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【短編】『ユマンの隘路』(完結編)

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ユマンの隘路あいろ(完結編)


 しばらく永遠と続く階段を降っていると突然コート男が呟いた。

「お前、リアル派のスパイだろ?」

私は急な質問に不意を突かれ、困惑した表情を露見したが、幸運にも階段は暗くコート男には見えていなかった。

「何を言っているんだ。おれはただここに来るようボスに言われただけだ。スパイだなんて面白いこと言うじゃないか」

「今ボスに指示を出されたと言ったな?じゃあそのボスに指示を与えているのは誰だと思う?このおれだ。つまり、ボスはおれ以外の指示には従わないはずだからお前はウソをついていることになる」

私はこれ以上弁解しようがなかった。コート男は続けた。

「実はお前のことをずっと監視させていたんだ。リアル派の動きも把握しておく必要があったからな。お前が軍事施設を探していることは知っていた。だが残念だったな。この施設は単にリベロ派がヒッピーたちの自給自足という思想に共感して作った大規模農園だ」

「おれを拷問するのか?それとも殺すのか?」

「戦争は始まったんだ。もうリアル派のことなんてどうだっていい。それより、お前はいい人材だ。おれの下で働かないか?お前も任務に失敗したことだしお国に合わせる顔もないだろう」

「お前は何者なんだ?リベロ派のなんだ?」

「リベロ派ではない」

「どういうことだ?」

「旧ユマン信徒とでも言っておこうか」

「旧ユマン信徒?何を言っているんだ?」

「まあ、いずれわかる。とりあえずおれについてこい」

私はこの階段の先に何があるのか見当がつかないままコート男の後をついて歩いた。どうやらコート男は端から私のことをリアル派と知っており、わざと会社で働かせることで自分を監視下に置いていたのだ。本部からの重要任務を負いながらも敵に弄ばれていたことに私は不甲斐なさを感じた。しかし、彼がリベロ派ではなく、旧ユマン信徒と口にしたことが妙に引っかかった。旧ユマン信徒という存在は今まで一度たりと耳にしたことはなかった。

 地下に行くにつれて徐々に道幅は狭くなった。ようやく平地になると、さらにここから歩くと言われ200mほど狭いトンネルを進んだ。すると目の前に鉄製のドアが現れた。全体重をかけてゆっくりと開けて中を覗いた。そこにはだだっ広い空間が広がり、リベロ派の軍事施設が建設されていた。私は奥の建物に案内され、一室に入ると大きな体つきの男が椅子に腰掛けていた。

「遅かったな。もう戦争は始まったんだぞ」

「すみません。新入りを案内していました」
と言いながらコート男は大男の方へと近づき、耳元で何かをささやいた。すると大男は高笑いをして私の方に視線を移して語り始めた。

「君、なぜユマン教は二つの宗派に分かれたと思う?その答えは至って単純だ。理由は、分けられたからだ。君たちが知るはずもないことだが、ユマン教の本来の姿は、人類絶滅説を唱えたアンチナタル教だ。大昔からアンチナタル教は幾度となく非難され続け、悪魔崇拝などと除け者扱いされてきた。教団は日に日に力を失くしていった。そんな最中、上層部が突如として自主解体を決定した。しかし解体直後、名称を変えて再び教団を再結成することとなった。そして誕生したのがユマン教である。ユマン教は元来一つであったが、ある時上層部の提案から宗派を二つに分けることになり民衆はそれに追従した。現在それらはリアル派・リベロ派と呼ばれている」

私はユマン教が実はとうの昔に解体されたアンチナタル教の表の顔だったということを知り唖然とした。状況を飲み込むことが精一杯で、何も返答することができなかった。

「実は我々は宇宙計画が実現しないことをすでに知っている。そして人間の環境破壊は実際には地球にとって微々たる影響しかなく、災害のほとんどは地球自体の内的・外的要因でしかない。しかしなぜそれを知りながらも二つの宗派を作る必要があったのか?その理由は、対立関係が必要だったからだ。つまりは戦争だ。君、戦争で得られるものはなんだと思う?」

私は話の内容を整理しながらも大男の質問に返答しなければいけないという強迫観念に駆られた。

「名誉や支配権、政治、産業、カネそして何よりも家族の安全」

「その通りだ。では失うものはなんだと思う?」

「国家や資産、文明・文化、そして人命そのもの」

質問を繰り返されるうちに、私は大男が自分に何を伝えようとしているのか明快になった。

「まさか、地球滅亡の前に人類絶滅を企てているのか?」

大男は、私の睨みつける顔を直視するも全くの動揺を見せなかった。

「なんて残酷なんだ。お前らは人々が死ねばいいと思っているのか?」

「ああ、思っている。だが半分はそうで半分は違う。我々は人類に最後のチャンスを与えようとしているのだ。二つの宗派が誕生したのも、ただ闇雲に対立関係を作りたかったからではない。そこには当然意味がある。人類という種を何よりも慮る人々、つまりはリアル派。そして生まれた土地である地球を慮る人々、つまりはリベロ派。それらが対立し合い、再び20世紀のように大きな戦争を引き起こすことによってそれぞれが殺し合うことになる。最終的に逼迫した戦況下で二方が信仰そのものを断念した時、人々が生まれてきた、そして繁栄してきたこと自体を否定せざるを得ない状況を作り出す。それがこの宗教を無から作り上げた最大の目的だ。人間が生まれてきたことを否定する誕生否定と、新たな人間をこれから生み出すことを否定する出産否定。この戦争というのは、その両方が同時に実現するのだ」

私は絶句どころか失望さえしていた。彼らは詰まるところ、宗教の性質を逆手にとって人々を洗脳してきたのだった。我々は能動的にユマン教を信じていたわけではなく、むしろ受動的にユマン教を信じ込まされていたのだ。どちらの宗派も人類を存続させるという大義名分を唱えていたために、人々はその裏に潜む企みに対して盲目的にならざるを得なかった。

「まあ、急に言われてもわけがわからんだろう。これからその男からじっくり指導を受けるといい。また君に会えることを楽しみにしているよ」

 私は大男との話を終え、別れを告げられてからコート男に外の安全地帯へと案内された。私はその足でそのまま自宅へと戻った。幸運にも自分の居住区はまだ戦争の被害を受けていなかった。しかし近々身支度をしてどこか安全な場所に隠れる他なかった。ふと携帯端末で債券レートを確認した。すると、金額がマイナスを示していた。アメリカがリアル派のバックについたため、リベロ派の相場価格が急落したのだろう。これまでの歴史でも、アフガン紛争、湾岸戦争、イラク戦争と、戦争が勃発する度にアメリカ側が儲かることが相場だった。ロスチャイルドの「銃声が鳴ったら買え」という相場格言は今ここで証明された。リベロ派地域の経済は崩壊するに違いない。いやリアル派も危ういだろう。これからどのようにして生きていけば良いのか全く見当がつかなかった。私はふと人類史の終わりを予感した。


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