平野琢也

編集者

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記事一覧

懐かしい音楽

<懐かしい音楽> 音楽はすぐに消える 音の記憶も残らない なのに 何かに触れたという思いは残る 残った思いは音楽のように響き続ける 太鼓も人の声もラッパの音も 遠い…

平野琢也
8日前
2

声の配達

<声の配達> 治療して回る魂 人々に先駆けて傷つき触れ歩く人 声を受け止め運ぶ人 届いたとき初めて気づく、それを待っていたのだと 遠くで雨が降る 濡れていないが匂い…

平野琢也
8日前

焼け残り

<焼け残り> 全焼の火事跡にも郵便が届く 炭化した柱と折れ曲がった鉄骨の脇に 黄色い郵便受けが立った 焼けた家の名を小さく記し 足元を分厚い鉄板と煉瓦が支える 私は火…

平野琢也
3週間前

お喋りなヴァイオリン

<お喋りなヴァイオリン> 歌ってなんかいられない 喋らねば喋らねば この世は伝えたいことばかり 音符の多さうねりの強さは 心の動きそのままなのだ 喋らねば喋らねば 音…

平野琢也
3週間前
2

風の通り道

<風の通り道> 入り口はこちらという矢印に従い 細い通路で裏手に回る 青と白のペンキが剥げた小屋から パンを焼く匂いが流れていた    ブルーベリーの助けを借りて …

平野琢也
3週間前
2

かたすみに

<かたすみに> 土地がないので花壇に埋めました 小山を作って枯れ枝を立てました 雨が降っていました 傘はさしませんでした 勤め人がたくさん歩いていました 小山を作…

平野琢也
1か月前
1

遠すぎる

<遠すぎる> 遠すぎる そう言って痩せた若者が闇に走り込んだ 海まで遠すぎる 故郷まで遠すぎる 夢まで遠すぎる 明日まで遠すぎる 若者は酒を飲む 若者はメシを食う …

平野琢也
1か月前
1

こんな月夜に

<こんな月夜に> こんな月夜の山に明りを持ち込むのは誰だ 薄青い光が作る陰の中で 獲物を探すもの、眠りにつくもの 遠吠えするものが住まうところ 熱すぎる光は穢れと清…

平野琢也
1か月前
1

悪口

<悪口> 根腐れして骨の髄まで崩れている 傾いだ体を自ら立て直す気力はなく 惰性の風に吹かれて なんとかこのぬかるみが終わらぬかと虚しく願う この国の政治家の志の低…

平野琢也
2か月前

ミズダコ

<ミズダコ> 知床の冷たい海にすまうミズダコ 世界最大のタコは他人の巣穴に長い手を伸ばし 安全な空間を乗っ取るのだ 落ち着き場を得たメスは強いオスを待つ 先陣争いに…

平野琢也
2か月前
1

心がいっぱい

<心がいっぱい> 心がいっぱいになる 清冽な流れを見たとき 山稜を超える雲を見たとき あの人のことを思い出すとき 心がいっぱいになる 仕事の結果をさげすまれたとき 父…

平野琢也
4か月前
3

切り株

<切り株> 木を切り倒すのは快感ですか 大きな木ほど征服感は深いですか 最後に残った繊維が木の自重で切れて倒れるのはいい気味ですか 濡れた新鮮な切り株に乗れば 歓声…

平野琢也
4か月前
2

自己紹介

<自己紹介> 男です 夫です、父です、やがて誰かの祖先になります 空に挨拶、森に挨拶するように 私は降る雨と雷に自己紹介した 光や水は作りません でも水を飲んで明る…

平野琢也
6か月前
10

我が子よ

<我が子よ> 我が子よ、と呼びかけたことがない 気恥ずかしいうえにおこがましい 半人前の大人ではなく一人前の子供 そう呼んで接してきたが 我が子よと呼びかけたことは…

平野琢也
6か月前
2

帰りたい

<帰りたい> 帰りたい そう思うと同時にどこへという声がする 家族のもとへ、森のなかへ、あるいはゼロの世界へ ここではないどこか 私を包んでくれるどこか そこにいても…

