足利義満

九州・四国地方の石造物⑧:立善寺五輪塔(伝・細川頼之の墓)

名称:立善寺五輪塔

伝承など:細川頼之の墓

所在地:香川県高松市香南町 立善寺

高松市の郊外にある立善寺は細川頼之の菩提寺とされ、境内には頼之の墓と伝承される五輪塔がある。

細川頼之は足利義詮、義満に仕え、特に幼少時の義満を管領としてよく補佐し、名宰相の評判が高い人物であった。

讃岐は細川氏の分国であり、この立善寺の五輪塔は頼之の分骨墓であると言う。

五輪塔は凝灰岩製で地方色があるが、

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大人のための高校日本史341 足利尊氏と南北朝

学校の日本史は、いまだにチョーク&トークが主流。高齢者大学や市民講座は、パワポにYouTubeを組み合わせ、受講者と対話しながら講義をする。学校、遅れてる。これから、学校の授業もこうなると思う。割とよくできた動画だと自画自賛している。内容は、足利尊氏と後醍醐天皇のお話。

エモいがキモくてごめんなさい ②テクニックは、ただありのままを移し取るために《140字の日記+ 51》

前回は「#熟成下書き」を蔵出しして、「エモい」のどのへんが苦手か述べました。

https://note.mu/beabamboo/n/nfcdc1a61a4b6

 そのなかで、以前はnoteの「みんなのギャラリー」がけっこう苦手であったことも述べました。
 だけど、「みんなのギャラリー」については、最近そうでもなくなってきました。ひとつは慣れ、だと思います。だけどもうひとつは、「こんな人の

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『日本国紀』に学ぶ「編集」の効用

▼名著『応仁の乱 戦国時代を生んだ大乱』(中公新書)で知られる歴史学者の呉座勇一氏が、作家の百田尚樹氏の新刊『日本国紀』(幻冬舎)をバッサリ斬っている。2018年12月11日付朝日新聞。

見出しは「通説と思いつきの同列やめて」。

呉座氏は、『日本国紀』の古代史、中世史の記述は〈作家の井沢元彦氏の著作に多くを負っている〉ことを示す。『日本国紀』は、そもそも参考文献を載せていないことが批判されてい

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第228回 お寺が核になる町があってもいい

1、大寺院は都市防災の拠点?

日本の歴史的建造物、特に近世以前の寺社仏閣は木造で、もっとも恐れるのは火災による被害です。

本業で町内の文化財の防災計画について文化庁から指導を受けた中で、参考例にとして示されたのが京都妙心寺の例でした。

帰ってから調べてみると

少し古い記事ですが中外日報の時流ワイドという連載で取り上げられていました。

この機会に妙心寺の歴史についても

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足利學校の企画展に行ってみた

今日は、通常の更新と予定を変更して、ある場所に出かけていました。
そのきっかけになったのは、いつもお世話になっている綱渡鳥さんの

このTweetを拝見したことでした。
幸い、ちょっと遠出くらいの距離ですし、これは行かない手はないだろう!ということで、さっそく足利に向かったのです。

①「足利」の街とは

「足利」というとやはり多くの方が聞き覚えがある名前ですよね。
そう、室町幕府を開いた足利家の

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読んでいただきありがとうございます!今日も良い一日でありますように!
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第208回 兄弟の確執と権力

1、謎の遺構が示すもの

金閣寺として知られる京都北山の鹿苑寺。

京都市埋蔵文化財研究所の調査で、ある建物の遺構が見つかったという報道がありました。

建物の規模は南北6m、東西5.4mと小規模ながら、残っていた礎石を加工して見栄えを良くするなど足利義満の意向が反映されているのではとみられています。

もっとも特徴的なのは建物が解体された後、その地面を覆い隠すように20㎝の厚さで粘土を貼り付けて

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#0243【足利義満政治の否定・反動(日本史通史)】

1日1分歴史小話メールマガジン発行人の李です。
今週は月初の日本史通史シリーズです。

前回:No.242【金閣寺と足利義満の野望(日本史通史)】

志半ばで死去した足利義満の跡は、長男の足利義持が主導権を握ります。父から征夷大将軍の地位は受け継いでいたものの、父の愛は弟の足利義嗣に注がれていました。

天皇が北山第(金閣寺一帯)に訪れた際に、義満は義嗣を侍らせ、義持には周囲の警護の任務を与えまし

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#0242【金閣寺と足利義満の野望(日本史通史)】

1日1分歴史小話メールマガジン発行人の李です。
今週は月初の日本史通史シリーズです。

前回:No.241【花の御所と足利義満の野望(日本史通史)】

元征夷大将軍としての武家に対する権威と、元太政大臣としての貴族に対する権威、さらに出家して寺院に対しても特別な地位を得た義満は、いよいよ天皇家に対してもマウンティングを開始します。

実は時の天皇と義満は、母を介して従兄弟だったのです。そして亜流と

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