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コトバでシニカルドライブ

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頭の中でたまーに構成する言葉とコトバ。 その組み合わせは、案外おもしろいとボクは思う。誰に向けるでもなく、自分の中にあるスクラップをつなげてリユース。エッセイや小さな物語を綴りま… もっと読む
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記事一覧

[ちょっとした物語]長袖を着ると弱くなる気がする

[ちょっとした物語]長袖を着ると弱くなる気がする

 見上げた天井は、どこか虚ろで、今までも、これからもずっと変わらないのかななんて思って眺めていた。少し湿った空気が辺りを漂う土曜の昼下がり。
 なにかするにも、ままならず、ずいぶん前に撮った六本木の写真をインスタのストーリーズにアップする。たかだか200人くらいのフォロワーのための虚しい作業に、いつものように後悔をする。ものの数分で3つのいいねがついて、そのあとパタっとなにもなかったように、めくる

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[ちょっとしたエッセイ] カーブを曲がると見えてくる光とか

[ちょっとしたエッセイ] カーブを曲がると見えてくる光とか

 朝の人通りの多い道を、逆方向に歩く。凍てつく空気を吸い込むと、ようやく冬らしい冬がやってきたなと1月も8日を過ぎて思わされる。自転車に乗れば手袋が必須になり、カイロの重要性も日に日に増してきた。澄み切った青空を見ながら歩みを進めると、少しずつまわりの音が止んでいくのがわかる。都電線の線路を渡ると見えてくる枯れ木の姿。そして、さらに寒々とした空気が首元を冷やす。
 
 細いアスファルトの道を行くと

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[ちょっとした物語]窓際のターンテーブル

[ちょっとした物語]窓際のターンテーブル

 窓の外から聞こえる車の走る音は、いつもより少ないような気がした。深夜に走る車は、昼間に比べると颯爽と駆け抜けていく。ハエの羽音のように。
 エアコンの効きがえらく悪い。そんな昔のものではないはずなのに、と思いながら壁の方を向く。壁に照らされた街灯の明かりが、車の影とともに横切る。また訪れる暗闇、そしてまた照らされるこの部屋は、鼓動を持って揺れているようだ。
 ついでのように照らされた机の上にある

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[ちょっとした物語]I Saw The Light

[ちょっとした物語]I Saw The Light

 窓から空をのぞくと、一筋の飛行機雲が漂っていた。手に持つスマートフォンを開くと、その小さな画面に流れる写真と文字をひととおり目で追う。
 新しいつぶやきは、ちょっと目を外した数十分のうちに、どんどん上積みされていた。手に持ったコーヒーカップをひと飲みすることすら、“時間のムダ”と言われているようだった。
 他人のつぶやきは、どれだけ深く読んだところで、特に感慨は深くならない。
 自分でフォローし

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[ちょっとした物語]バンコク 午後1時50分

[ちょっとした物語]バンコク 午後1時50分

 手をつなぐと、互いの手からは汗はあふれ出ててくる。
 それでも手を合わせて歩くことで、さらにべとつきながら、いたずらに手を絡め、とても厭らしく触れ合う。真夏の太陽が照りつける路上で、僕はある女性と空を見上げた。
 灼熱の炎のように空気は揺らめき、蜃気楼のように視点の定まらない、鋭い光の攻撃が目を差す。すると、横にいる女性は、僕の手を引き、カフェのような建物へと導いてくれた。
 中に入り、彼女は肩

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[ちょっとした物語]向こうから鐘の音が聞こえる

[ちょっとした物語]向こうから鐘の音が聞こえる

 埃っぽい書類の束を1枚1枚眺めていた。すると水色の封筒を見つけた。初夏の心地の良い午後だった。封筒から便箋を取り出すと、記憶はフラッシュバックする。

「こんなきれいな海見たの、はじめてだよ。ね、なんていうか、キラキラしてる」

 そう言ったのは本当にきれいな海だったからだ。初めて訪れた瀬戸内の海は、凪いでいて、光が無数に反射していた。そんな海を見たのは、生まれて初めてだった。

「こんな海、普

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[ちょっとした物語]やがて鐘はなる

[ちょっとした物語]やがて鐘はなる

 ここは静かなところだった。
 いつも思うのは、喧騒は心地よいということだった。人ごみに紛れていると、人が自分の壁となって守ってくれているような錯覚を覚えた。私は、ずっと、この片田舎で生まれたことに嫌悪を抱いていた。それが如実に心に存在したのは、中学生の頃からだったと思う。親元から離れる機会が増えるほど、故郷を遠ざける傾向は強くなっていった。

