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記事一覧

病室で目覚めるように初春の洗ったばかりの布団のなかで/奥村鼓太郎「橘の花」(『夕星パフェ』第14号)

布団を洗う、というのはささやかだけど割合にインパクトのあるイベントだと思う。行為の手間、天気との兼ね合い、結果の豊かさ、それはささやかな大仕事という感じだ。 「…

門脇
1か月前
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書き継ぎてゆくうちに詩が書かしむる一行がある  書きたし/上川涼子「底力」(『現代短歌』2024年1月号)

まず前提として、「詩が書かしむる一行」を自作の詩に書かさせられた経験が存在している。その上で、「詩が書かしむる」という経験の得難さやその瞬間の喜びが一首にはにじ…

門脇
2か月前
12

ぬばたまの黒田博樹よああ是は曼珠沙華いちめんの花野だ/牛隆佑『鳥の跡、洞の音』私家版,2023年

色彩鮮やかな印象を受ける一首。 黒いものを導く枕詞である「ぬばたまの」から黒田博樹が導き出される。初句のイメージは暗く、それに導かれた黒田博樹の色調もどこか仄暗…

門脇
4か月前
21

冬を眠ろう。

電車に乗ってひとりでキャンプに行ってみて、それを思い返すと、「楽しかった」と「荷物が重かった」のふたつが感想の大部分を占める。「楽しかった」は、外での調理楽しい…

門脇
2年前
11

河川敷に泊まろう。

突然焚き火がしたくなった。昨年の11月のことだ。 焚き火がしたい!、という欲求を満たすために焚き火台と薪を買って、河川敷にあるキャンプ場まで電車で行って焚き火をし…

門脇
2年前
7

「未来」2021年10月号

  世界で一番好きなラーメン屋が閉店するとひとづてに聞いた。 間引かれず残れる椅子に腰掛けてビールでええかと問はれてゐたり とりあへずたのむビールと唐揚げとボブ…

門脇
2年前
5

持続可能な料理のために

ごはんを作るのは楽しい。 美味しくできたら嬉しいし、微妙だったら改善点を考える。 日々のことやけど、飽きない。 これからもごはんは作るし、Twitterにもアップするし、…

門脇
4年前
13

出汁をとらずにつくる味噌汁

味噌汁を作るとき、出汁をとらねばならないと思っていた。 ずっと思っていた。 鰹節で、さもなくば昆布か煮干しで出汁をとらないと味噌汁は成立しない、そんな風にずっと考…

門脇
4年前
21

プロフィールのようなもの

門脇篤史 1986年島根県生。高校までを島根県の山奥で過ごす。 島根県立矢上高校卒 同志社大学社会学部社会学科卒 未来短歌会所属 too late・西瓜同人 2013.9 短歌をつ…

門脇
4年前
9

うたの日のことなど

うたの日にはじめて参加したのは2014年6月30日、サイトがオープンして91日目のことだ。 もちろん、私が記憶していたわけでも、記録していたわけでもない。うたの日のサイト…

門脇
4年前
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20190913-0919

9.13(金) ばきばきに残業する。職場の先輩が新婚旅行に旅立ったので、受け持っていたイベントが私の所に来る。まあ、仕方がないやつや。 弟から電話があり、地元県に帰る…

門脇
4年前
9

祇園祭のことなど

大学生の頃、祇園祭はとても身近なイベントだったように思います。 入っていた合唱サークルには祇園祭にみんなで行く、みたいなしきたりがあったし、働いていたラーメン屋…

門脇
5年前
6

七物語の好きな歌

解凍をした刻みネギは頼りなくこれくらいでいいから好きでいて /小池佑「ねんいちのあいまいにちの」 確かに解凍したネギは頼りない。歯ざわりも風味も、フレッシュなネギ…

門脇
5年前
8

自選30首

2013年 いまはなき臨終図鑑の上巻を誰に貸したか思ひ出さない 2014年 五センチのエッフェル塔に指輪置きあなたのためにパスタを茹でる どうやつて切り出すべきか悩みつつ…

門脇
6年前
23

ちょこんと触れる

地震が起きた時、車通勤の途上だった。携帯電話がけたたましく鳴る。揺れにはいまいちぴんと来なかったけど、なんかヤバそうだなぁ、と思う。 職場に着いて、ググってみる…

門脇
6年前
8

みずつき7の好きな歌

みずつき7から好きな歌を何首か引きます。 ひとゆびづつ剥がしてゐたるみづいろに揮発してゆくこころを思ふ ふかぶかと谷折りされたわたくしをゆつくりお湯に戻してゐたり…

