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「母性の怪物~田中沙羅(紗花)の半生~」『ハンチバック』オマージュ・スピンオフ小説<下>

 妊娠すると性欲は減るという俗説を信じていたけれど、どうやらヒト絨毛性ゴナドトロピンのせいか、私の場合は妊娠中も性欲がなくならないどころか、中絶後もしばらく亢進していた。悲しくてつらくて泣いてばかりなのに、性欲だけはあるなんて…情けない気もした。けれど誰とでも性交したいとかそういう気分にはなれなかった。むしろもう見知らぬ客たちとヤルのはごめんだと思うようになった。ただ自分で性欲をなだめることができたらそれで良かった。私は大好きだったはずの順兄ちゃんやシュン、蓮の父親だったかもしれないマイク、ムック、ジニオ、ミニオを想像するのではなく、性欲が高まっている時さえも、やっぱり蓮のことだけ考えていた。自分でおっぱいや乳首を弄びながら、蓮に吸われる妄想をした。私のおっぱいは…たくさんの男たちに吸われたけど、男たちを喜ばせるためのものではなく、本当は蓮のためだけのもので、蓮の命を育むためのものだから蓮に吸われたかった。乳首が痛くなるくらい母乳をたくさん蓮にあげたかった…。私はそんなことを考えながら、きつく乳首をキュッキュッとつねっていた。母乳なんて出るわけない、その無駄に大きいおっぱいを自分で虐めていた。そしていつの間にか出血が止まっていた膣からは、愛液が溢れてきた。私はそこに指を突っ込んだ。客たちがするように乱暴に。ここから…膣という産道から蓮を産みたかった。蓮におっぱいをたくさん吸われたかった。蓮…蓮…ふしだらなお母さんでごめんね。蓮のことを考えながら、こんなことをしてしまうなんて、愚かな母親だよね…。子を亡くしたつらさを一瞬でも忘れたくて、私は刹那の快楽を求めてしまった。蓮をおかずにして…。
 
 久しぶりの自慰行為の後、私ははっとした。これってペドフィリア(小児性愛)の一種なのではないかと…。そうだとしたら私はもはや健常者とは言えず、障害者だった。ペドフィリアはれっきとした精神障害だから…。性欲と母性は似ていて、同じものかもしれないけれど、勝手に中絶して、勝手に悲しんで、勝手におかずにするなんて、蓮に申し訳ない。これ以上、行為がエスカレートしないように、自分でなんとかしなきゃ。読書フェチの方がまだまともだ。しばらく読書する気にもなれずに無為に過ごしていた私は、久しぶりに本に救いを求めた。
 
 兄が読書する姿を想像しながら興奮して、読書という行為にふけっていた私には戻れそうになかったけれど、やっぱり本は私を癒してくれた。実際の中絶体験をまとめた本、死産流産中絶などで子を亡くした親向けのグリーフケアの本などを片っ端から読んだ。中絶は基本、自己責任だから、時間をかけて自分で折り合いをつけるしかなく、消えることのない後悔や罪の意識を背負いながら生きていく場合が多いと書いてあったり、亡き子は母親を恨んではいない、母子の絆は永遠なんて綺麗事も書いてあった。私はそのあり得ない綺麗事を信じたくなった。中絶してしまったという事実を受け入れ、綺麗事でも何でもいいから子どもとは離れても永久的につながっているという救いが私には必要だった。中絶後、蓮をおかずに色欲に溺れそうになっていた私を正す拠り所となってくれたのは、幼い頃から親しんでいた本を読むという行為だった。
 
 中絶体験やグリーフケアの本をたくさん読んでいるうちに、私も体験したことを書けるかもしれないと思った。書くことは心の傷をえぐることにもなるけれど、心を癒やすために必要なことだろうと。ありきたりな想像力を駆使して、誰でも書けそうなフィクションを考えるより、私だけが経験したノンフィクションを書いた方が、書く意味がある気がした。塀の向こうにいる兄にいつか私が書いた小説を届けたいと思っていたけれど、処女作はノンフィクションになるかもしれない。
 
