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大人とは自己を省みれるかどうか

私が大人かと言われれば
少し返答が難しい。

年齢的には自分で責任が取れるが、
まだ親の扶養から抜けておらず、
経済的に自立には程遠い。


そもそも大人とは何なのか。

経済的に自立していれば大人なのか。

成人になれば大人なのか。

様々な観点で大人というものを
測ることができるだろう。

そんな中、私も測ることができる
物差しを見つける出来事があった。


以前私は悩みや問題が発生した時、
外的要因に目を向けてしまう
書いたことがある。

問題を解決しようと思うよりも
何かのせいにしがちなのだ。

何でこんなことになるのか。

〇〇のせいだ。

といったように。

そこで私が考えた物差しは
自分を省みるとこができる力だ。

悩みや問題が発生したら
外的要因にせず、
自分に問題があるのか考えられる。

もし自分に非があるのであれば
反省ができる。

そんな風になれれば
私としては大人だなと思う。



私は現在まだ片付いていない
大きな問題がある。

そしてその問題に対し、
私は狼狽してしまい、
思わずなぜこうなってしまったのか。

なぜこのタイミングなのかと
考えてしまった。

まさに上記に述べた通りだ。

問題が発生した時に
外的要因に目を向けてしまう。


それと対照的なのは祖父だった。

祖父もこの問題に関与しているのだが、
この問題に対しての反応は
自分にも問題があったと考え、
それを省みたのだ。

私は思わず尊敬してしまった。

そして自分の行動が
いかに未熟だったか思い知った。

私は他の同年代と比べて
少々大人な方だと自負していたが、
現実はまだまだ子供。

大人とはなんたるかを
思い知ったのだ。


この出来事をきっかけに
私が大人だと思う物差しができた。

外的要因のせいにせず、
自己を省みることができる。

なんと凄いことか。

私もいつかそんな人間になれるだろうか。

そんな淡い願いまで思わせる
祖父という存在の偉大さに気づかされた。

そんなことを思った出来事であったが、
早いところ悩みを解決したいところだ。

もちろん大人への一歩として
自己を省みながら頑張るとする。


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