門脇
6年前
8

病室で目覚めるように初春の洗ったばかりの布団のなかで/奥村鼓太郎「橘の花」(『夕星パフェ』第14号)

布団を洗う、というのはささやかだけど割合にインパクトのあるイベントだと思う。行為の手間、天気との兼ね合い、結果の豊かさ、それはささやかな大仕事という感じだ。
「洗ったばかり」の〈洗う〉という動作には、もちろん〈干す〉という動作も含まれていて、主体はふかふかの布団の中にいるのだろう。布団を干したのだから、春らしい暖かくて天気のよい日が想起される。寒い冬から暖かい春への季節の切り替わりと、布団を洗うと

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書き継ぎてゆくうちに詩が書かしむる一行がある  書きたし/上川涼子「底力」(『現代短歌』2024年1月号)

まず前提として、「詩が書かしむる一行」を自作の詩に書かさせられた経験が存在している。その上で、「詩が書かしむる」という経験の得難さやその瞬間の喜びが一首にはにじむ。詩歌に携わる人間にとっては、納得感のある感慨が読み込まれているように思う。

「書き継ぎてゆくうちに」という切り出しがまず秀逸だ。
掲出歌は50首連作のうちの一首として発表され、その連作中49首目に配されている。その中で掲出歌を読むので

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ぬばたまの黒田博樹よああ是は曼珠沙華いちめんの花野だ/牛隆佑『鳥の跡、洞の音』私家版,2023年

色彩鮮やかな印象を受ける一首。
黒いものを導く枕詞である「ぬばたまの」から黒田博樹が導き出される。初句のイメージは暗く、それに導かれた黒田博樹の色調もどこか仄暗い。ただ、そのイメージは三句目で転調する。黒田博樹を知っている読者は「ぬばたまの」がもたらすイメージと黒田博樹のイメージとの間に齟齬を感じるような気がするが、三句目でそのイメージを塗り替える助走がなされる。

下句では一転して明るい色調に切

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冬を眠ろう。

冬を眠ろう。

電車に乗ってひとりでキャンプに行ってみて、それを思い返すと、「楽しかった」と「荷物が重かった」のふたつが感想の大部分を占める。「楽しかった」は、外での調理楽しい、焚き火楽しい、外でビール飲むの楽しい、冬の夜を耐え切るの楽しい、とどんどん細分化されていく。一方で、「重かった」はそれ以上細分化はできずに、ただただしんどかった記憶として私の中に鎮座した。
「重かった」を是正せねばならない、と思った。そう

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河川敷に泊まろう。

河川敷に泊まろう。

突然焚き火がしたくなった。昨年の11月のことだ。

焚き火がしたい!、という欲求を満たすために焚き火台と薪を買って、河川敷にあるキャンプ場まで電車で行って焚き火をしたら、これがもうほんとうに楽しい。火をつけて火のお守りをする非日常感と、故郷で風呂を薪で沸かしていた記憶が呼び起こされるノスタルジーとがごちゃごちゃになって、それはもうテンションが上がってしまった。
スキレットを買って肉を焼き、ヤカンを

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「未来」2021年10月号

  世界で一番好きなラーメン屋が閉店するとひとづてに聞いた。

間引かれず残れる椅子に腰掛けてビールでええかと問はれてゐたり
とりあへずたのむビールと唐揚げとボブ・マーリーのこゑを聞きつつ
死にたいと思ひし日々のかたはらに角煮ラーメンと唐揚げありき
ラーメンにのりたる角煮のやはらかく夢なく生きて生はしづけし
こんなにもやはらかくなる豚の死を舌にほどきて我はほころぶ
店の終はりを僕らに告げるさつきま

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持続可能な料理のために

ごはんを作るのは楽しい。
美味しくできたら嬉しいし、微妙だったら改善点を考える。
日々のことやけど、飽きない。
これからもごはんは作るし、Twitterにもアップするし、より美味しいごはんを作るための努力もする。

ただ、このあたりで、ひとつ線を引こうと思う。

塩にこだわるわたし。
鰹節を削ろうとするわたし。
ナンプラーとニョクマムを常備するわたし。
スパイスの小瓶を並べるわたし。
主菜副菜汁物

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出汁をとらずにつくる味噌汁

味噌汁を作るとき、出汁をとらねばならないと思っていた。
ずっと思っていた。
鰹節で、さもなくば昆布か煮干しで出汁をとらないと味噌汁は成立しない、そんな風にずっと考えて生きていたのだ。
もちろん、顆粒だしを使う方法もあるが、それは自分で戒めていた。そんな楽はしてはならぬと、それはよき味噌汁ではないと、自分でハードルを上げていた。
結果的に、味噌汁はハードルの高い料理になってしまった。
出汁をとる必要

