咲田涼人

仕事(大型トラックドライバー)の合間にスマホでポチポチと文章を綴っています。執筆のペー…

咲田涼人

仕事(大型トラックドライバー)の合間にスマホでポチポチと文章を綴っています。執筆のペースは極めて遅く、行き詰まると全く別の作品に手を付けたりします。まったり更新が大原則。過去に書いた作品も、加筆・修正して公開の予定。福井市在住。 著書『この空の彼方へ』2023年3月刊行。

最近の記事

赤い糸はスパイシーな香り 最終話

最終章 『departures』 「ほのか……だよね?」  雅也が懸命にリハビリをする様子を、大きなガラス越しに見ていると、そっと近づいて声を掛けてくる女性の姿があった。少し遠慮がちに、小さな声で。私が少し考える素振りで彼女のことを見つめると、 「私よ! 清美。田所清美」  そう言ってニッコリと微笑んだ。彼女は高校の時とは違って、オシャレなメガネを掛けて、サラサラの長い髪を纏った知的な女性に変貌していた。 「えっ、清美なの? どうしたのこんなところで」 「それはこっちのセリ

    • 赤い糸はスパイシーな香り 第18話

      「おはよう。よく眠れた?」  ベッドに横たわる雅也の顔を覗き込んで言うと、眠そうに目をこすって片方の目を薄っすらと開いてからもう一度閉じる。熱めのお湯で濡らして、固く絞ったホットタオルを雅也の顔に掛けると「うーん」と唸りながら両手で顔を押さえた。  いつものように顔からあご、そして首周りを拭くと、「ありがとう」と言ってようやく明るい世界へと戻ってくる。  ここからは二人の共同作業。雅也の脇の下に両手を差し込み体を引き起こす。そしてゆっくりと抱きかかえて車椅子へと座らせる。 「

      • 赤い糸はスパイシーな香り 第17話

        第5章 『赤い糸はスパイシーな香り』  久しぶりの実家  。  それぞれの家にはそれぞれの匂いがあって、ふと居心地の良い懐かしさに包まれる。天井まである下駄箱も、リビングまで続く廊下も、子どもの頃から慣れ親しんだ空間に、心が和らいでいく。  私はダイニングの椅子に座り、キッチンカウンターの向こうで慌ただしく動くママのことをぼんやりと眺めていた。やがてほのかにコーヒーの香りが立ち始め、キメ細かな泡で覆われたママ特製ウィンナ・コーヒーが私の前に運ばれてきた。 「はいどうぞ!」

        • 赤い糸はスパイシーな香り 第16話

           雅也が車椅子の生活になってから、私は仕事を調整して、介助にあてる時間を作るようにした。雅也は「自分でできるから大丈夫だ」って言ったけれど、『雅也が』ではなくて私がそうしたかったからだ。  私たちは住んでいたマンションを引き払い、雅也の実家へと引っ越した。あちこちリフォームして、バリアフリー化したのだ。  お仏壇こそないけれど、リビングには亡くなったお義母さんの写真を、フォトフレームに入れて飾っている。小さな一輪挿しに季節の草花を生けて、お菓子やお水をこまめに取り替えては、私

        赤い糸はスパイシーな香り 最終話

          赤い糸はスパイシーな香り 第15話

           病院に搬送されてから二週間、雅也はICUで過ごした。その間にも私にはやらなければいけないことがたくさんあり、これまでのように悲しんでばかりいることはなくなった。  私の職場はもちろん、雅也の職場とも今後のことについて話し合う時間が増えた。それに加えて、警察や保険会社との話もあった。一番大変なのは家のこと。これまでのようにマンションというわけにはいかない。エレベーターもなければ、エントランスにスロープもない。車椅子での生活となると、それまでは気付かなかったものが障害物となって

