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【短編】『戦争の終わり』(後編)

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戦争の終わり(後編)


 気がつくと私は教室にいた。黒板を背に何人もの生徒を前に戦争とはなんたるかを教えていた。それはなんともおかしな情景だった。私は戦争を知らない者たちに戦争について教えているのだ。生徒全員が若い男で中には丸刈りにしている者さえいた。その中の一人が尋ねた。

「戦争ではどんな武器を使うんですか?鉄砲ですか?ナイフですか?」

「そうだな、時と場合による。接近戦ではナイフや素手で戦う。逆に遠隔戦の場合は銃や爆弾を使う。君たちはその全てを使いこなせるようになってもらう」

他の男子も興味津々な顔で質問をした。

「上官はどんな戦争に参加したんですか?」

「私はフィリピンへ渡って米軍と戦った。だがそれは無謀な戦だった。真っ向勝負をしたわけではない。兵力をあえて島の各地に分散させて、米軍からの被害を最小限に抑えるという作戦だった。言わば現地の兵の援護だ」

「その作戦は成功したんですか?」

「いいや。けれど望みは捨てなかった。秘密部隊としての威厳を持って最後まで日本兵の保護に努めた」

すると一人の眼鏡をかけた賢そうな青年が挙手した。

「上官は戦争に意味があると思いますか?」

私は彼の言葉になんと返そうか迷った挙句、咄嗟に頭に浮かんだことを口にしていた。

「意味は大いにある。戦争をすることによって我が国を守れるんだ」

彼は私の返答に納得がいかないという顔つきで呆然と着席していた。しばらくの間沈黙が続くと、突然教室全体が大きな揺れに襲われるとともに、警報が鳴り響いた。外の様子を一目見ようと窓の方に近づいた瞬間、強い光が雷のように何度か点滅したかと思うと窓ガラスの破片が一気に教室中に降り注いで目が覚めた。

 すでに朝礼の時刻が迫っていた。寝床から飛び起きて、軍服に着替えて集合場所へと向かった。国家防衛軍の一日は、朝5時の日朝点呼から始まった。朝食を終えてから館内の宿舎の掃除をする。ある程度身辺を整理してから外に出て隊員皆で間稽古を30分ほど行う。体が温まると当番の者のみ群旗掲揚する準備に取り掛かり、その他の者は国旗の前に整列する。朝礼を終えて、教室での課業に励む。昼食を挟んで午後は野外での課業となる。国旗降下を終えて夕食をとる。その後は体力錬成に励み、かいた汗を風呂場で洗い流す。上官からの命令下達を終えて、自習の時間となる。この自習の時間は規則上敷地を出なければ何をやっても良いとされていた。楽器の練習に打ち込む者や、囲碁や将棋をする者、午前の課業の復習をする者などがいた。夜9時には全員就寝につき、翌朝5時に起きるという生活を繰り返した。緊急事態においては言うまでもない。

 入隊したばかりの防衛軍の一日は退屈だった。上の代の者たちが実技訓練を受けているのを横目で見ながら、野外課業に励んだ。彼らは普段実地訓練も行っていると聞いており、どのぐらいの腕なのか知りたいとも思った。そんな中、実地訓練から帰ってくる隊の中に見覚えのある顔があることに私は気づいた。その顔がここにあってはならない者の顔で私の背筋を凍らせた。30年前にフィリピンで死別した隊長にそっくりだったのだ。私はおおよそ彼の兄弟か、親戚であろうと思った。私は大便が漏れそうだと困った顔で上官に懇願し、便所に行くフリをして彼のもとへと走っていった。その男は遠征で使用した食器や道具を独り表の洗い場で洗っているところだった。間近まで来て再び彼の顔をまじまじと見ると、その容姿に目を疑った。彼は隊長にそっくりどころか瓜二つなのである。そして私にはすぐにわかった。彼がフィリピンで死んだはずの隊長本人であることを。私はその嘘を瞬時に受け止められたことにから、意外にもこの虚構のような世界に自分が慣れてきていることを実感した。時々過去のことを全て忘れては、本当に戦争はあったのだろうか。私はフィリピンに30年もいたのだろうか。と思えてしまうことさえあった。しかし自分の身体中に残った傷跡が元の現実を蘇らせた。しかし確かに私はこの目で彼の死を見届けたはずだった。隊長がここにいることはあり得ないことだった。そっと彼に近づき、下から顔をうかがうように呟いた。