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プロフィールのようなもの

門脇篤史

1986年島根県生。高校までを島根県の山奥で過ごす。
島根県立矢上高校卒
同志社大学社会学部社会学科卒
未来短歌会所属
too late・西瓜同人

2013.9 短歌をつくりはじめる
2014.6 うたの日への投稿をはじめる
2015.9 短歌研究新人賞最終選考通
2015.11 未来短歌会入会
2016.9 短歌研究新人賞候補作
2017.1 2016年度未来賞受

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うたの日のことなど

うたの日にはじめて参加したのは2014年6月30日、サイトがオープンして91日目のことだ。
もちろん、私が記憶していたわけでも、記録していたわけでもない。うたの日のサイトで簡単に検索できるのだ。これはすごいことやと思う。
個人がこのサイトを運営していて、私たちはそれに乗っかって短歌を楽しんでいる。ありがたいことだなぁ。

うたの日がなければ、今ごろ短歌を続けていなかったかもしれない。ときどき、そん

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20190913-0919

9.13(金)
ばきばきに残業する。職場の先輩が新婚旅行に旅立ったので、受け持っていたイベントが私の所に来る。まあ、仕方がないやつや。
弟から電話があり、地元県に帰ると言う。弟、5歳離れているけど、ヤツの方が大人だなぁ。京都を離れるまでにまた飲もう。

9.14(土)
いくばくか仕事を。
『あしたの孵化』批評会で何を話すかを考える。これ、読みやすいが、論じようとすると手強いやつや…
ボロネーゼを作

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祇園祭のことなど

大学生の頃、祇園祭はとても身近なイベントだったように思います。
入っていた合唱サークルには祇園祭にみんなで行く、みたいなしきたりがあったし、働いていたラーメン屋は屋台が出始めると開店休業状態になって、仕方がないからオーナーがたこ焼きやら焼きそばを買ってきてみんなで食べたりしていたし。
そもそも、祇園祭が近づくと街にお囃子が流れるようになり、祭りが始まるとあからさまに人出が増えるので、否が応でも、祇

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七物語の好きな歌

解凍をした刻みネギは頼りなくこれくらいでいいから好きでいて
/小池佑「ねんいちのあいまいにちの」
確かに解凍したネギは頼りない。歯ざわりも風味も、フレッシュなネギに比すべくもありません。それでも私たちはネギを凍らせてしまう。たぶん、不完全でもいいからそこにいて欲しい、頼りなくても必要な時がある、そんな思いからネギを冷凍してしまうのでしょう。
掲出歌はそんなネギへの思いと、恋人への思いが下句で重なっ

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自選30首

2013年
いまはなき臨終図鑑の上巻を誰に貸したか思ひ出さない

2014年
五センチのエッフェル塔に指輪置きあなたのためにパスタを茹でる
どうやつて切り出すべきか悩みつつシーザーサラダの卵を崩す
曽祖父が五七五でつかまへし大正五年の春の蝶々

2015年
廊下にも夏は満ちきぬ隅にある消火器の中も夏なのだらう
はつなつのプールはあらむ唯一の空へ飛び込む方法として
世界から隔絶されたこの場所でジェッ

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ちょこんと触れる

地震が起きた時、車通勤の途上だった。携帯電話がけたたましく鳴る。揺れにはいまいちぴんと来なかったけど、なんかヤバそうだなぁ、と思う。
職場に着いて、ググってみると大阪で震度6弱となっていて、驚く。近いな、そう思っていると、職場のある市が震度5弱となっていて、そんなに揺れたんやと、より驚く。出社してきた同僚たちもざわざわしている。どうやら電車が止まっているようで、出社できない旨の連絡が増えはじめる。

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みずつき7の好きな歌

みずつき7から好きな歌を何首か引きます。

ひとゆびづつ剥がしてゐたるみづいろに揮発してゆくこころを思ふ
ふかぶかと谷折りされたわたくしをゆつくりお湯に戻してゐたり
/有村桔梗「海抜」
一首目、除光液でマニキュアを落としてゆく場面でしょうか。みづいろを落とす感覚がどんな感覚なのかは、やったことがないのでうまく理解できませんが、そこには1日を終えて揮発する様々な感情が乗っかっているのでしょう。二首目

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