          赤い糸はスパイシーな香り 第15話

          赤い糸はスパイシーな香り 第14話

          第4章 『不安定な心』 「今日は早く帰って来れる?」 「そうだな。そんなに遅くはならないよ」  雅也はそう言ってジャケットを羽織ると、私の肩に手を置いてから「行ってきます」と言って頬にキスをしていった。私は背中越しに、「スパゲッティサラダ作って待ってるね! 行ってらっしゃい!」と、とびきりの笑顔で見送った。  結婚するまで知らなかったのだけれど、雅也はスパゲッティサラダが大好きで、たくさん作りすぎてもペロリと食べてくれる。しかも、スパゲッティサラダはパパの好物でもある。以前

          赤い糸はスパイシーな香り 第14話

          赤い糸はスパイシーな香り 第13話

           一年後   。  雅也のいない桜の季節を四度見送って、もうすぐ私は二十二回目の誕生日を迎える。「連休には戻る」と言った雅也の帰りが待ち遠しい。  美咲からは、「もう何年付き合ってんのさ」とか「永すぎた春とかならないんでしょうね」とか言われる始末。そんなジョークに私も「二十二才の別れってのもあるよ」なんて戯けてはみたけれど、内心は穏やかではない。結婚しようとは言ってくれたけれど、雅也は一向に戻ってくる気配すらない。  新しく入った女子社員に仕事を教えて、私は営業の仕事も兼ねる

          赤い糸はスパイシーな香り 第13話

          赤い糸はスパイシーな香り 第12話

          「こんにちは」  お店の戸を開けて、雅也のお父さんに言った。 「おかえり、ほのかちゃん」  お父さんはニッコリと微笑みながら答えてくれる。雅也がたくさんの荷物を抱えて入ってくると、 「おう、ご苦労さん! ハンコいるんだろ?」  と、戯けてみせた。私はそんなお父さんと雅也の姿を見ていて、泉川家の人たちはみんないい人ばかりだと思った。ここにお母さんがいたらと思うと、目の奥に熱いものを感じて、瞼を閉じた瞬間、目尻から一筋の涙がこぼれ落ちた。  私は中指の先で涙をすくったあとで、「お

          赤い糸はスパイシーな香り 第12話

          赤い糸はスパイシーな香り 第11話

           無色透明なお湯を、掌で何度となくすくっては腕や肩へと掛ける。スベスベになった肌に思わず笑みがこぼれる。少し熱めのお湯でほどよく温まった私の肌はほのかに紅く染まり、大きな窓の外に見える夕陽と競っているようだった。  浴衣に袖を通して帯を締めると、素肌に触れる浴衣の肌触りが心地良い。うなじを伝う汗を手ぬぐいで拭いながら浴場を出ると、雅也がベンチに腰掛けてスマホの画面を眺めていた。 「ごめん、待たせちゃったね」  私の声に気付いて顔を上げると、 「あ、いや、ついさっき出てきたとこ

          赤い糸はスパイシーな香り 第11話

          赤い糸はスパイシーな香り 第10話

          第3章 『つながりあう心』  雅也のお母さんの三回忌が終わり、社会人らしい落ち着きを見せるようになった雅也が、 「久しぶりに東京から戻ったんだし、デートしようよ」  と言ってきた。会うのは三ヵ月振りだったし、私もずっと会いたいと思っていたからもちろん断ることはしない。雅也の帰郷に合わせて三連休も取ってある。高校時代には時間もそうだし、それこそお金にも余裕がなくて、制約の多い中での恋愛だった。社会人になって、そういった制約から開放されて、ようやく人並みの恋愛ができると思ってい

          赤い糸はスパイシーな香り 第10話

          赤い糸はスパイシーな香り 第9話

           お葬式が終わって、少しずつ気持ちにも余裕が出てきた。私は、あの日雅也のそばにいてあげてよかったと思った。お爺ちゃんやお婆ちゃん、それからお父さんもずいぶんと疲れている様子だったし、何より雅也の落ち込みようは普通じゃなかったから。雅也は、どんなに辛くても自分を殺めるような人ではないのだけれど、お父さんと二人になったあの家のことの方が心配というか、気に掛かった。 『どう? 少しは落ち着いた?』  私は雅也にメッセージを入れた。すぐに返事が帰ってくることはなく、私自身もそれを期待

