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【頂を目指した戦士】『魂のプレーでDNAを受け継ぐ者』~木村太哉~

ピッチに立てば、常に全力でプレーする。攻撃も守備も、がむしゃらに戦う。すべての力を振り絞る。心にあるのは、勝利に貢献したいという思い。ファジアーノ岡山のDNAを受け継ぐのは、木村太哉なのかもしれない。プレーを超えた期待が、大きく膨らんだシーズンだった。

電光掲示板に背番号19が映し出され、木村がピッチに足を踏み入れるとき、シティライトスタジアムの声援が大きくなる。タイスコア、もしくは、ビハインド時に投入されると、木村は一心不乱にドリブルを仕掛ける。対面の相手を抜くことだけを、ゴールに向かうことだけを考える。相手にユニフォームを引っ張られようが、足をかけられようが、腕を掴まれようが、関係ない。なりふり構わずに突破していく。

サッカーは相手がいる相対的なスポーツで、自分が最高のプレーをしても、それが相手を上回らないと勝れない。しかし、木村のプレーを見ると、そんなことを忘れてしまう。

「キムタカなら、絶対に突破してくれる」。

彼がタッチライン沿いでボールを持つ度に、木村の期待で心が満たされる。それくらい木村が醸し出す勝気な雰囲気は周囲を引き込む。

決して華麗なフェイントで抜き去るタイプではない。短距離走者のような爆発的なスピードがあるわけでもない。それでも相手を抜き去る。チーム随一の突破力を支えているのは、気持ちの強さだと思う。地面に倒れそうになっても踏ん張る。体を相手の前に割り込んで、グイっと前に出る。「何としても局面を打開するんだ」。泥臭く、力強い姿は見る者を魅了する。

プロ3年目も、キレキレだった。俊敏性を生かしたドリブル突破は、プレシーズンから冴えわたっていた。細かなステップを踏み、体を大きく揺さぶって、相手の逆を突く。相手DFが「取れる!」と思って足を出してきたら、逆を突いて入れ替わる。後出しジャンケンの要領で、突破していく。

左サイドでは佐野航大(今夏にNECナイメヘンに移籍)、ハン・イグォンとポジションを争っていた。しかし、あまりにも木村が好調だったから、彼のドリブル突破がチームの武器になっていたから、佐野と併用しながら木村の突破力を生かすために右サイドでもプレーする。パワフルな縦突破を何度も見せた。J1鹿島アントラーズとの練習試合ではアシストも残した。その凄まじさと存在感は「戦術キムタカ」という言葉が浮かんでくるほどだった。

開幕を迎えると、左サイドは佐野が、右サイドは河野が先発した。木村は途中出場で流れを変えるジョーカーの役割を任される。

サッカー選手は誰しもスタートから試合に出たい思いを抱いているだろう。アンセムが流れる中、観客が待つスタジアムに胸を張って入場する。自分に対する期待が込められた歓声を聞きながら、キックオフのホイッスルを聞きたい。当然、先発出場は途中出場よりもプレー時間が長い。さらに試合のテンポの波と同時に、自らのリズムを掴める。慣らし運転ができる。

ただ、途中出場だと、そうはいかない。試合終盤は展開が目まぐるしく動く。これまでに溜まった頭と体の疲労が影響し、両チームのゴール前を行ったり来たりするオープンな展開になることが少なくない。結末までの時間は、限られている。すぐに試合のテンションにアジャストしないといけない。その日のボールフィーリングを捉えないといけない。短い時間で結果を残すことが求められる。言葉にすると簡単に聞こえるが、非常に難しい任務だ。それでも木村はチームの勝利に貢献したいという強い気持ちで自らの魂に火を付け、エンジンを急速に高速回転させる。今季もエネルギッシュなプレーで任務を遂行してみせた。

後半途中からサイドに入ると、強引に前に出た。抜き去るというよりも、前方のスペースにボールと一緒に割り込んだ。GATE 10の目の前で繰り広げられる、命を燃やした前進。攻撃のギアが上がり、声援の熱も高まった。強烈なシュートでネットを揺らしたり、クロスでゴールをお膳立てしたり、数字に残る直接的な得点関与は、彼の突破からは生まれなかった。しかし、木村の推進力は脳裏に焼き付いている。彼の強行突破はファウルでしか止められない。FKやCKを獲得し、チャンスを広げた。

気持ちを前面に押し出して戦う木村は、今季、ケガに苦しむシーズンを過ごした。5月2日、右足関節内果疲労骨折。右足の内くるぶしにメスを入れた。全治3カ月だった。トレードマークになりつつあるO脚と、肉弾戦をいとわない激しすぎるプレースタイルの影響で、負荷が蓄積されていったのだろう。くるぶしが悲鳴を上げていた。