平野琢也
6か月前
1

運ぶ

<運ぶ> 両手に生きた鶏を下げて運ぶ 頭にポリバケツを乗せて水を運ぶ 片手にサトウキビの稈を握って運ぶ 両手で今夜の薪を運ぶ トラックの荷台に20人の働き手を運ぶ 誰か…

平野琢也
8か月前

懐かしい音楽

<懐かしい音楽>
音楽はすぐに消える
音の記憶も残らない なのに
何かに触れたという思いは残る
残った思いは音楽のように響き続ける

太鼓も人の声もラッパの音も
遠い思い出のようによみがえり
私は思わず目をつぶる あるいは
風を見ようと窓を向く
音楽が連れてくる色や形や光景は
私の中にある懐かしいものばかり なのに
新しい風のように吹き抜けて
音楽は今日生まれたのだと告げている

声の配達

<声の配達>
治療して回る魂
人々に先駆けて傷つき触れ歩く人
声を受け止め運ぶ人
届いたとき初めて気づく、それを待っていたのだと

遠くで雨が降る
濡れていないが匂いで分かる
私はそのためにここにいる
動く声を配って歩く

焼け残り

<焼け残り>
全焼の火事跡にも郵便が届く
炭化した柱と折れ曲がった鉄骨の脇に
黄色い郵便受けが立った
焼けた家の名を小さく記し
足元を分厚い鉄板と煉瓦が支える
私は火に抗うと宣言するように

焼け跡に小さな青いテントが立った
4本の支柱と屋根だけで雨は凌げる
後片付けの時に休むのか
逃げ戻った猫たちのためか
テントを風が吹き抜ける
今日は手紙が届くだろうか

焼け跡を掘る
スコップで鶴嘴であるいは

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お喋りなヴァイオリン

<お喋りなヴァイオリン>
歌ってなんかいられない
喋らねば喋らねば
この世は伝えたいことばかり
音符の多さうねりの強さは
心の動きそのままなのだ

喋らねば喋らねば
音符は心に追い付かない
でも時には川辺でひと呼吸
羊飼いのマドリガーレ
ジプシー奇想曲
スペイン舞踊
あちこち転がっては戻ってくる
リズムよくテンポよく
国から国へ
時代も軽く飛び越えて
早く早く伝えたい
楽しい思い出
勇者の帰還

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風の通り道

<風の通り道>
入り口はこちらという矢印に従い
細い通路で裏手に回る
青と白のペンキが剥げた小屋から
パンを焼く匂いが流れていた

   ブルーベリーの助けを借りて
   風が運んでくる酵母を育てます
   培養した酵母をつないでパンを焼いています

風の通り道に立っているのはパン焼き小屋とパン職人
酵母に囲まれ技能をみがき
パンを介してみんなとつながる

   酵母がうまく育たないとき
   パ

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かたすみに

<かたすみに>
土地がないので花壇に埋めました
小山を作って枯れ枝を立てました

雨が降っていました
傘はさしませんでした
勤め人がたくさん歩いていました

小山を作った砂が少し崩れました

土地がないので花壇に埋めました
水をやり花が咲き人が行き来して
やがて土にかえるでしょうか
ひろって帰ったあの人の髪の毛

遠すぎる

<遠すぎる>
遠すぎる
そう言って痩せた若者が闇に走り込んだ

海まで遠すぎる
故郷まで遠すぎる
夢まで遠すぎる
明日まで遠すぎる

若者は酒を飲む
若者はメシを食う
味はなかった
若者はやせていった

遠すぎる
明日まで遠すぎる
遠すぎる
夢まで遠すぎる
あなたまで遠すぎる

若者は何度も同じ歌を歌って
闇を走り抜ける

こんな月夜に

<こんな月夜に>
こんな月夜の山に明りを持ち込むのは誰だ
薄青い光が作る陰の中で
獲物を探すもの、眠りにつくもの
遠吠えするものが住まうところ
熱すぎる光は穢れと清浄の区別をなくす
暗すぎると思うなら立ち去れ
あるいはそこで朝の光を待て
夜の光に生きるもの
朝の光に生きるもの
住まう世界も見える景色も異なる掟に生きるもの

