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【書評】こんなんいかが?

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忘れた頃になんども読み返す愛すべき紙の束。カバーについた手指の脂、紙の匂いと手触り。それはともに過ごした時間の記憶。本はもはや生きもの。
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「装いせよ。我が魂よ」果敢にしてオトコマエな小川洋子と山田詠美。魂が美しくあるには、装いこそ必要。

「装いせよ。我が魂よ」果敢にしてオトコマエな小川洋子と山田詠美。魂が美しくあるには、装いこそ必要。

「文学は懐が深い。テーマにならないものはない」
 作家の小川洋子さんはそう言い切る。それでも自身、苦手な分野があるといいます。
 それが「性・官能」をモチーフとする分野。
 
 なるほど、上品なイメージがある彼女の作品。でもそれとは裏腹に、弟の肉体を密かに慕う姉だったり、妊娠した姉に殺意を抱く妹だったりと、書くテーマは禁断領域に軽々と踏み込んでいます。
 透明感をまとった穏やかな言葉遣いに身を任せ

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愛すべき懲りない神々を静かに描く。ルシア・ベルリンの優しくも気高い魂。

愛すべき懲りない神々を静かに描く。ルシア・ベルリンの優しくも気高い魂。

隣にいてただ一緒に眺めてくれればいいい

 「アメリカ文学の静かな巨人」リディア・デイヴィスが絶賛して知られるようになったのが、いわば市井の書き手のまま没した同じく短編作家のルシア・ベルリン。
 その作品群。
暗黒の底にいながら、到底届いていないはずの光の束をひとり静かに見つめている。
彼女のそんな凛とした姿が浮かんでくるようです。
 
 母の自死、三度の離婚、四人の子どものシング

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男なら死ねい。男なら幸せになろうなどと思うな。幸せになるのは女と子供だけでいい。暁!!男塾。

男なら死ねい。男なら幸せになろうなどと思うな。幸せになるのは女と子供だけでいい。暁!!男塾。

『暁!!男塾』最終回の一コマ。

 苛烈な修練の末、男塾の卒業を迎えた塾生に対し、江田島平八塾長が訓を垂れる場面。

 目を坐らせて、塾長があいさつに立つ。

———「皆いいツラがまえになりおった だがこれだけは肝に命じておけ」

 これ、最近の本によくある章ごとの「まとめ」というやつやな。もう一度言うからよく覚えておけと。

———「男なら 幸せになろうなどと思うな 幸せになるのは 女と子供だけ

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「知る」はサミシイ。「驚く」はいつもワクワク。だから「不思議をただ驚いていたいんだ」  国木田独歩。

「知る」はサミシイ。「驚く」はいつもワクワク。だから「不思議をただ驚いていたいんだ」 国木田独歩。

存在理由が欲しい人間

 人はどうしたってそこに「理由」がないとどうにも居心地が悪い。
理由って因果や目的、つまりストーリーといってもいい。
でも、悲しいことに、神さまって、たぶん、宇宙の創造物たるものすべてに、なんの存在理由=ストーリーも与えていないのかもと思う。
自分も宇宙も、ただ「在る」だけ。
 意味などない。
 しかしこれって、考えるほどになんだか怖くなってくる。

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ブンガクって逃避? それを聞き捨てならない人、それが当たり前の人。

ブンガクって逃避? それを聞き捨てならない人、それが当たり前の人。

人々の最後列で丹念に落とし物を拾っていく

 いつだったか作家の高橋源一郎さんが講演で、「文学は逃避だ」と、苦笑しつつあきらめ顔で叫んでいたのを聞いて、ぼくは哀しい気持ちが湧き起こりながらも、同時に「やっぱりな」という思いも抑えることができませんでした。
 もちろん、高橋さんはそこに積極的な意義を込めてはいるわけです。

 作家の小川洋子さんも、文学というのはかつて生きた人々の最後列にいて落としも

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川上未映子 「私は、ゴッホにゆうたりたい」をネイティブで朗ぜる幸せ。

川上未映子 「私は、ゴッホにゆうたりたい」をネイティブで朗ぜる幸せ。

 
 …これをネイティブで朗ぜることの幸せ。
川上未映子にめっちゃゆうたりたい。

川上未映子『そら頭はでかいです、世界がすこんと入ります』

/私はゴッホにゆうたりたい (講談社文庫)

異世界に行きつ戻りつして織り上げる。怪談ノンフィクション・ファンタジー。

異世界に行きつ戻りつして織り上げる。怪談ノンフィクション・ファンタジー。

■「もしもノンフィクション作家がお化けに出会ったら」工藤美代子/角川文庫

 工藤美代子さんは、吉田茂、笹川良一、昔のラフカディオ・ハーンなどを独特の視点で取り上げてきたノンフィクション作家。

 この方の書く文章ってほんと、ほれぼれして憧れてしまう。

 ストレートでリズミカル。
 あがいた後をみじんも見せない意気のよさ。
 読者に甘えるかのような行間のない整った調べは、数式のもつ美しさにも通じ

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自分の内面を掘り続けても、閉じたナルシズムが待っているだけ。その先に出口はない。

