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本のこと

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津村記久子さんの本多め
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不完全図書館往来記

不完全図書館往来記

図書館で借りた本をほとんど読まない状態で返却した。

約半年前に引っ越してきてから、2週間に1度、近所の図書館に足を運んでいる。
このペースは単純に図書館の貸出期間が2週間だからなのだが、隔週の土日に返却をし、また新たな本を借りるというサイクルをなんとなく繰り返すようになった。

前に住んでいた街には駅前の大きなビルに図書館が入っていて、通勤や買い物の「ついで」に寄れていたので、わりとカジュアルに

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こんなはずではなかった今と私と|山本文緒『自転しながら公転する』

こんなはずではなかった今と私と|山本文緒『自転しながら公転する』

30代に突入して久しいが、最近よく思うことがある。
それは「自分はもう、どうしようもなく”こっち側”にいる」ということだ。

こっち側てどっち側やねん、という感じだが、それはひとまず「社会の側」「世の中の側」とでも表現しておく。

社会に出て間もなしの頃は、思い通りにいかないことや気に入らないこと、うまくいかないことに遭遇するたび「組織がだめだから」「世の中が悪い」「育った環境のせい」と、何かと曖

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もがくほど しずむかなしい 海だから|大阪本町さんぽと本とのであい

もがくほど しずむかなしい 海だから|大阪本町さんぽと本とのであい

今日は午前中だけ仕事で、せっかく日曜に大阪に出てきたのだから、午後は久しぶりに大阪のまちを散歩してみた。

仕事後に同僚が堀江の美容院に行くというので、一緒に本町と四ツ橋の間あたりの定食屋でお昼を食べた。
余談だが、昨年北海道から転職してきた同僚が、行きつけの美容院を見つけるほど大阪に馴染んでることが、なんだか嬉しいのだった。

同僚を見送った後、さてどうしようかと悩み、「悩んだら本屋」という法則

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√400年ぶりの再会|小川洋子『博士の愛した数式』

√400年ぶりの再会|小川洋子『博士の愛した数式』

はじめて読んだ小説は何だろうか。

私にとってのそれは、中学生の時に出会った小川洋子さんの『博士の愛した数式』だ。

人生ではじめて小説の単行本を最初から最後まで読破した感想は「優しくて、きれいなお話だな」だった。物語の内容以上に、私の心は「読み切ったぞ」という達成感で満たされ、ちょっと大人になれた気がした。

決して登場人物の本名が出てこないことや、「家政婦」という珍しい職業、「ミートローフ」「

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取るに足らないことが、自分の人生は悪くないものだと気付かせてくれる。津村記久子『まぬけなこよみ』朝日文庫版刊行記念エッセイを特別公開!

取るに足らないことが、自分の人生は悪くないものだと気付かせてくれる。津村記久子『まぬけなこよみ』朝日文庫版刊行記念エッセイを特別公開!

その後のこよみ

 2012年から2015年まで「ウェブ平凡」で連載し、2017年に単行本になった本書を文庫化するにあたって、2022年に再び読み直すという作業をしたのだが、この一連のエッセイを書いていた自分に対しては、「とにかくよく思い出しているな」という印象を持った。大袈裟ではなく、これまでやったすべての仕事の中で、本書の中のわたしはもっとも思い出している。子供の頃のことはもちろん、中学生の時

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すべてのエッセイ好きに愛を|赤染晶子『じゃむパンの日』

すべてのエッセイ好きに愛を|赤染晶子『じゃむパンの日』

1月27日に天王寺のスタンダードブックストアで開催された
『じゃむパンの日』刊行記念トーク 津村記久子x加藤木礼x中川和彦
に行ってきた。

10月にも津村さんと歌人の岡野大嗣さんのトークイベントに行き、ついに憧れの津村さんに会えた喜びと、スタンダードブックストアの素敵な本に囲まれる幸せでいっぱいだったので、今回もうきうきと会場に向かった。

本を書く人、本をつくる人、本を売る人

刊行された『じ

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現状維持の底力|津村記久子『ワーカーズ・ダイジェスト』

現状維持の底力|津村記久子『ワーカーズ・ダイジェスト』

人生の中で、いつでもなく「今」読むべき本に邂逅することがある。

勝手に中身が変化することはない紙の本と
毎日目まぐるしく変化する自分の状況や状態。
両者がバチンと交差する時、「今」限定の読書体験を味わうことができる。

先日、久しぶりに津村記久子さんの「ワーカーズ・ダイジェスト」を再読したのだが、これがもう、今の私の心に全盛期の桧山進次郎バリのクリーンヒットをかっ飛ばしたのだった。

あらすじだ

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はじまりの1日|津村記久子『ディス・イズ・ザ・デイ』

はじまりの1日|津村記久子『ディス・イズ・ザ・デイ』

今シーズンの阪神タイガースの試合が残り1試合になった。
オリンピックの影響で後ろ倒しになり、こんなにしっかり秋めいた時期までまだ順位が決まっていない。

かれこれ20年以上ファンをやっている我が阪神タイガースは、今年は優勝争いをしている。
中学生時代に2度の優勝を見てからというもの、高校入学から30代に突入する現在まで、私は阪神の優勝を見ていない。

90年代の「暗黒時代」と言われた時代ほどには低

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一喜一憂で何が悪い|橘曙覧『独楽吟』

一喜一憂で何が悪い|橘曙覧『独楽吟』

津村記久子さんの小説『ポースケ』を読んでいて、非常に刺さる文章があった。

喫茶ハタナカという奈良のカフェに関わる7人の女性たちの人生がゆるやかに交差する様を描いた物語の中で、パート従業員の十喜子さんが、就活に悪戦苦闘中の娘さんからやっとの思いで最終面接に進んだという知らせを聞くシーンでの一節だ。

これは津村さんの叫びなのだと思った。
そしてこの叫びは私の心にも強烈に共鳴した。

私の人生を振り

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永遠の出口への入口にて|森絵都『永遠の出口』

永遠の出口への入口にて|森絵都『永遠の出口』

あなたの青春とは?と聞かれれば、
犬の散歩。と答えると思う。

中学時代は家に帰ると当時飼っていた犬を連れて近所のそこそこ大きな公園にて一人と一匹でぷらぷらと晩ごはんまでの時間をつぶしていた。その風景が何よりも真っ先に浮かぶのだ。

私は国語のテストでの「作者の意図するところを次の選択肢より選べ」には迷わず正解を選ぶことができたし、「登場人物の心情を30字以内で記述せよ」にはさらさらと鉛筆を走らせ

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言葉にしていい、という安心感|津村記久子『ウエストウイング』

言葉にしていい、という安心感|津村記久子『ウエストウイング』

先日、久しぶりに近所の図書館に行った。 

椅子など備品が全て撤去されており、日がな一日ここで過ごしているおっちゃんたちで溢れていた頃に比べると閑散としていたが、数人の常連と思われるおっちゃんが〈こどものほん〉コーナーの絨毯の上で新聞を読んでいる姿には、なにやら執念のようなものを感じてちょっと愉快だったのと、地域の多様な人にとっての大切な居場所としての図書館が普通に開

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