 それから…私が紡ぐ物語の中でなら蓮を生かせるかもしれない。蓮を成長させることができるなら、フィクションも悪くない。私の心の中で蓮は生きているけれど、人知れず心の中でのみ生かしていたら、私が死ぬと同時に蓮という存在も消えてしまう。自分が死ぬ前に、私の以外の誰かの心に蓮の居場所を残したいと思った。もしも…たくさん蓮が登場する本を残せたら、本を読んでくれた人たちそれぞれの心の中でも蓮は生きられるだろう。売れる本を作れたら、書店や図書館にも置いてもらえて、蓮はそこでも存在できる。肉体を失った蓮が、この世で存在し続けられる場所を、蓮の魂の居場所をなるべくたくさん残したいと考えるようになった。私が書き残す文章の中で蓮が生き続けてくれたら、自分が死んでも何も悔いはない。本こそ蓮を存在させる術だと気づいた。何と引き換えても守らなきゃ、なりふり構わず守りたいと願った大事な蓮の命…。その命が生まれようと存在してくれた奇跡と軌跡、証を物語の中に記して刻むことが、生かされてしまった母親としての使命ではないかと考えるようになった。残りの私の人生は、蓮の物語を書き、供養しながら蓮の命を生かすための時間であり、中絶を経験し、苦しんでいる私だからこそ、書ける物語があるはずだと…。
 
 それに気づいたら、私が読書フェチだったのは、このためだったのではないかと思えるようになった。いつかシュンがカラオケで歌ってくれた彼の十八番の歌のように…。
 
《最初からこうなることが決まっていたみたいに 違うテンポで刻む鼓動を互いが聞いてる》
 
《共に生きれない日が来たって どうせ愛してしまうと思うんだ》
 
《狂おしく 鮮明に 僕の記憶を埋めつくす》
 
最初から蓮と一瞬だけ共に生き、別れることは決まっていたのかもしれない。それが抗えない運命だとしたら、乗り越える術も用意されているはずだった。それが私にとっては本だった。愛する蓮が狂おしいほど鮮明に私の心に刻んでくれた、蓮の生きた時間、蓮が与えてくれた感情、蓮と私のすべてを書き残すために、私は本と触れ合い続けていたのかもしれないと気づいた。読書を多くしている人は、本を読まない人よりは文章が書けるらしいし、実際、私も作文は得意な方だった。しゃべることと比べたら、断然、書き続けることの方が苦にならなかった。だから本気でがんばれば、何か物語を残せるかもしれない。蓮を生かすためなら、何でもいくらでも書ける気がした。物心ついた頃から本を読み、文章に親しんでいたのは、きっと蓮の物語を紡ぐためだった。
 
 読書フェチは蓮を生かす術で、性交が嫌いじゃなかったのも蓮という命を授かるための術だった。ただの読書オタク変態エロ女だったわけではなく、すべては蓮の命と出会うための序章だったのかもしれない。蓮を授かることは私が母の胎内にいた時からきっと決まっていたんだ。だから兄という異性を好きになって、性に目覚めて、兄にフラれて、パパたちからエッチを教わって、初体験して、いつの間にかホストにハマって、性交大好きになって、風俗で本番ヤリまくって、妊娠して、中絶して…。すべて定められたことだったなら、仕方ないと割り切れるかもしれない。けれど、やっぱり割り切れないから、だからこそ何かを読んで、何かを書き続けるしかないと思った。
 
 《泣いたり笑ったり 不安定な想いだけど それが君と僕のしるし》
 
 人生一つらかったのに、人生一幸せな経験だったと思えるのは、蓮や母性の怪物が幸せホルモンのオキシトシンも増やしてくれたおかげだろう。この歌詞を時々口ずさみながら、いつでも蓮のことを思って涙し、一つの同じ身体で命を分かち合って、二人で生きた儚くも幸せな時間を忘れないように噛みしめるよ。
 
 魔物の母性も、感受性の強まった心も、恋しくなると勝手に溢れる涙も、こんな風に文章を書く原動力も全部、蓮がくれたものだから、ひとつも失くさず、一生大事にしたい。妊娠を強く望んでいた私が母親になる覚悟を持てない不届き者だったということや、母親になる器量も持ち合わせていない未熟者だったということさえ、蓮が教えてくれたことだから、恥でも忘れずに心に刻みたい。そういうことをすべて書けたらいいと思う。そして私はこうやってどうにか生き続けるよって、兄と母と釈華さんと、それから蓮に伝えたい。
 