          赤い糸はスパイシーな香り 第9話

          赤い糸はスパイシーな香り 第8話

           夏休みが終わり、いつもの電車に揺られながら美咲と学校へ行く日常が始まった。いつもと違うのは、進路のことが話題の中心になったことくらい。 「ほのかは進路決めた?」  美咲はポニーテールに結った髪を触りながら訊いてきた。もちろん就職はするけれど、まだ何にも決めてはいない。 「ほら、うちのクラスのヨッシーだけど、初めて三年生を受け持つらしいのよ。だから就職とかの要領もわからないんじゃないかな。まだ何にもそんな話しないよ」 「マジなの? うちの担任は五月頃から言ってたわよ」  私は

          赤い糸はスパイシーな香り 第8話

          赤い糸はスパイシーな香り 第7話

           ホームルーム   。  雅也と夏休みはどうするのかなどと話していると、担任のヨッシーが大量のプリントを抱えて教室に入ってきた。白いTシャツに赤い色のジャージ。いつもと変わらない出で立ちだ。ヨッシーは何種類かあるプリントを、それぞれ数枚ずつにわけて最前列の生徒に渡す。生徒たちは当たり前のように後ろの生徒へと回す。すべての生徒に行き渡ったのを確認してからヨッシーは話し出した。 「夏休みに入る前に三者面談があるから、希望の日時を書いて提出するように」  保護者会とか、今回のような

          赤い糸はスパイシーな香り 第7話

          赤い糸はスパイシーな香り 第6話

           美咲と二人で電車に揺られながらスマホの画面を睨んでいると、 「ところでほのか、最近彼とはどうなのよ?」  美咲が興味津々といった具合に訊いてくる。 「どうって、普通だよ普通。特に変わったことは何もないわ」 「キスくらいはしたんでしょ?」  私は雅也の部屋で起こった事実を思い出していた。一度目は事故みたいなもの。でも二度目は私が欲しがったキス。私って大胆だなぁと思い返すと途端に恥ずかしくなって、顔が火照ってくるのがわかった。 「う、うん……。でもそれだけだよ」 「それだけ? 

          赤い糸はスパイシーな香り 第6話

          赤い糸はスパイシーな香り 第5話

           水曜日は弓道部の練習は自由参加らしい。活動拠点の市営弓道場が、ローテーションの谷間で使えないのだそうだ。 「今日は部活出るの?」  私には出ないという確信があったから、少しニヤニヤしながら訊いた。  雅也はどちらかというとヤンチャな感じだけれど、私には最近の雅也がヤンチャを着飾っているように思える。シャイな感じと言った方がしっくりくるかな。もう少しグイグイきてくれるといいんだけど……。 「どうして? どこか行きたいところとかあるの?」 「そうじゃないけど、どうするのかなぁと

          赤い糸はスパイシーな香り 第5話

          赤い糸はスパイシーな香り 第4話

          第2章 『忍び寄る運命』  夕飯を終えてリビングで寛いでいると、パパが煙草をふかしながら、 「ほのか、今度の土曜日はなにか予定あるのか?」  と訊いてきた。(面倒くさいなあ)と私が聞こえないフリをしていると、もう一度同じことを訊いてきた。さすがに二度もスルーするのはパパもかわいそうだと思って、 「特に予定はないけど、何?」  と、テレビを見ながら答える。 「約束してた携帯買いに行くか?」  約束は守るパパだけど、まさか本当に携帯を買ってくれるなんて思ってもいなかったから、嬉

          赤い糸はスパイシーな香り 第4話