- 運営しているクリエイター
記事一覧
幸せと孤独を腑に落ちる一言でまとめた小説に出逢った【マチネの終わり】
今、マチネの終わりという小説を読んでいる。一言で表すなら、「今まで見てきた恋愛を表現しているすべての本や映画、ドラマとは段違いに心に残るもの。」という感じだ。
小説を読むのはいつぶりだろうと振り返ってみると、きっと中学生以来なんじゃないかと思った。
私は自分でも嫌になるくらい現実主義者で、ノンフィクション以外にはあまり興味が湧いてこなかった性だった。読む本といえば、政治や経済、医療や栄養につい
24年間の人生で初めて『自分の生き方は間違ってないのかも知れない。』と思えた小説
『何かの間違いで、ハズレの人生にいる。』
と、今までの自分の人生に対して、「心の根底ではそう思っていたのかも知れない。」と割と最近になってから初めて認知した。
菅田将暉さんの「まちがいさがし」の曲の歌詞のように潜在的には(無意識的に)思っていたと思う。
今までの自分の行動は、『ハズレの人生だと思いたくないから、がむしゃらに正解っぽい人生を作ろう。』と行動していたんじゃないかと今の自分は思う。
”おもしろい”を哲学する ~自分をおもしろがれる人は強い~
(はじめに)
いつ何時でも自分をおもしろがれる人って強い新型コロナウイルスが蔓延する今のご時世でも、自分を保って生きていくためには一体どんなマインド(考え方)が最強なんだろうと考えていた。
ある日の夕方に、ふと流し目でテレビのニュースを観ていたとき、『あっ、この人がその問の答えかな。』と思われる人物を観た。
テレビには、普段は豚丼をフードトラックで販売している店主が映っていた。加えて、そのフー
何者であろうがなかろうが、自分は自分だ
「自分はなぜ生きるのか」という問いに、自分以外の他者はどう答えるだろう。
私は、以下のように考えているが、
「自分はなぜ生きるのか/自分であること(Be)」≠「自分は何者であるか(Do)」
「自分は何者であるか(Do)」という問いと「自分はなぜ生きるのか/自分であること(Be)」という問いが、イコールであると捉えられている場合が多いように感じる。
「自分はなぜ生きるのか」という問いこの問い