 蓮に何もできなかった私が、蓮にしてあげることがあるとすれば、自分が紡ぐ物語の中で、蓮という存在を生かしてあげることだった。亡き子・蓮と共に生きる術はそれしかないと思えた。釈華さんが社会に自身を存在させるために書き続けたように、私も蓮の命を救ってはくれなかった世知辛い社会に、蓮という存在を知らしめるには、私が書き続けて本にして、公にするしかないと。内密の命だった蓮自身はそれを望まないかもしれないけれど、私の母性は私自身より、蓮のことを社会に認知させたいと訴えた。一つの身体で二つの心拍を感じられた尊さを鮮明に覚えているうちに…。
 
 そのために私は、風俗の仕事はやめて、早大図書館清掃の仕事に週6で復帰することにした。本担のシュンから時々ラインが入ったけれど、未読スルーにした。もうホスト遊びもやめることにした。そもそもシュンにお金がかかるから、風俗の仕事を始めたようなものだし、ホスト遊びさえやめれば、清掃業だけでもなんとか食べていけるだろうと思った。妊娠前、何も知らない子どもの私が集めた本ばかり収蔵する書庫として使っていた隣の部屋は、無駄だから引き払うことにした。ここのところ、めっきり足を踏み入れなくなっていたから…。自分好みの図書館を作りたいという夢はしばらく封印して、紙の本のほとんどを手放すことにした。あれほど本にこだわっていた自分が嘘みたいだった。別に電子書籍派になろうというのではなく、本なんて所有しなくても、借りて読んで頭に入れるという方法もあるし、一度読んだらすぐに手放すのもありだろうと考えが変わった。一番失いたくなかった蓮という存在を失った私は、もはや何を失っても怖くなかった。一人のホストも膨大な本たちも別に側に置いておかなくて大丈夫と思えるようになった。蓮に執着するようになったら、他のものはたいがい手放せるようになり、断捨離できるようになっていた。依存の対象が子どもに変わっただけかもしれないけれど。逆に言えば、蓮と共に生きられるなら、ホストも本も何も要らないと本気で思っていた。蓮がまだ私の子宮にいてくれた頃は…。
 
 ホストのシュンはともかく、本はまったくないより、少しは残した方が書くためのお手本になる。兄が読んでくれた思い出の絵本、蓮に読み聞かせたかった絵本、それから中絶体験記、グリーフケアの本などは手放さず、生活していた部屋の片隅に置いた。私に本当に必要だった本は両手に抱えられる程度の量なのかと驚いた。なぜ今まで、本専用の部屋を借りてまで、大量の紙の本にこだわっていたのだろうとおかしさが込み上げた。妊娠するまで大量の本を所有することを生きがいにしていた私は、中絶後は少しの本と、多肉植物のレン、ぬいぐるみのとかげ、そして数枚しかない蓮のエコー写真さえあれば、生きていけると気づいた。蓮が存在した証さえあればそれだけで十分と思えた。何もいらないから、たったひとつ、蓮という命の余韻を感じながら、生きられたらそれで良かった。
 
 手元に残した少しの本を頼りに、蓮との出会うことになった私の人生をノンフィクションでさらけ出し、文章の中で蓮を成長させることができるようにフィクションや、それから蓮が好んでくれそうな童話も書きたくなった。童話なら…「レンゲ畑とミツバチ」の話なんかいいかもしれない。そこには妖精やおやゆび姫みたいな小さな子も登場させたりして…。
 
 生まれていたら…蓮は何を好きになったかな。食べ物は何が好きで、何が苦手だったかな。どんなおもちゃや本を好きになったかな。どんな女の子に恋したかな…。本なんて嫌いなんて反抗して、やんちゃな子に成長したかもしれない。思春期になったら、何で産んだんだよ、クソババアなんて言ってグレたかもしれないね。それでも良かったよ。お母さんが蓮に会いたいから、一緒に生きたいから、蓮のことを愛しているから産んだんだよって、蓮に嫌われても何度でも言ったと思う。本が嫌いでも、良い子じゃなくても良かった。ただ生きてさえいてくれたら、それだけで良かった。たとえ、いつか難病を発症して、障害者になってしまうとしても…。親という存在は子が苦しむことになるとしても生きていてほしいと願ってしまう憐れな生き物なんだと知った。母性の怪物に支配され、命をつないでいた私は、すっかり自身も怪物と化していた。エゴの塊の怪物に…。
 