 同じ学校の男と付き合ったときに、私はこの地を離れる

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[ちょっとした物語]マスク越しの君は、どこか強く見えた

[ちょっとした物語]マスク越しの君は、どこか強く見えた

 カタカタと目の前のラップトップに向かって、手先が器用に動いている。目線は左右に行ったり来たり動く。
 2023年。僕らの生活にはマスクがなくなることはなかった。寒空の中だと、マスクは顔面の保温のためにありがたいのだが、ここ数年、僕は人の表情を少し忘れかけている。

 カタカタ、カタカタ。

 しばらくすると、僕のパソコンが新着メッセージの通知を示した。画面のアラートをクリックすると、メッセージが

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[ちょっとした物語]朝が来るまで終わらない音楽を

[ちょっとした物語]朝が来るまで終わらない音楽を

「いいところってどこよ?」
そう尋ねても、いいからいいからと意に介さない彼女は、ラブホテルやライブハウスの並びを颯爽と歩いていく。僕はキョロキョロと見回しながらついて行く。渋谷のディープな感覚が研ぎ澄まされてた水曜日の深夜1時過ぎ。円山町の中心は、どんよりとした静かな時が流れていた。

「ここです、ここ」
テンションが上がったような高揚を彼女は見せ、僕を置いていくように階段を降りていく。ドクターマ

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[ちょっとした物語] トルソーの誘いと春の風

[ちょっとした物語] トルソーの誘いと春の風

ある春の日の午後だった。
部活がはやくに終わり、僕は着替えて教室を出た。
あたたかな風が廊下を吹き抜ける。その誘いに足は運ばれる。

さらさらとなびくカーテンは、人の気配を薄くしていく。風にさらわれたカーテンの裏側に現れた人影。
僕はドキッとする。
でも微塵も動かない、その影は半身をこちらに向けて佇んでいる。

風に乗った葉の香り。近づくにつれて、乾きがなびいて、髪の毛を揺らす。手をその肩に置くと

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[ちょっとした物語] 記憶をくすぐる檸檬の香り

[ちょっとした物語] 記憶をくすぐる檸檬の香り

ちょっと声をかけた、秋の午後。
君は照れ臭そうにボクの誘いに応えてくれた。その時の表情、その時の鼓動は、どことなく今でも心をくすぐる。

新高円寺の駅から青梅街道を渡る歩道橋。東には環七を望み、西の方には夕日が沈む。僕たちはいつもこの歩道橋の上に立つ。
薄暮の青梅街道は、いつもより車の数が少なかった。

「あ、月だ」
あちらに見える月の影に隠れた空の色。
こんな会話はどこか変だった。まもなく迎える

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[ちょっとした物語] 霜の降りる朝と

[ちょっとした物語] 霜の降りる朝と

 吹き荒ぶ風の音に目が覚める。

 布団の触りと留まったほのかな温かさが体を動かしてくれない。しかし微かに聞こえるお湯の沸く音。まもなく生活の針が動き出す頃だ。
 窓から見える空の色は、澄んでいて、冬の日のそれを一身に表していた。

 ふと目を閉じてみると、季節の環が駆け巡る。春の、夏の、秋の、それぞれの時は都合よく目の前に現れては消えてゆく。
 一瞬の光は、常に重なり合って、また季節は折り重なる

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[ちょっとした物語]スライド

[ちょっとした物語]スライド

 電車の座席が好き。

 硬くもなく、やわらすぎず、体にフィットする感じが、好きなのだ。
 でも、がらんとした車内はあまり好きではない。立っている人は少ないが、座席はある程度埋まっている方が、安心する。

 ほら、今も目の前に並ぶ人たちが、各々本を読んだり、スマホを眺めたりしている。
 ゆらりゆられ、電車の振動は世界を運ぶ。そして時も運ぶわけだ。なんてことのない日常だけれど、この走るスピードのざわ

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[ちょっとした物語]バターの香り

[ちょっとした物語]バターの香り

 まだ昼前だというのに、腹が減ってきた。そんな時にキッチンを見回すと、たぶんあの人の残したパンケーキミックスを見つけた。
 ああ、なんとも甘美な誘惑だろう。すぐさま、冷蔵庫の扉を開く。この黒い冷蔵庫の正反対にあるような牛乳を見つける。まだ半分はあるだろう。その揺れる体積を腕に感じながら取り出して、卵をひとつもう片方の手に取り、キッチンへ戻る。
 ボウルにすぐさま、少しきしむような膨らみのある袋から

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