それでも復帰すると、迫力満点のプレーを見せた

第33節・アウェイいわき戦では、ボールと勝利への強い執着心が実を結ぶ。88分、CK。田部井涼が蹴ったボールは、相手GKにパンチングされる。高橋諒がPA手前で拾ってミドルシュート。これも相手DFに弾かれる。ボールが高く上がった。柳育崇が相手2選手と競り合った。ボールがPA内にこぼれる。全ての視線を集める球体がバウンドした次の瞬間、木村がいち早く反応した。相手よりも先に動き、ボールを触る。倒された。足を蹴られた。PKだ。勝利を大きく手繰り寄せるチャンス。これをステファン・ムークが沈め、アディショナルタイムの6分を全員で守った後、歓喜に沸いた。

劇的な幕切れの演出家には、試合終了後、もう一つの仕事が残されていた。アウェイ席の前で選手が整列し、サポーターのコールが始まると、背番号19が列の前に出る。リズムに合わせて、キレのある動きを見せる。喜びの舞いで、サポーターと分かち合う嬉しさをより大きなものにした。得点を決めた選手がチームメイトに背中を押されて、思い思いのダンスを踊る。恥じらいながらも感情を目一杯に表現する選手の姿は、愛くるしかった。しかし、勝利後の時間は、もはや木村の独壇場だ。キレのあるダンスは動き自体が面白く、バラエティーに富んでいる。SNSで流行している最新のダンスを披露したかと思えば、「変なおじさん」など老若男女問わず親しまれてきた踊りも取り入れる。決してサポーターを置いていかない。ブレイキングダンスやファジ丸とのダンスバトルをする試合もあった。勝利した試合後に待っている木村のもう一つの任務は、Cスタ、いや、ファジアーノの名物となった。

今季は勝ちきれない試合が続き、不本意な形で引き分けを積み重ねる時期があった。そのとき、木村はチームの勝利に貢献する思いをもってプレーすることの必要性を説いていた。自分が結果を残すため、成長するためという目的も、サッカー選手ならもっていて当たり前だ。だが、それだけでなく、所属するチームのために戦う。どれだけ走れるか。体を張れるか。身を粉にできるか。たとえ負けていても、最後まであきらめずに走る。タイムアップの笛が鳴るまで、全身全霊でプレーする。もっている力を振り絞る。全てはチームの勝利のために。応援してくれるファン、サポーターのために。月日と共に受け継がれてきたファジアーノ岡山のDNAを大切にする姿勢がピッチ内のプレーだけでなく、ピッチ外での振る舞いからも、ひしひしと伝わってきた。

木村は第42節・アウェイ金沢戦で約8カ月ぶりに先発すると、エンジン全開だった。ボールをもつ度に、相手DFに向かってドリブルを仕掛ける。左サイドの突破を図った。右足インサイドでボールをタッチしながら相手の重心を見て、逆を突く。縦突破からのクロス、カットインからのシュートでゴールに迫った。彼の辞書には、ペース配分という言葉は存在しない。そう感じるほど、全力プレーの連続だった。90分間プレーすることを考えていない、力を出し尽くす。案の定、67分に末吉塁とバトンタッチした。与えられた時間の中で、全力を尽くす。もっと木村のプレーが見たかった思いもあったが、納得の交代だった。ガソリンが残っていないくらい、フルスロットルだったのだから。

試合は1-1で終了。試合後、ダンスステージは開催されなかった。しかし、木村の魂のプレーには訴えかけるものがあった。ひたむきな姿勢を貫く。チームの勝利のために全てを捧げてプレーする。少なくとも、僕にはそう感じた。チームの勝利のために、サポーターを喜ばせるために、無我夢中になる。それをプレーで表現する。

今季の閉幕後、長年チームに在籍してきた選手の契約満了が発表された。血の入れ替えが予想される中、これまでに関わってきた人たちがつないできたものは継承しなければならない。

12月13日、木村の契約更新が発表された。来季で4年目となる在籍歴は、チームで長い方にあたる。4年目のチームのことさえ知る選手が少なくなったのだから、クラブがこれまで大切にしてきた哲学やDNAをもっている選手も多くない。当然だ。それでも、ファジアーノのエンブレムを背負って戦ってきた3年間で、先輩たちから確かなものを受け継いでいる。J1昇格にリトライする2024シーズンは、ファジアーノらしさを継承する木村がそれを体現し、チームに伝播させて力強いチームを作っていく。


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