「あんた、フィリピンで死んだはずじゃ」

彼は私を見るなり体を震わせ、手に持っていた食器を危うく落としかけた。

「誰だ?」

「私だよ、フィリピンで一緒だった」

「何を言っているんだ。俺はフィリピンになど行っとらん」

「嘘をつくな。我々はフィリピンで何十年も一緒だったじゃないか」

隊長は再び私の顔を見て何かを思い出したかのような顔つきになると、何かを考え込む様子を見せては口を開いた。

「そうか。悪かった。お前に本当のことを教えよう。だが決して他の者の前では口にするな。いいな?」

「ああ」

「実は、日本はアメリカに敗れたんだ」

「なんだと?」

「30年前、日本は敗戦したんだ。だが不思議なことに、国民はそのことを知らない。戦争をしていたことすら覚えていないんだ。俺は何者かがこの歴史を隠蔽しているに違いないと思った。そして唯一ある軍隊組織の国家防衛軍への潜入を試みたんだ。しかし何も見つからなかった。見つかったのは、この国は戦争などしていないという確固たる過去だけだった」

「じゃあ、あんたは私とフィリピンにいたことを認めるのか?」

「ああ、認めるよ」

「どうやって生き延びたんだ?」

隊長は私の質問には答えなかった。私はもうその理由などどうでも良いくらい隊長との再会に胸が熱くなっていた。

「まあ良い、生きていてよかった。本当に、本当に」

私はひたすらに溢れ出る涙を自らの上着で拭った。

「これからどうするんだ?」

「どうするも何も、この社会で生きていくしかないだろ」

「そうか。じゃあ、一つ提案がある。もう一度探って見ないか、その戦争の過去を。一緒に隠蔽の企みを暴こう」

「お前も探っているのか?」

「ああ、そうだ」

彼は私の涙につられたのか、同じく目に閃光を走らせていた。

「そうか。わかった。お前と組んでやる」

「よかった。あんたがいるならだいぶ安心だ」

「それは俺のセリフだ。感謝する」

「そうれはそうと、これからどうする?」

「ああ。ひとまず今夜の自習時間にB棟の第一講義室に集まろう」

「わかった」

私は大便をしに出掛けたことを思い出し、急いで野外課業へと戻った。

 B棟の第一講義室は消灯してあった。私は電気をつけようと切替機に手を伸ばすと、何者かに叩き落とされた。隊長だった。

「おい、何してる。電気なんかつけたらバレるだろうが」

「そうだな、すまない」

教室は大学の講義室のような設計となっており、席が後ろになるにつれて段が上がっていく仕組みだった。我々は一番奥の教室を見渡せる席に二人並んで、誰が来てもすぐに身を隠せるよう椅子の上にうつ伏せになった。

「ひとまず今俺が掴んでいる情報だけお前に共有する。そこからまた次の行動について決めよう」

「わかった」

「この組織に潜入している中で組織を裏で仕切っている者がいることはわかった。それがお前の上官である元少佐だ」

私は彼が吐露した状況を飲み込むまでに時間はかからなかった。何しろこの組織の理念そのものが少佐の考えを全面的に取り入れたものであり、むしろ辻褄が合って気持ちに整理がついたほどだった。

「やはりそうだったのか」

「ああ、だが奴の居場所まではわからなかった」

私は一息ついてから隊長に訴えかけた。

「少佐に会いに行こう」

「いや、だめだ」

「なぜだ」

「少佐に会えたところでしっぺ返しに合うだけだ。我々には奴らが歴史を隠蔽したという証拠がない」

「じゃあ、どうするんだ?」

隊長はしばらく黙り込んでから、頭の中で話がまとまったのかそっと口を開いた。

「一つだけ、まだ探りきれていないことがある。実はこの施設の最下階の下に、我々軍隊員の知らない隠された空間があるらしい。これはほんの一部の者にしか共有されてなく、信憑性すらない情報なんだが、その地下には一般的な刑法では裁けない国家の反逆者たちが監禁されているらしい。でもおかしいと思わないか?なぜわざわざこの施設の地下にそんな場所を作るんだ?」

「ああ、言われてみればそうだ」

「だから俺は思ったんだ。これには何か裏があると。そこで俺の推測だと、俺らみたいな戦争経験者で尚且つ戦争の過去を訴え続ける頑固者たちを強制収容していると踏んでいる。彼らの証言を手に入れればこの隠蔽工作を暴露できる」

「すると、その地下収容所への道を見つけることが先決ということか」

「そういうことだ」

私は唾を呑んで、隊長がここまで有力な情報を入手していることに感心した。自習時間も残りわずかとなり、我々は翌日にその地下通路の探索を開始することで意見が一致した。


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