自分の内面を掘り続けても、閉じたナルシズムが待っているだけ。その先に出口はない。

 こちらの都合や欲望におかまいなしに、そこに「冷たく」ありながら、しかしこちらをじっと見つめている。
 この得体の知れないもの。
 それが「自然」という存在。

 対して「人間」はたかが得体が知れています。
 相手は、敵なのか味方なのか。
人は互いの得体についての関心は、どうしたってそこにしかないのですからね。

■「家守綺譚」(いえもりきたん) 梨木香歩/新潮文庫

 『家守綺譚』は、自

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川端康成「眠れる美女」  現実の隙間に生の指をこじいれていく荒々しさ。息苦しくもスリリングなエロスの淀み。

川端康成「眠れる美女」 現実の隙間に生の指をこじいれていく荒々しさ。息苦しくもスリリングなエロスの淀み。

もうこの世にない人がいいのです

なぜなら
誰をも裏切らないから
誰のものでもないから
決して手にすることはないから
ずっと美しいままだから

うつつのものでなければ
手に入れようともがくこともないし
成就のむなしさを予感することもないし
裏切って苦しめることもないし
知りたくないことを知って憎むこともありません

『眠れる美女』 川端康成/新潮文庫

うつつの切り裂き魔・カワバタが見せる地獄の所

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ブローティガン「西瓜糖の日々」 語る前に、書きたくなる。それは死者たちのつぶやきへの弔い。

ブローティガン「西瓜糖の日々」 語る前に、書きたくなる。それは死者たちのつぶやきへの弔い。

聴いて演りたくなった音楽。
食べて作りたくなった料理。
読んで書きたくなった文章…。

そして、そのように生きてみたくなった人。

そう行動したくなるもの。
目的、などという不純をもたらすものがないときに出会うもの。

それが自分にとっての本もの。

■「西瓜糖の日々」リチャード・ブローティガン/河出文庫

 すべてがつまるところ他意に埋まり手段に堕ちる「目的意識」なるものから離れたいとき、手にし

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内臓を次々と素手でつかみ出す『ジョゼと虎と魚たち』。田辺聖子の柔らかい剛腕、山田詠美のはだかのカミソリ。

内臓を次々と素手でつかみ出す『ジョゼと虎と魚たち』。田辺聖子の柔らかい剛腕、山田詠美のはだかのカミソリ。

自分を変えだすと孤独がはじまる。
さっきまで隣りにいたはずの人がいない。
よそよそしい視線が痛い。

寂しい思いもするが、それは自分が新しいステージに移った証拠。
だから、落ち着いてまわりを見回してみる。

そんな自分を、同じ気持ちで遠くからおずおずと見つめている目を見つけるだろう。

孤独は新しい出会いのはじまり。

『ジョゼと虎と魚たち』 田辺聖子/角川文庫

 八篇の短編集。解説は山田詠美。

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「生き心地の良い町」 自殺の最希少地域。そこは幸せでも不幸せでもない町だった。

「生き心地の良い町」 自殺の最希少地域。そこは幸せでも不幸せでもない町だった。

「生き心地の良い町 この自殺率の低さには理由がある」岡檀(おか・まゆみ)/講談社

 自殺希少地域 徳島県南部 海部町(現・海陽町)の調査の旅の記録

 秋田県が自殺率ワーストに返り咲いてしまいました。
 自殺率だけじゃない。
 死亡率自体がトップ。がん死亡率、脳血管疾患死亡率も軒並み1位。
 逆に、婚姻率や出生率は最下位。

 コンクリートジャングル。弱肉強食。隣人が誰かも知らない。そんなイメー

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小川洋子「言葉が存在しない場所で生まれるのが小説」。そこは言葉以前にあったはずの自分の居場所。

小川洋子「言葉が存在しない場所で生まれるのが小説」。そこは言葉以前にあったはずの自分の居場所。

(講演「小説の生まれる場所」の続き)

「言葉」はウソをつくために進化した

 小川洋子さんは小説づくりの取り組みの中で、「言葉」というものの限界に深い思いを寄せていました。
 真理に近づこうと言葉で格闘するとき、ますます真理から遠ざかってしまう。
 なぜこんなにも、言葉というのは使い勝手が悪いのか。
 
 その時、言葉の発生について語る進化生物学の岡ノ谷一夫教授のこんな考察に、小川さんは目を開か

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「片腕を一晩お貸ししてもいいわ」 川端文学のパワフル&誠実なるも危うい美。

「片腕を一晩お貸ししてもいいわ」 川端文学のパワフル&誠実なるも危うい美。

 小説の最初の一行というか冒頭っていうのは、いわば物語の顔。
 これが印象的だと、物語の世界に一瞬で入り込めます。
最も有名なのが川端康成の「雪国」だけど、これに限らず川端はとくに短編における冒頭がすこぶるパワフルなのです。
 たとえば、「片腕」の冒頭。

 ありえないことをありえない世界の中で描くと、ファンタジーが予定調和の域を出ない。
 そうではなく、このように不条理を強引にして繊細に

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