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【短編】『戦争の終わり』(中編)

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戦争の終わり(中編)


 少佐を探すにも何もあてがないため、秘密訓練学校を訪れてみるしかなかった。長崎の町は見渡す限りきれいに整備され、戦争の面影すら見当たらなかった。昔の建物も多少は残っていたものの、大半は取り壊され新たに新築の宿屋が建設されていた。過去の自分の記憶と数少ない馴染みのある建物をもとに、訓練学校までの道のりを辿った。もし建物が残っていれば何か手がかりを掴むことができるだろうと考えていたが、その望みもあっけなく崩れ去った。訓練学校は公園と化していたのだ。あたり一面に草木が鬱蒼と生い茂り、子供連れや犬の散歩をする人たちでごった返していた。近隣住民に訓練学校の取り壊しについて聞いたところで、返ってくる答えはすべて予想通りだった。本当に戦争はあったのだろうかとさえ疑問に感じてしまうほど、住民の返答は徹底されていた。私には陛下が戦争という歴史を隠蔽しようと画策しているとしか思えなかった。しかしどこか違和感を覚えた。住民が記憶をなくしていること自体がおかしいのだ。国民全員の記憶を消すのは国とて至難の技だろう。記憶を操作する特殊な薬を開発したのか。それとも強力な法律を制定させて口を割る者をどこかに拘束しているのか。陛下の思惑はいくらでも考えようがあった。

 近くの売店で新聞を手に取り立ち読みしていると、今の日本の情勢がありありと記されていた。見出しには日本が世界経済で一位となったことが大きく書かれていた。30年の間にこれほどまでに成長を遂げた日本が不思議で仕方なかった。私は店員に記事を見せつけた。

「これ本当ですか?」

「本当ってどがんことかね?書いてある通りやけん」

「いやあ、なぜ日本はこんなに成長できたのかと」

「戦争にかたらんじゃったけんばい」

「どういうことですか?」

「無駄に軍事費ば使わんで済んだ分、経済成長ば遂げたんや。そしてアメリカば追い抜いた」

「あのアメリカを?」

「戦争ばしとったらこん成長はなかったとやろう」

「それより、新聞読みたかなら買うてくれん」

私は店員の言葉すら耳に入らないほど困惑を極めていた。一体全体どういうことなんだ。この記事はでまかせだ。新聞までほらを吹くなんて情報操作にも程がある。私の30年はいったいどうなる。私の戦争の記憶はこの世から葬り去られたというのか。戦争は確かにあったんだ。と突きつけられた虚構のような現実に頭を悩ませた。私は屈辱さえ覚えた。お国のために精一杯戦った者たちの命はいったいどうなるんだ。彼らを否定してしまっては国が成り立たないではないか。全身の筋という筋が引き締まり、日本という国への恨みが徐々に募っていくのを感じた。いつかこの私が歴史の隠蔽を暴いてやる。日本がこんな平和であってたまるか。戦争の過去すらなかったことにしておいて平和もくそもない。

 駅に立ち寄ると、30年前とはだいぶ姿形が変わっていた。鉄道も昔よりずっと長く鋭くなっており、その車体が一瞬にして左から右に過ぎ去るのを見て圧倒された。切符を買う人の行列ができており、皆漫画で読んだ西欧人の格好をしていた。私は生憎持ち金がなかったため、鉄道に乗ることを諦めざるを得なかった。そのまま駅を去ろうとした時、出口から見覚えのある男が出てくるのを目にした。彼はどこか30年前に少佐のもとで共に厳しい訓練を乗り越えた秘密訓練学校の同僚に似ていた。男の後を追いかけ醜い格好のまま声をかけた。

「おい、あんた、もしかして」

彼は立ち止まり私の方を振り向くと、一瞬顔を硬らせた。

「まさか、お前か」

「ああ、そうだ。懐かしいな。元気だったか?」

「ああ、元気だよ」

「俺がフィリピンに派遣されて以来だな」

彼は何も反応を見せず、まるで昔のことを何も覚えていないかの様子だった。

「それより、この国はいったいどうなっちまったんだ?」

と一言呟くと、彼は突然目を大きく見開いた。

「実は、聞く人皆戦争はしてないの一点張りなんだ。なあ、戦争はあったよな?」

彼は私の質問に答えようとはしなかった。

「おい、なんで黙ってるんだ?もしかしてお前も何かやられちまったのか?」

彼はしばらくして落ち着いた様子を見せてから呟いた。

「いいや、驚いただけだ。今でも戦争の話をするやつがいるのに」

「お前はこの日本に何が起こったのか知っているのか?」

彼は再び黙り込んだ。

「なあ、教えてくれ」

「だめだ」

「なぜだ」

「話すなと言われている」

「誰にだ?少佐か?」

「言えない」

「言えないってどういうことだ?」

「言えないんだ」

彼は何者からか固く口封じをされているらしかった。ふと鞄の中から何かを取り出したかと思うと、

「ここに行けばお前が探しているものが見つかるかも知れない」

と彼の名前の入った名刺を手渡された。名前の上部には小さく、

大日本帝国 国家防衛軍

と書かれていた。彼はその国家防衛軍という組織に所属しているらしかった。私は日本にまだ軍隊が存在したことに安心した。彼は秘密訓練学校を卒業して国家防衛軍に入隊したに違いなかった。すぐさまそこへ潜入して機密情報を盗み出すという策が浮かんだ。彼は居心地悪そうな顔をしてじゃあと一言挨拶してからその場を去った。

 早速、国家防衛軍への入隊を試みた。私は秘密訓練学校に合格していることもあって入隊試験には自信があった。試験は至って単純だった。日本語と英語の文法の筆記試験と、実技では戦闘術と護身術の演習だった。その中から教官に選ばれた者だけが合格でき、その他の者は次年度の開催まで待たなければならなかった。私は難なく試験に合格することができた。合格者集会に参加すると、教官から国家防衛軍として役目を果たす上でのいろはを叩き込まれることになった。

一、 お国のために尽くすこと

二、 身を犠牲にせず命を何よりも尊重すること

三、 常に戦争以外の解決策を模索すること

この理念は私が秘密訓練学校時代に教わった教訓そのものであった。明らかにこの国家防衛軍という組織は昔所属していた秘密訓練学校と繋がりがあるようだった。そして訓練学校を統率していたのが少佐であった。


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