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混迷の時代、僕たちは映画に「希望」を託した

【『グリーンブック』/ピーター・ファレリー監督】

「多様性」が尊ばれる時代。

黒人ジャズピアニストとイタリア系白人運転手の心の交流を描いた『グリーンブック』は、本年度アカデミー賞において、見事に作品賞を受賞した。

しかしもちろん、今回のノミネート作品の中で、差別や偏見をテーマとした映画は、今作だけではなかった。

たとえば、"漆黒のヒーロー"の活躍を描いた『ブラックパンサー』は、今振り返っても、やはり果てしなく痛快な作品だった。

まだまだ他にもある。

黒人刑事による白人至上主義団体「KKK」への"潜入捜査"を描いた『ブラック・クランズマン』。

自分と同じように悩み葛藤する「名もなき者たち」へ音楽を届けるために、全身全霊でステージに立ち続けたフレディ・マーキュリー、彼の魂の震えを伝えた『ボヘミアン・ラプソディ』。

そして、今年の作品賞最有力候補とされていた『ROMA/ローマ』。最先端の手法で「過去」を切り取ることで、そこから現代に通じる強烈なメッセージを色鮮やかに浮かび上げてみせた、まさに問答無用の傑作であったように思う。

それでも、今回オスカーに輝いたのは、極めてオーソドックスな佇まいの『グリーンブック』だった。

この結果に驚いた映画ファンは多かっただろう。

たしかに今作は、鮮烈な時代性や革新性を帯びた作品ではないかもしれない。それに加えて、Netflixオリジナル作品の『ROMA/ローマ』が受賞を逃したことに対して、「保守的な選択」であるという批判も起きた。

様々な意見や映画業界の事情があるとはいえ、しかし僕は、この作品を観て、今回の結果について深く納得させられてしまった。

「多様性」の時代においても、今作が秘める「普遍性」の力は健在だ。

身も蓋もないことを言ってしまえば、とにかく笑えて、とにかく泣けて、最後には温かい気持ちになって劇場を出られれば、それでいいのだ。

『グリーンブック』は、そうしたいくつかの「名作映画」の条件を非常に高いレベルでクリアしている。エンターテイメントとしての映画の正義は、まさにここにある。

これから先、何年、何十年が経とうとしても、この映画は、今と同じようにたくさんの人から求められ、そして、同じように輝き続けていくだろう。

そしてもちろん今作は、普遍的な魅力を放ちながらも、しっかりと現代を生きる僕たちに、新鮮な気付きを与えてくれる。

なぜ、黒人ジャズピアニストのドクター・シャーリーは、黒人差別が特に色濃く残るアメリカ南部でのコンサートツアーを計画したのだろうか。

その「答え」に心を動かされた人は、きっと少なくないと思う。

もし、彼の勇気ある決断がなかったら、今、僕たちが目指そうとしている「多様性」というテーマは、もっと現実離れしたものになっていたかもしれない。

もちろん、その決断は、単なる美談に容易く回収されてしまうような生半可なものではなかった。

未知なるフロンティアへ足を踏み出すことが、いかに危険で、タフで、想像を絶するほどの困難を伴うものであったか。その葛藤と忍耐は、今作の中で残酷すぎるほど丁寧に描かれている。

(1962年当時、既に公民権運動が大きなムーブメントになっていたとはいえ、キング牧師の非暴力闘争が国政を動かし、ついに公民権法が成立したのは、その2年後、1964年のことだった。)

そして今作は、この世界が「白人」「黒人」で二分できるほど単純なものではないことを、改めて気付かせてくれた。

「差別」と「逆差別」は表裏一体であり、だからこそ、今日もどこかで、人知れずに思い悩み苦しむ人がいる。

ドクター・シャーリーが初めてありのままの心情を吐露する雨のシーンは、「人の数と同じだけの『孤独』の形がある」ということを痛切に伝えていて、だからこそ僕は強く胸を打たれた。

本当に「差別」がない世界には、きっと「差別」という言葉は存在しないと思う。

今、僕たちが真に目指しているのは、そんな世界だ。

しかし残念なことに、この世界にはまだ、あらゆる個性や差異を許容する余裕はない。だからこそ、その世界の実現には、まだまだ時間がかかるのかもしれない。

それでも、『グリーンブック』が正しく称えられ、広く受け入れられていく世界に、僕は希望はあると思う。

ただただ「シンプル」で「上質」なロード・ムービーである今作が、これから世界中の人たちを元気づけていくことを思うと、とても心温まる気持ちになる。


※本記事は、2019年3月16日に「tsuyopongram」に掲載された記事を転載したものです。

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