見出し画像

【絵本】『雨の島のコロナ』


 雨の島では、毎日、雨が降ります。

 海の近くの洞窟にすむ、青い龍のせいです。

 青い龍の叫び声が大粒の雨を降らすのです。叫び声が聞こえない日などありません。雨の島にすむ人は、毎日、顔をくもらせます。



 島のおさであるフレアは島いちばんの弓つかい。これまでに何度も青い龍と戦ってきました。しかし、なかなか倒せません。10度目の対戦のとき、フレアは青い龍に腕をかまれてしまいました。もう戦えなくなってしまったのです。

 フレアの跡をついだのは、その娘のコロナでした。

 コロナはつよがりで、負けぎらい。島の子どもたちとケンカをすると、あいてが降参するまで挑み続けます。そんなコロナですから、もちろん、青い龍にも負けたくありません。

 コロナは弓の練習をはじめました。フレアに強く、厳しく教えこまれます。山道をかけのぼったり、森の動物を射止めたり。どんなに辛い練習も、つよがりのコロナは涙ひとつ見せずにやりきりました。



 やがて立派な弓つかいになったコロナは、フレアに青い龍を倒しにいくと伝えました。

「こわいと思ったら泣いていいんだからな。危ないと思ったら逃げていいんだからな。ちゃんと生きて帰ってきてくれ」

「大丈夫だよ、おとうさん。必ず倒して帰ってくる」

 コロナはそういって胸をはり、家を出ていきました。



 くもり空の下、汐風に吹かれながら、いさましく歩いていきます。

 やがて、洞窟にたどりつきました。奥の方へ進んでいくと、大きな岩の上に青い龍が眠っていました。



 コロナは少しはなれた場所で、弓をかまえます。めいっぱい引いた矢は、光のような速さで飛んでいき、青い龍の背中に命中しました。青い龍は目を覚まし、叫びました。

 コロナはひるまず、次は青い龍の目を射抜きました。青い龍は痛みにもだえ、今までにないほど大きな声で叫びました。コロナはしりもちをつきました。あまりにもうるさいので、両手で耳をふさぎます。

 青い龍は勢いよく洞窟を抜け出し、烈しい雨の中を飛びまわりました。

 やがて力が尽きて、遠くの海へ落ちていきました。その衝撃で、大きな波が島をおそい始めます。



 コロナが洞窟の外に出たとき、荒れた波がすぐ近くにせまってきていました。

「コロナ! 大丈夫か!」

 娘を心配してかけつけてきたフレアです。

「おとうさん! 青い龍を倒したよ!」

「本当か! よくやった! みんな山の上に向かっている。コロナも早くにげよう」

 コロナはうなずきましたが、弓を持っていないことに気づきました。しりもちをついたときに落としてしまったのでしょう。コロナは洞窟の中へもどろうとしました。

「コロナ! どこへいくんだ!」

「おとうさん、どうくつの中に弓を落としてしまったの。青い龍を倒した大切なものだから、取りにいってくる」

 そう訴えるコロナを無理やり抱きかかえ、フレアは走り出しました。

「命よりも大切なものはない」



 波は山のふもとまで押しよせましたが、島のみんなは全員、高い場所へ避難できました。誰ひとりとして、波にのまれた人はいませんでした。

 しばらくして、島をおそった波が引き始めました。

 青い龍がいなくなった雨の島に、太陽の光が降り注ぎます。照らし出されたのは、変わり果てた姿の島でした。

「せっかく青い龍を倒したのに、どうしてこうなっちゃったの。弓も、家も、どうして全部なくなっちゃったの……」

 コロナは泣きそうになりました。涙がこぼれないように顔を上げます。そのとき、コロナの目に魔法のような景色がとびこんできたのです。

 透き通るほどの青い空に、色とりどりの光がかがやいていました。コロナがなくした弓の魔法でしょうか、その光は弓の形をしていました。

 雨の島に、大きな虹がかかったのです。



 青い空の下、島の人たちは島を元通りにしようと約束しました。みんなで力をあわせてがんばろうと誓い合ったのです。

 その夢はすぐには叶いませんでしたが、長い時間をかけて前よりも元気な島に生まれ変わりました。

 今、洞窟の奥にある大きな岩には、こんな文字がきざまれています。

 泣いてもいい。

 逃げてもいい。

 生きてさえいれば、それでいい。


この記事が参加している募集

自己紹介

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?