 あのね、蓮。そっちの世界にはおばあちゃんがいるはずだから、出会えたら遊んでもらってね。でも…生まれられなかった子は、生まれていない分、そもそも死んでいなくて、あの世へ行かずにすぐに生まれ変わる対象になると最近読んだ本で知ったよ。生まれていない胎児の魂はこの世の汚れを知らないから、とても清らかな存在なんだって。できれば月光のような柔らかな光があって、安息できる場所で蓮が生まれ変われているといいな…。母性に寄生されながら、母性に依存しながら生きる母親もどきのお母さんはいつもそんなことを考えてしまうよ。蓮のことばかり考えてしまうなんて、まるで蓮に恋してるみたいだよ。母性って恋心に近いものかもしれないね。「会いたい、愛してる」なんて陳腐なフレーズが繰り返される、ありがちな恋愛ソングを耳にすると、男じゃなくて、蓮のことばかり考えてしまうよ。お母さんはもう、あなたがいればそれだけでいい。あなたしかいらない。あなたの存在が感じられたら幸せ。あなたのことを考えるためだけに生きている…。そんな風に思えるからこれを恋と言わずに何と表現できるかなって悩んでしまうよ。
 
 図書館清掃の仕事をこなしつつ、命をつなぐため地べたで食事をとり、必要な少しの本を読み、呵責の念をなだめるようにベッドの上で、中絶体験や蓮の物語や童話を反吐でも吐き出すように書き殴るようになった。母性に心を奪われ、母性の怪物と化した私は、何かを書き残すことに執着し、それに多くの時間を費やした。堕胎という罪と向き合うために。葛藤や後悔を忘れないために。幸せ、不幸せ、希望、絶望…極限になったすべての感情を与えてくれたあの子のために。私が命を奪った蓮のために…。
 
 読む暮らしから書く暮らしへ変わりつつある頃、ふと、司書の資格もほしいと考えるようになった。短大でもいいから、大卒だと司書の資格を取得しやすいらしい。今さら私は、早大は無理としても、奨学金を借りてどこかの大学に進学していれば良かったと後悔した。通信制大学に入れるように、お金を貯めようと思った。そしてできれば司書の資格をとって、いずれは図書館で司書として働きたいと…。書き続けている以上、作家にも憧れてしまうけれど、もちろん文章で食べていけるとは思えない。文章を書く暮らしを続けるために、清掃業より収入が安定し、かつ物書きのためになる本を自由に借りられる環境で働きたい気持ちが芽生えた。
 
 ひたすら心の悲鳴を綴りながら、私は働いてお金を貯めて、通信制の短大に入学し、司書になるための勉強を始めていた。2年間、働きながら真面目に勉強した結果、司書の資格は取得できた。資格を取得できてもすぐに図書館に配属されるわけではなく、司書として働くには司書を募集している各図書館の採用試験に合格しなければならなかった。採用人数は少なく、倍率は平均すると30倍程度と狭き門だった。
 
