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無題

人になりたい獣がいた

二本の足で立ってみたい
己の視界を広げてみたい
火の、何もかもを焼き尽くす恐ろしさだけではなく、
身体にも、食物にも、命の熱を宿す温かさ
恐怖に満ちた夜の闇を切り裂く
光の素晴らしさを知りたい
手を使って、なにかを成してみたい
友人と手を繋いでみたい
連れ添う番と、触れ合ってみたい
自分の子を抱き上げて、頭を撫でてやりたい
時には、自身のもたげる頭の重さに、発達した脳をもつ

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8月6日と8月9日

8月6日と8月9日

人が死後の概念として作り出した地獄には、まだ自身の罪を贖い精算すれば許され開放される余地がある
しかし人が人の手で造り出したこの「地獄」は何もわからないうちに光に包まれ文字通り消えた人がおり、焼け爛れた人がおり、破片が身体中に突き刺さった人がおり、瓦礫に押し潰された人がおり、皮膚や臓器が腐り落ち、血や臓器の一部を吐き出した人がおり、苦しみ抜いて息絶えた人がおり、ケロイドや様々な後遺症やPTSDや精

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Child Kingdom -Cheap Toy BOX-

Child Kingdom -Cheap Toy BOX-

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紙上の赤インキに過ぎないものに怯えていたあの頃、

身のうちに宿った神聖で無垢そのものの力で、木製の洗濯バサミを鰐にすることも可能だったあの頃、

やはり自分以外は硝子の眼玉ではなかったのだろうか。

その王国では、恒星の皇子様の居住地にもある素直な感情のニキビ噴出が認められ、

大勢の子羊達をただ、無粋な羊飼いの錆びた鋏で丸刈りにして、外界

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少年の抽斗

少年の抽斗

氷の魔物を手懐け、無下に手折られた一角獣の角のような、脆い構造を体現したカイロウドウケツの標本
海胆の化石
鬼胡桃を模した鉄の文鎮
硝子筒に入った仙人穀の実
プレパラートに磔にされた蚤の標本
焦げ目のあるサテン・バレェ・シューズ
細々とした茜の黒紫の実と
藁細工の細長い巻き貝

そんなものに混じってそれはあった
薔薇の青い枝を、久遠の時と共に閉じ込めた氷柱。
他人が見れば、乾燥させた枝を、樹脂で包

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スコラ沸石学教授による形而上的イデア鋳型の存在証明のレポートまたは、嗜眠症者の為の甘美な夢見のエスキィス

スコラ沸石学教授による形而上的イデア鋳型の存在証明のレポートまたは、嗜眠症者の為の甘美な夢見のエスキィス

「鳥(からす)は鳥(からす)に、
薔薇は薔薇にかえれ
運命の女神の欠けた薬指から、
黄昏色の宝玉を留めた指環が、
水平線に堕ちるまで
鉛漬けの小禽(ことり)の嚥下と
水銀嬰児(あかご)の瞬きが済む時間、
​黄金比宮の糖蜜を飲み込む猫が
月の眉間に居座る瞬間(とき)、
線上二面性キューブ界において、
ショウウィンドウに飾られた霜製の蕾は
剃刀の刃により割礼される​───────
あくまで内圧は高く、

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殯の宮(もがりのみや)

殯の宮(もがりのみや)

黄土焼きのべんがらを塗りつけた、艷めく朱色の四柱に囲まれた寝台。
その寝台に、八重咲きの玫瑰が朝露の泪を堪える様で、丁重に寝かされているのは、姥太母。
姥太母は、大きく黒い体の、売り払えば農場主の懐を豊かにさせるほど丸々とした子を何匹も産んで、その一つ一つに同じぶん愛情を振り撒き、満福の腹を抱えて、優雅に午睡を貪る気高い母豚の眠りの底に居た。
姥太母の意識は起きていたけれども、どうしても瞼が言うこ

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卵顔の女

卵顔の女

卵顔の女を知っているか、いやいや、そうじゃないお前の生活圏三km以内の、鼠の縄張りよりも狭苦しい、ごく限られた世界にいる、のっぺりとした顔をなんとか化粧で立体的に誤魔化している、つまらない人間の女ではない。
おれが言っていることは、本当に卵の殻のかんばせをもった女のことだ。
なんでも、鶏卵と同じ成分の、炭酸カルシウムと諸々のもので作られた女の顔は、なうての占い師が、両手で念波を送り、運命の女神に少

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私は主の端女です、言葉通りこの身になります様に。

私は主の端女です、言葉通りこの身になります様に。

夜霧粒で出来た白亜城の地下、狩猟の誉れとして雄々しい角を生やしたまま、額縁に捕えられた鹿の生首。
骨灰磁器の肌を持つ、何もかもが完璧な髪と体であるのに、頭だけがない貴婦人像が、墓標より大勢詰め込まれている、凍てつく死気の満ちた部屋があった。
宮廷お抱えという名目で、詩吟もののジュアンは、その冒涜じみたおぞましい部屋に、ラヴェンダー色の玉髄の寝台脚と自身の生白い足とを、龍紋瑪瑙の鱗礫をなびらかせた

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胎児の夢、─軟質な死、及び硬質な死─

胎児の夢、─軟質な死、及び硬質な死─

《胎児の夢、黄金の胎児と水蛭子の視る、正夢の創造史、反復説の取り成した垢、自の繁栄と他の蹂躙と名付けられた玉座に居すると勘違いした破滅の連鎖、生きている「もの」を知る前にそれらを流し込まれれば、恐ろしいと思えるのか、不可視の泡のそれぞれが一つの宇宙の雛形を成型する》

─軟質な死─
それ即ち生かす(活かす)為の死、古い層を押し上げ、新しい雛の魂を宿した糧の、模範となるもの、いつしか己が剥がされても

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無題

無題

才能とは、一体。
この言葉を、手遊びしながら話す人達についてはなんだか、こちらの認識通りになんにでも姿を変える不可視の獣に首輪をつけて、それに繋がったそう丈夫でも無い鎖を、手で掴んでいるだけで、満足してる気配がする
そいつは、煙に化けるか霧にまぎれればその場をいとも簡単に去ることができるというのに、それなのに逃げも隠れもせずこちらをじっと見つめている、得体の知れない奴だ。
自分がその言葉について、

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マクシミリアン・レンツ《ひとつの世界》より

マクシミリアン・レンツ《ひとつの世界》より

(タイトルに表記されている作者の絵画作品を元にした文章です。)

黒曜石の肌を持つ人の伝説にも、象牙の肌を持つ人の寝物語にも、黄楊木の肌を持つ人の神話にも、世界の果てには、途方もなく美しい、夢幻と至高の子にも等しい、桃源の花咲く園があり、そこで麗しの乙女達が毎晩のように踊り狂っているという言い伝えがありましたが、勿論、それは紛れもなくあったのです。
けれども、それは魂の奥底で、心髄で、どうしようも

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