格があります。おそらくこれが一段で、二段三段とまたあります。二はつらいです。二のせいで血が吸われ、血が渡ります。放送委員だったころは、よく日止めの無響室に二人きりで閉じ込められました。然して、お昼の校内放送はせかせか行われます。ただ頭は体育倉庫の狂い時計のように回ります。あれはもしかすると最も怜悧な時間だったのかもしれません。頭の運動には音無しが肝要です。

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這子

這子

劇団企画でうれしいことに文章を書く機会が与えられ、勇んでそのようにしたので、そのような文章をここにも残しておきます。

 稽古場の帰りに下鴨あたりの住宅街を漕いでいると、左手の奥の方から小さな物陰が見えてきた。どうやら歩道を少しはみ出て、丸頭の男の子が寝そべっているようである。うしろで組んだ手とランドセルとを二重の枕にして、ちょうどマンションの群居と夕空とのあいだを見上げながら、彼は鈍くガサついて

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ゴンドラ

ゴンドラ

「なあ、死ぬ以外で死んだ奴はおらんのかって。あの仰向けのキンキンの冷温の状態にならんで死ぬが叶った奴はおらんのかって。いや長い長い歴史の蓄積のやな、まあやからベンド生物でもシダ植物でもなんでも含んでええわ、それでも含めば含むほどあかんで、厳しくなるんやから。まあそん中のやな、全部が全部綺麗に頭から落として、出入りがさっぱりなくなって、バタンなって硬質になって死んできたんやってそんな意味わからんこと

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蜜煮

蜜煮

 昔の出来事が早くも順縁で思い出せなくなり、これ自体は現在まで悪影響を及ぼしてはいないのですが、なにやら忘れるべきことは忘れようとして忘れたいと思い立ち、まずは強化の意味合いも込めて一つ一つ慎重に過去を再生していく、という方法で自己紹介を試みよう、となった次第です。

 沿岸部と山麓とを兼ねる九州の地点で産まれました。劈く道路が一本、脇に山と海の広がる「結節点」といったところでしょうか。角度を変え

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さくらんぼの軌道

さくらんぼの軌道

アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所に追慕のため足を運び、ガスの在り場だった空間を意識すると、実際に彼の息が詰まるという不思議があります。私はここを訪れたことはありませんが、似た説話はいくらでもあります。空間の魔力、ひいては建造物の魔力と呼べるもの。たとえば当該施設の場所が何者かによって南東に平行にずらされていたとして、観光客が施設の北西の方で息苦しさを覚えるようなことがあれば、いよいよ◯◯の立

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専修など

専修など

昨日より新参の小演劇の稽古がついについに起き上がり、まあ本当にこれは下準備という感じで脚本は未完というおこぼれ口も耳にし、つまりはだいぶんが見たこともない人々と顔を合わせ、口を吹き込み合い、幽玄の時間を組み立ててゆく、そういった場面でありました。いまふと思い立って顔の隅々までは思い出せませんけれども、随分隅々まで照らされていたことはよく分かります。

私は美学の専修に行くのだと思います。ここ数日ま

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