 採用試験当日の朝…妊娠初期の夜中に経験したような腹痛に襲われ、整腸剤や胃薬を服用してみたものの、一向に良くなる気配はなかった。精神的な緊張のせいかもしれないと、心療内科から処方されていた安定剤も飲んだけれど、治まるどころか腹痛に加えて、パニック障害の呼吸発作まで起きてしまい、息ができなくなった。蓮…どうしよう…今日、大事な採用試験の日なのに、こんな時におなかが痛くなって、過呼吸まで起きてしまうなんて…。お母さんが図書館で司書として働きたいなんて、無茶なことなのかな…。蓮のことを一日だって忘れず、毎日思い出しながらがんばって文章も書いているけど、お母さんが書いた物語はネットにあげてもほとんど読まれることはないし、蓮を社会に認知してもらおうなんて程遠くて、心が折れそうになることもあるよ。でもお母さんはこれしかできないし、書くことでしか蓮を生かせないって信じて、がんばってるけど、努力なんて報われることはなくて、無駄なことばかりしているかもしれないって虚しくなる時もあるの。それならやめれば?ぼくは書いてなんて頼んでいないよって蓮は言うかもしれないよね。でも…つらくても報われなくてもやめられないの。蓮の物語が認められて、本になって、それを図書館に置きたいって大きな夢があるから。自分が働く図書館に自分で書いた蓮が生きた証みたいな本を残すことがお母さんの夢なの。だから司書として図書館で働く夢も捨てられないんだ。そもそもまだ1冊の本も作れていないし、作家も司書もどちらも片足突っ込んでいる程度で、何者にもなれていないけど、蓮の母親になれなかったお母さんはせめて蓮の存在をこの世に生かし続けたい。お母さんが死んでも、蓮という、生まれられなかった命がたしかに存在したことを、蓮のように生まれられずに手放されてしまう命がたくさんあることを無情な社会に伝えたいから…。

 「ママ、ねぇ、ママ、起きてよ。もうお昼だよ?」
長い長い夢を見ていた私は息子の声に起こされた。子どもを産んで以来、パニック障害の発作は落ち着いていたというのに、夢の中で久しぶりに息苦しさを感じた。
「う…ん…。おはよう、蓮。えっ?もうこんな時間なの?」
とっくに正午を過ぎていた目覚まし時計を確認すると、私は慌てて飛び起きた。
「おはよう、ママ。ほんとはまだ朝の8時だから、そんなに慌てなくて大丈夫だよ。」
蓮は掛け時計を指さしながら、いたずらっぽく笑った。
「えっ?もしかして蓮、またママの目覚まし時計、いたずらしたの?」
来年小学生になる蓮は時々、目覚まし時計の針を勝手に動かして、私を驚かそうとするいたずらっ子に成長していた。
「うん、ごめんなさい…。だってママ、時々ねごと言いながら、悪い夢を見ているみたいにうなされていたから、早く起こしてあげたくて…。それに今日はママがお休みだから、子ども図書館に連れて行ってくれる約束の日だったでしょ?」
そうだった。今日は蓮の幼稚園がお休みで、私も休みだから、職場の図書館に連れて行ってあげる約束をしていたんだった。私が働いている図書館には子ども図書館という絵本や児童書の類を集めた子ども向けの図書館が館内に併設されていた。今日は絵本の読み聞かせ会もあり、蓮は特にそれを楽しみにしていた。
「起こしてくれてありがとう。ママ、すっごく長い夢を見ていたの…。蓮が生まれるずっと前の、昔のことをね…。怖い夢だったけど、幸せな夢だった…。」
「ふーん、そうなんだ。ぼくもね、今朝起きる時、夢を見たんだよ。あのね、ぼく、生まれるずっと前にも、ママと一度会っていたんだよ。空の上からママをみつけて、ぼくのママになってほしいって思って会いに行ったの。でもその時は、神さまにまだ早い、会いに行ってもすぐに帰ってくることになるからやめなさいって引き止められたの。でもぼくは勝手にママの元へ行ったんだ。会いたかったから…。神さまが言った通り、すぐに空に戻ることになったけど…。悲しんでいるぼくに神さまは言ってくれたんだ。その時が来れば、ママと再会できて、一緒に暮らせるようになるから、それまで待ちなさいって。ぼく、待ったよ。ずっと待って、待って…それからママのおなかの中にひゅって入ったんだ。そんな不思議な夢を見たの。ぼくがお世話になった神さまはね、観音さまみたいな顔をしていたよ。ママが書いている新しい童話のネタにしていいよ。」
お得意の長いお話をした蓮は、またいたずらっぽく、くすっと笑った。
 
