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わいの転職失敗記が100スキを超えた件

僕の不幸はみんなの蜜の味ぃぃ!!

この記事のことです。

マリファナを静脈注射でもしたんかみたいなキマり具合を見せたメンヘラ日記に100人以上がスキするとか、もう日本終わったぜ(白目)

あ!yazuだ!あれが話題の中年無職鬱男性ですよ~。

みんなのスキで生かされてます…すんません、生きてて申し訳ない。これは本当に毎日思ってます!

笑ってやってください。うん、全然OK。僕はみんなのサンドバック。間違いなく僕は世の中のド底辺です。穢多・非人とはコイツのことだ。みんなの不満は僕が受け止めます。

いいですか。世界中のクソを煮詰めて凝縮した僕は何も今すぐ出来上がったものではありません。このためにあらゆるクズを積んできました。

底辺鬱人間、一日にして成らず。

あり得ないと思いますが、もし学生の方がこんな下らないnoteを読んでるぐらいなら、トルストイとドストエフスキーを読んでもらいたい。このnote、人生において1mmたりとも足しにもなりません。よっぽど道端に捨てられたキッタねえ軍手のほうが役に立ちます。

全然いいです。僕の不幸で皆が笑顔になるなら、僕はピエロを演じたい。みんなのためにネットの片隅で無残に食い尽くされた一人のnoterとして意地を見せてやりたいんです。



面接官は僕を助けてくれたんだと思う事にした

冗談はさておき、皆様に感謝です。

僕の日記に100スキとかくださるというのは望外の喜びでございます。これからも良いnoteを書いて、1000スキとかもらえるスーパーnoterになりたいです。

回転ずしでペロペロするか、ピザ屋でアレコレしちゃうか(炎上)

僕のnoteで100スキを超えるのは初めての出来事です。実のところ何がウケたのかは全然わかんないんですけど、皆さんの日々の出来事に一つの色どりを添えられたのであれば本望です(ねーよ)

しかし、アレですね?

僕、全然幸せじゃないですね。

これ、最終面接受かってからの、突然の追加面接が用意されてーの、そっから落とされるみじめな人間の話です。何が楽しいっちゅーねん。全然面白くないわ。

ああ、そうだ。この件、続きがありまして!

実は先日僕を無残に蹴落とした企業からトドメを刺すような文面が来ました。ぜひご覧ください。

「この仕事はユーザや企業からのダイレクトな意見を承る仕事であり、yazuさんのような心の病気を患ったご経験がある方には難しい側面がありまして~略~」

あー、よかった!落ちてよかった!

なんだよ、コールセンターの仕事かそれ?求人票にはそんな内容一切書いてなかったんだけど、もしそうなのであれば面接官の仰る通りです。僕にはそんな仕事は務まりません。

こんな僕でも少しだけポジティブになれました。

きっとこの人事の方は僕が憎くて落としたんじゃない。僕という性格を正しく把握してくれたからこその愛の鞭です。ぶひー!(混乱)



こんな人生でもまだ最後の一線は踏みとどまってる

こうして僕は最初に戻りました。人生ゲームで言えば、今生まれたオンギャーの状況です。いや、オンギャーの時代からうつ病を患っているとかいうハンデ持ちです。

生きるのが大変だなぁと常々思ってます。

他人と比べて何かに秀でてるわけでもないし、むしろハンデあるし、無職だし。

でもまあ、僕みたいな人って他にもいるんだなあと様々なnoteを見ていると感じます。自分が他人とは何か劣ってるものがあって、それが自分にとって致命的と感じていて、劣等感を常々感じていてみたいな。

僕のウンコみたいな人生でも岐路みたいなのは何度かありまして、ことごとく失敗の選択をしています。古くは高校大学受験、地獄のような浪人時代、その背後にある家庭内不和、そして昨今の転職退職無職のスリーコンボ。

それでも最後の最後は踏みとどまってると最近思うようになりました。

今日親を殺害してしまった高校生が逮捕されたなんていうニュースが流れていました。別にこの高校生をかばうわけじゃないですが、この高校生と僕の違いなんてものは「一線を超えたか超えなかったか」だけです。でも実際、僕はその一線を超えなかった。

あとは、二年前の僕はいかにして死んでやろうかとグルグル頭の中を駆け巡ってました。それでもやっぱ死ぬのは怖いなぁという弱気な気持ちから一線を超えることはありませんでした。

こうして「選択しなかった僕がまあまあ最後の一線で留まってる」ことは結果的に崖の手前で足を踏ん張ってる状況におさまってます。

生きていて何が楽しいんじゃと思う事は多々ありますし、生きることにそこまで意味を感じない僕が、じゃあなんでそこまでして仕事をしなきゃいけないんだと思う事も日々常々です。

「死んじゃえばいいじゃん!」と思う事なんて毎日ですよ、本当。死んだら悩まなくなるしいいよなーって別の誰かがいつもささやいてます。

それはそうかもしれないです。けどそのためには一線を超えないといけない。僕はその勇気がないだけなんです。その勇気がないからこそ、一線を超えずにすんでるのは結果としていいことなんじゃないかと思うわけです。

一線を超えないことで、悲しむ人がとりあえず生み出されない。いや、そらね、僕が死んで悲しむ人がいるかどうかはさておきとしてですよ。ほら、葬式するだけでも面倒でしょ(笑)

とりあえず人として体を成してるだけで、世の中の指標とは違ってクッソ低いかもしれないけど、まだやってけてるんじゃねと考えるようにしてます。

こうして逃げ回った人生でもなんとか人として成り立ってる事実は、結果論ではあったとしてもまだまだ何とかなるんじゃないかなーという根拠のない光がどっかにあるような気がしてます。

危ういバランスに立ってることは重々承知です。

誰かを励ますようなnoteを書くことはできません。最初に言った通り僕はピエロみたいな人間です。ひとつひとつ詰まんないことしか出来ない男です。すぐに落ち込んでぐずってふて寝する子供みたいな中年無職男性です。

でもまあ、それでもみんなから同情もありつつも励まされながら生きていく人生は、別に不幸でもないなーって思うようになりました。

スキしてくれた皆様、改めてありがとうございます。もしよろしければこれからもよろしくお願いします。

フォロー、スキ、待ってます!(一番大事)


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