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【短編】『顔』


 世界で名の知れた大手エンターテイメント企業にて、昨今画期的な生成AIアバターが制作された。その画期性というのが、実はこのAIアバターは地球上のあらゆる人間の顔を合成して形作られたもので、実在する人間の顔をデータ化しその平均値を元に全ての顔のパーツが構成されていた。どの国の人が見てもその顔は少々外国人との混血のように見えるものの一般的な指標から見てもその容姿は整っている方ではなかった。しかしそれでいても世界中の人々にとって馴染みのある顔ではあった。髪色は基本的には黒髪だが、光の映り具合で金髪や茶髪に変色した。鼻尖は丸くやや上向きでアジア人寄りだが鼻翼は若干鋭く西洋人の面影がある。鼻骨から額の間には溝があり、額から頭部にかけて綺麗に丸みを帯びている。眼窩下孔から頬骨は突き出てもいなければ凹みもない。そのため眼球がちょうど鼻骨の少し下の位置に並行して備わっている。両目の間は若干広く、眉毛もそれに合わせて少し上に黒色でアーチを作っている。下顎も凹凸はなく自然な平らな形を作っている。唇は顎よりも少々前に突き出て厚みがあった。この顔は全体的に見ても人種を特定することは難しく、それぞれの国の特徴を少しずつ兼ね備えていた。性別でさえ見分けがつかないほど簡単には区別が難しい容姿であった。

 その生成AIアバターは世界中の人々に馴染みがあることからあらゆる場面で認知を拡大していった。冴えない一般人が地球の危機に際して覚醒するヒーローものの映画の主人公に抜擢されることもあれば、雑誌の表紙を飾るファッションモデルになったり、ある時はキャスターとして報道番組の司会を務めた。ある意味で彼あるいは彼女は企業の人件費削減に大いに貢献していた。そのアバターの認知度は止まることを知らず、一躍エンターテイメント業界を騒がせブームを巻き起こした。企業はアバターの制作時に特許を取っていたことからそのブームの恩恵は絶大なものだった。

 私はそのプロジェクトの運営の責任者を任されたのだが、いわばメディアに出る際のエージェントとしての役割にとどまった。アバターは全人類の平均という意味合いからアベルと名付けられた。アベルの人気度は長年続いた末、たちまちその名声は世界中で一人歩きを始めた。しかし、ある日私宛に一通の電子メールが届いた。そこには賠償請求の文言が書かれていたのだ。内容を詳しく読むと、自分が実際にアベルと同じ顔を持っていると自称している者がいるのだった。おおよそ何かの悪戯と思い私は特に措置を取らずにいたが。しばらくして今度は検察から通知が届き、本人が刑事告訴をしたらしいとのことだった。私はなんの冗談かと思い、実際にその同じ顔を持つと主張する者に直接の面会の機会を与えることにした。その者が部屋に通されるなり、私は目を疑った。なんという偶然か、その顔はアベルのとそっくりなのである。アベルは世界中の人間の顔を平均した容姿であることから、同時にその者の顔も世界の平均であることを示唆した。性別は男性で多少外国人との混血に見えるが純日本人で、アベルと同様に整った容姿とは言えなかった。それだけに、私は大いに危険を感じ取った。彼はアベルの脅威になると。そして、アベルも彼にとっての脅威であった。

 さっそく彼は、私に示談金を求めてきた。なんと今までアベルが売り上げた額の半分であった。つまりは、彼にとってはアベルの人気が上昇することは自分の私生活に直接影響するということだった。半分というのもある程度妥協した額だと彼は主張した。もちろんのこと私は即座にその示談を断ったが、これは裁判沙汰になることは必須のことだと私は覚悟を決めた。

「あなたはいつアベルという生成AIアバターのことを知りましたか?」

「ちょうど私に対する周りの視線が気になり始めた頃にネットでアベルを知りました」

「なぜその時は企業に申し出ようとはしなかったんですか?」

「それは、」

と彼が言葉に詰まると裁判官は尋ねた。

「あなたは、自分に対する見方の変化に満足していたのではないですか?ある意味でアベルに感謝していた時期があったということはないでしょうか?」

「そんなことはない!私はアベルのせいで人生が無茶苦茶になった。だからこうして訴えているんじゃないか!」

「わかりました。では、被告人から何かご意見はありますか?」

「はい。彼に一つ質問させていただきたいです。あなたは整形手術を一切したことがないと証明できますか?」

すると彼は即座になんの焦りを見せることなく答えた。

「何を言ってるんだ!私は一度も整形などしていない!」

「では、アベルの顔のどこが自分の顔と似ているか事細かくご説明いただきたい。こちらとしてはアベルの骨格全てを数値化しているので、あなたの顔との違いを示すのは容易なことだが、その前にあなたの口からぜひお伺いしたい」

「なんだって?プライバシーの侵害というのは顔の構造上の問題ではない。それはあなたたちが決めるものではなく、世間が決めるものだ。世間がそのアバターを見て少しでもこの私に似た顔だと思うのであれば、それは侵害に値すると言っているんだ」

「もしそれが嫌であるなら、あなたが顔を多少変えればいいじゃないですか。その手術料はこちらで負担しますよ」

「私は自分の顔を気に入っている。あなた方がアバターの顔を変えればいいじゃないか。もし変えないのなら今までの、そして今後の肖像権侵害による賠償金を私に払うべきだ」

アベルの顔を今更変えるにはいかなかった。なにしろ完璧な計算のもと全人類の平均値を求め出して作り上げた、どの人種にも当てはまり同時に当てはまらないこの容姿に少しでも変更を加えてみれば、たちまち世間からの認知度や馴染みやすさが急激に落ちることはわかっていた。彼はそのことを知った上で主張をしているに違いなかった。

 向こうから小槌を叩く音が聞こえると、そのままその日の裁判は終了した。私は今まで予想だにしなかった事態だけに荷が重く、責任者を降りようとまで考えたが、判決を待ってからでも遅くないと思いもうしばらく辛抱することにした。裁判は長きにわたって行われ、ようやく翌日に判決を控えた日、とあるニュースが私の耳に入った。アベルが強盗殺人を図って捕まったとのことだった。実際には、その事件はあの男によって行われらことであったが、その情報は一気に世界へと拡散された。その影響もあり、翌日の判決は延期あるいは中止を余儀なくされた。裁判が白紙に戻ったのは良かったものの、アベルの顔はたちまち犯罪のシンボルとしてさらに世界で人気を博し、刑務所に入った男とともに同じ運命を辿ったのだった。私は賠償請求をするよう下の者に命じた上で責任者を降りた。


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