熱すぎる光ですべてを照らし出そうとするものよ
闇をどこに持ち去ろというの

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悪口

<悪口>
根腐れして骨の髄まで崩れている
傾いだ体を自ら立て直す気力はなく
惰性の風に吹かれて
なんとかこのぬかるみが終わらぬかと虚しく願う
この国の政治家の志の低いこと
猿が生き延びようと子供をたたき殺す意志にも及ばぬ腑抜け面
私を選んだ者たちを笑え
奴らがこの政治風土を作ったのだと
高笑いする二世三世の勘違いども
血の濃さだけが自慢の厚顔無恥
世が動くのは私が動かすからだと札束の上で昼寝する

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ミズダコ

<ミズダコ>
知床の冷たい海にすまうミズダコ
世界最大のタコは他人の巣穴に長い手を伸ばし
安全な空間を乗っ取るのだ
落ち着き場を得たメスは強いオスを待つ
先陣争いに勝ったオスは長い腕をメスの巣穴にねじ込むのだ
腕の下には精子の詰まったカプセルが幾百
一時間もまさぐり合ってオスは去る
残ったメスは卵を産む
穴の天井に仏具の華鬘のように卵の房をぶら下げて
メスは口を鞴(ふいご)にして新鮮な水を吹き続け

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心がいっぱい

<心がいっぱい>
心がいっぱいになる
清冽な流れを見たとき
山稜を超える雲を見たとき
あの人のことを思い出すとき

心がいっぱいになる
仕事の結果をさげすまれたとき
父の手術が失敗だったと知ったとき
誰も声を掛けてくれなかったとき

心がいっぱいになる
赤ん坊が笑ったとき
自分の子供が友だちと一緒に走り去ったとき
入院した母の足の爪を切ったとき

切り株

<切り株>
木を切り倒すのは快感ですか
大きな木ほど征服感は深いですか
最後に残った繊維が木の自重で切れて倒れるのはいい気味ですか
濡れた新鮮な切り株に乗れば
歓声を上げたくなりますか
大きな唸りを上げるチェーンソーを使うとき
全能者になった気分ですか
道具を介して自然と向き合うとき
対等な対戦相手になった気分ですか

人が去った切り株の上に小さな虹が立つ
弔うように祈るように
小さな雲が湧いて地

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自己紹介

<自己紹介>
男です
夫です、父です、やがて誰かの祖先になります
空に挨拶、森に挨拶するように
私は降る雨と雷に自己紹介した

光や水は作りません
でも水を飲んで明るい部屋で本を読みます
種は作れません
でも耕して種を蒔き水をたっぷりやってます

電気も石油も作れません
でも祈ることはできます
挨拶することも
空に森に雨に雷に
新鮮な心と体で

我が子よ

<我が子よ>
我が子よ、と呼びかけたことがない
気恥ずかしいうえにおこがましい
半人前の大人ではなく一人前の子供
そう呼んで接してきたが
我が子よと呼びかけたことはなかった
自分の所有ではないのだが
他人のものでもない
つまずいた、うつむいた、悔し涙を流した
その度に駆け寄ったが
我が子よと呼びかけはしなかった

正面から向き合えなかったのかもしれない
向き合うことで自分の至らなさを晒すのが怖かっ

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帰りたい

<帰りたい>
帰りたい
そう思うと同時にどこへという声がする
家族のもとへ、森のなかへ、あるいはゼロの世界へ
ここではないどこか
私を包んでくれるどこか
そこにいてもいいと許してくれるどこか
誰もいないどこか
誰かがいてくれるどこか
私は遠い所からやってきたと思えるところ
もう先に行かなくてよいと思えるところ
時計がないところ

帰りたい
そう思うとき、私は何を見ているのだろう
鳥の声は聞こえず、

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運ぶ

<運ぶ>
両手に生きた鶏を下げて運ぶ
頭にポリバケツを乗せて水を運ぶ
片手にサトウキビの稈を握って運ぶ
両手で今夜の薪を運ぶ
トラックの荷台に20人の働き手を運ぶ
誰かに何かを届けるため
モノを運んで人と人を結ぶ

バスで飛行機で運ぶ
車で自転車で運ぶ
荷物は山盛り
こぼれ落ちないよう気を付けて

運ぶ
ロケットで探査機を
モーターボートで救急医療品を
ロバが引く荷車でキャベツと人参を

運ぶ

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