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140字小説

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さくっと読めるのでおやつにどうぞ。
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#創作

僕らの話

僕らの話

久々の再会は小さな液晶越し、それでも近くに感じて嬉しい。

『聞こえてる?』
『うん、聞こえる』

他愛ない話からこれまでの思い出を振り返って笑い合う中、不意に君が小さく鼻を啜る。
躊躇いがちに名前を呼ぶと顔を上げた君が平然と笑うから、僕も飲み込んだ。
もう少し話そう、今度はこれからの話を。

小さな手

小さな手

「夕やけ小やけで日がくれてー」

歌に合わせ揺れる手を離さないように握り直す。
まだまだ小さな手が燃ゆる空を指さした。

「ねえおばあちゃん、すごいまっか!」
「本当、怖いくらい」

すると繋いだ手を両手で包んで、

「大丈夫だよ、ぼくが守ってあげる」

いつの間に伸びたのか、と影を見ながら微笑んだ。

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言葉の行方様企画『黄昏時』ふたつめ。

もうすぐ沈む

もうすぐ沈む

ときめきなんて三年目には見当たらなくなったし倦怠期なんて呼べた時期は過ぎて、気付けば同じ家にいるだけの他人になっていた。
今に名前を付けるなら何が似合うだろう。

「黄昏時、かな」
「なんか言ったー?」

スマホゲームから目を離さずに聞き返す夫に声だけ笑って返す。

「ううん、何も」

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言葉の行方様企画『黄昏時』。

かけがえのない夏を

かけがえのない夏を

「夏の思い出作りにどう?」

彼女が差し出したのはコンビニの花火セットだった。

「もう夏終わるけど」
「だからやるの。ほら」

蝋燭に灯した火が風に吹かれ、二人の影が大きく揺らめく。

「別に来年でも」
「だめ」

いいのに、と言い終わる前に彼女が遮った。

「今年の夏は、今年にしか来ないんだよ」

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『夏』をテーマにお題を組み込む、言葉の行方様企画(twitte

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眠る山荘

眠る山荘

夏休みに初カレと旅行、なんて響きに浮かれたのがいけなかった。
山荘に連れてきてくれた彼の事はSNSのIDしか知らない。
だから今、何故彼に包丁を向けられているのかもわからない。
追い詰められた壁際で、目の前の彼は楽しげに包丁を振り翳した。

「笑って。君が1番綺麗だよ。今までここに来た誰よりも」

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『夏』をテーマにお題を組み込む、言葉の行方様企画。
お題は「君が1

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夏の終わりに始まる夏

夏の終わりに始まる夏

「寒くね?」
「昨日は暑いって騒いでたくせに」
「今年の夏は異常気象ですー」
「んなの毎年言ってますー」
「確かに」
「納得すんのかよ」

共に過ごす夏は三度目、海に来たのは初めてだ。
世に言う“俺達の夏”は昨日の試合で終わった。

「なぁ、夏ってこんなに静かだったっけ」
「さぁ」

遠くで鳶が鳴いていた。

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『夏』をテーマにお題を組み込む、言葉の行方様企画。

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天才はバカと紙一重

天才はバカと紙一重

「夏カゼはバカが引くんだよ。これは只の急性上気道炎」
「はいはい自称天才は黙ってて」
「まだ世に出てないだけだ」

心配して来てみればいつもの応酬、これだけ元気ならと立ち上がった時、

「帰っていいとは……」

か細い声と裾を引く手、続く静かな寝息、に溜息。

「こんな時くらい素直になれ、ばか」

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『夏』をテーマにお題を組み込む、言葉の行方様企画。
お題は「夏カゼ

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一緒に眠ろう

一緒に眠ろう

うっかり消してしまったため再掲(;´・ω・)

「最後のデートもここに来ようね」

約束から70年経った今日、僕は思い出の海にいた。
硝子瓶から出した白い粒子を皺だらけの掌に乗せて風を待つ。
さらさら、君だったものが宙を舞って砂に紛れて波に攫われていく。

「もう、最後だよ、君とここに来るのは」

子供達が僕を連れてくるまで、もう少し待ってて。

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『夏』をテーマに

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夏のせいにして

夏のせいにして

「別れたいんだ」
「は? 何、暑さでおかしくなったの?」
「そうなら、よかったんだけど」

その一言で見えてしまった。
ここ数日の違和感もTシャツの甘い残り香も、目を逸らしていたものが全部線になって“彼女”を象る。
私とは違う、夏が良く似合う人。

「ごめん」

なんだ、やっぱり暑さのせいじゃないか。

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『夏』をテーマにお題を組み込む、言葉の行方様企画。
お題は「

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青ささえ知らぬ青

青ささえ知らぬ青

プールの帰り道、女子から旅行土産と手紙を貰った、所を祖母に見られた。

「絶対お母さん達には言わないでね」「はいはい。ふふ、なんか青春っぽいね」
「セーシュンって何?」

祖母は少しの間黙って遠くを見つめてから「過ぎたらわかるよ」とだけ呟いた。
夕日に染まる祖母の顔は何故か寂しそうに見えた。

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『夏』をテーマにお題を組み込む、言葉の行方様企画。
お題は「なんか青春っ

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夏と一緒に終わればいい。

夏と一緒に終わればいい。

「蝉ってなんで鳴くのかな」
「は? 知るか馬鹿」

彼は口が悪い。
優しいけれどわかりづらい。
最近可愛い彼女が出来た。
彼女の話をするときだけ口調が少し和らぐ。

幼馴染であるお互いの事は大抵知っている。
だから、この秘密だけは絶対教えない。

「で。おまえはなんで泣いてんの」
「……知るかバカ」

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『夏』をテーマにお題を組み込む、言葉の行方様企画。
お題は「蝉っ

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星空のホエールテイル

星空のホエールテイル

「くじらがいる」

星空を眺めていたはずの彼女の言葉に訝しみながら空を見る。

「どこ?」
「あそこにしっぽ」

薄い雲が描く曲線を彼女の指がなぞる。確かに言われてみればそう見えなくもない。

「幸せになれるかな、一緒に」

その声があまりに小さくて、鯨を撫でる彼女の指を攫ってただ握りしめた。

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炭酸ソーダの雨様の土曜日の電球企画『鯨』♪

ホエールテイルは幸運の

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境界線の手前で今日も

境界線の手前で今日も

海岸線をなぞるように歩きながら考えていた。
たとえば一歩、境界線を踏み出したら僕達はどうなるのか。
1メートル先で揺れるその腕を掴んで振り向かせたら、君はどんな顔をするんだろう。
驚いて、怒ったふりをして笑って、それから?
その後が想像出来なくて、また今日も空を掴んだ右手を握りしめた。

ないものねだり

ないものねだり

健全で前向きで明るい彼は同じ顔を持ちながらあまりに遠い存在だった。
沢山の人に見上げられ愛される彼とは裏腹に、僕は人と目が合うことすら少ない。
僕から見えるのは、綺麗な月や星に目を奪われているか俯きながら歩いている姿だ。
僕は僕を見てほしかった。
何もない僕を。
僕は青空が嫌いだった。

冷静で思慮深く穏やかな彼は同じ顔を持ちながらあまりに遠い存在だった。
その傍らには月が寄り添って、沢山の星々が

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