 私はもう二度と、あの時の子には会えないと思い込んでいた。あの時、神社の神さま、お寺の観音さま、お地蔵さま、そして母という仏さまに命を託し、水子になった蓮とは二度と会えないと…。40歳でこの子を授かった時も、蓮と同じ命ではないと自分に言い聞かせた。同じ命ではないけれど、授かったと分かった瞬間、私に迷いはなかった。もう中絶なんて考えない。この子を産むという一択しかなかった。けれど授かった子と引き換えに、若かりし頃、堕ろしてしまった蓮が遠ざかっていくようで、あの子との別れの気配に怯えた。20年近く、一日だって蓮の存在を忘れたことはなく、一緒に生きていた。蓮と共に生きたかもしれない時間を一人で生きていた。蓮の命を私の文章の中で輝かせながら…。産まれていたら、6ヶ月、1歳、3歳、5歳…。そうやって殺した蓮の歳を数えながら、私は死を選ぶことなく、どうにか生きていた。何年経っても消えてくれない、蓮が残してくれたラスボスのような母性が私を生かしてくれた。だから中絶した子の成長の止まった色褪せたエコー写真は、今おなかにいる子のエコー写真以上に大事にし続けようと誓った。四十歳で授かった子のエコー写真はあっという間に九週を超え、どんどん更新され、生まれるまでたくさん成長を見せてくれた。私に喜びを与えてくれた。けれど新たな命に対する喜びが増すほど、決して成長することのない、時の止まった蓮のエコー写真を大事にしなきゃと私はムキになった。そう思いつつも、いざ出産すると、どうしたって産めなかった過去の命より、産めたこれからも続く命を守らなきゃという本能が働いて、蓮という存在ばかり拠り所に生きていたあの頃の自分には戻れそうになかった。だから蓮を忘れてしまわないように、高齢出産した子に同じ名前をつけた。生まれてくれた命と共に蓮のこと思い続けるために…。
 
 本当に輪廻転生があって、命が生まれ変われるなら、もしかしたら今、私と同じ時間を生きてくれて、目の前で笑顔をふりまいてくれる蓮と、産めずに中絶してしまった蓮は同一人物で、同じ命なのかもしれない。蓮を堕ろした私は、蓮を産めたのかもしれない。蓮を殺した私は、蓮を生かすことができているのかもしれない。
 
 蓮を殺した罪滅ぼしをするかのように、蓮を自分の文章の中で存在させ、物語の中で蓮を生かしながら、司書として働いていた私は、いつの間にか愛すべき命を産み落とし、蓮と共に生きていた…。そのことに気づいたら、悪夢のような自分の人生は最高のハッピーエンドじゃないかと涙が溢れた。
「ママは泣き虫だなぁ。ぼくが泣き虫なのはママに似たのかもね。ぼくとママはよく似てるから。」
蓮は微笑みながら私に、お気に入りのキャラクター柄のティッシュを差し出してくれた。
 
 ママにますます似てきたねと言われることが多い蓮は、よく女の子と間違えられるほどかわいらしい男の子だった。蓮は私と同じく泣き虫で、特に妖精や小人が登場する絵本が大好きで、私と違って、早起きと長いおしゃべりが得意で、歌も上手で…。誰に似たのか、いたずら好きでやさしくてしっかり者で…。今となってはだいぶ過去のゆるキャラになった赤色のもじゃもじゃムックや、「アラジン」のランプの魔人・青色のジーニー、未だに根強い人気の「モンスターズ・インク」のひとつ目緑色のモンスター・マイクや、ノッポの黄色いミニオンといったキャラが好きな男の子に成長していた。それから私が蓮の代わりにベッドに寝かせていた母を恋しがる恐竜の子のとかげも大好きだと…。
 
 蓮はカレーパンとカレーライス、フライドポテトが好物で、苦いグレープフルーツがちょっと苦手。泥んこ遊びが好きで、近くの沼に咲く蓮の花も好きな子。どこで覚えたのか、日本版ビートルズのようなモンスターバンドの「しるし」という、今や懐メロになった名曲が好きらしく、たまにテレビで流れると一緒に口ずさんでいる。「ダーリン、ダーリン」とボーカルの桜井さん顔負けの高音のサビも…。日々、目の前で成長を見せて続けてくれる蓮のことを知る度に、蓮の命は蓮の命の中で続いているんだと信じたくなる。それから、どんなに会いたいと願っても、もう会えない私の母と兄の血も少しずつ蓮の中で流れていると思うと、蓮の命がたまらなく愛しくなった。
 
 「ママ…あのね、ぼく…幼稚園で好きな子ができたんだ。その子に素敵なお話の本を教えたいから、今日、こども図書館で探すの手伝ってね。その子も絵本が好きなんだ。」
頬をバラ色に染めた蓮は、もじもじしながら小声で言った。
「そうなの?蓮も好きな子ができたのね。ママがおすすめの絵本を蓮にたくさん紹介するから。何て名前の子なの?」
「ありがとう、ママ。あのね、その子の名前はね…沢井紗花(さわいしゃか)ちゃんっていうの。とってもやさしい子なんだよ。」
 
 釈華さん…あなたが生み出した紗花という存在は、私が産み出した蓮と同じように、どこかで息づいているのかもしれない。私の中でだけではなく、この世のどこかで、あなたが紡いだ物語とあなたの命は続いていると、信じたくなったよ。兄に殺されてしまったあなたのことは、私が紡ぐ物語の中で生かし続けようと思っていたけれど、とっくに生まれ変わっているのかもしれないね。私は兄を虜にしたあなたという存在に嫉妬し、憎んだ時期もあったけれど、あなたには憧れてしまうし、今でも敵わないって思ってる。あなたがなりたいと憧れていた娼婦だった私は、あなたがしたくてもできなかった、妊娠と中絶と出産を経験できたけれど、それでも結局、あなたには追いつけていない気がする。あなたが紡いだ物語の中で、命がけで刻み続けた釈華の生き様以上に尊い生き様はまだ見つけられないよ。釈華と紗花がパラレルの関係なら、紗花と沙羅も、私(沙羅)とあなた(釈華)もパラレルなのかもしれない。
 
 子どもの頃、ごく稀に読んだ漫画の中にもパラレルワールドを描いた作品があって、「パラレル、パラレル、〇〇になぁれ」っていう、なりたい相手に変身できる魔法の呪文があったの。だから釈華さんが望むなら「パラレル、パラレル、沙羅になぁれ」って試すのもありかもしれないよ。私はいつかその呪文を唱えるかもしれない。「パラレル、パラレル、釈華さんになぁれ」って。釈華さんと違って、私は子ども染みているし、学歴もそんなにないから、こんなことしか考えられないけど、「中絶前提で妊娠したい」と同じことを考えた私たちは似た者同士だから、人生を交換してみるのもありかもしれない。だから…兄に殺されたあなたが、どこかで生まれ変われていて、命が続いていることを願って止みません。私に殺された蓮が、私のそばで生まれ変わって生きているように…。ハンチバックの怪物とマターナル(母性)の怪物もまたどうやら、パラレルらしいから…。
 
 どこかで眠る涅槃の釈華さんの舎利が、私の心を今でもえぐって、血と肉を引っ掻き回すから、決してあなたのことは忘れられない。沈黙を貫く無口な舎利になったあなたが訴えかける、声なきあなたの心の声が私を突き動かす。肉体が滅びても永遠に残る、故人の魂も宿る骨が生者に気づきを与え、煩悩まみれのこの世で生きることを赦してくれるのかもしれない。煩悩から解き放たれた舎利こそ、この世で涅槃を具現化できる唯一無二の久遠の存在と気づいた。
 
 命を授かり、葛藤し、苦悩の末、命を手放し、絶望と後悔に苛まれ、また命を授かれたことに喜び、不安を覚えながらも命を産めたことに感動し、その命と共に希望を信じながら生きられる幸せを噛みしめている私は、蓮が与えてくれるそのすべての感情に振り回されながら、ようやく母親という存在になれたのかもしれない。私は釈迦にも菩薩にも、まして仏陀になんてなれないけれど、できれば蓮にとっての慈母ではありたい。ブラコン、ファザコン、読書フェチを経て、ペドフィリアになりかけた危うい女の私が最後に行き着いたのは息子いのち&息子ラブのムスコンだった。かけがえのない息子の蓮が与え続けてくれる感情を、釈華さんが中和してくれて、私の心をなだらかにしてくれるようだ。だから舎利になっても、どこかで生き続けてくれている釈華さんの命を存在させ続けるために、これからも私は蓮と、そして紗花と共に物語を紡ぎながら生きていく。

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