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頭足類文学

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読まないと後悔することになるでしょう。
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終わりなき共感

終わりなき共感

 マンションの前の公園に、2本の木が生えている。1本の木は欅の木であり、もう1本の木は欅の木である。2本の木の間には立方体の遊具があり、その角は大きく欠けていて、それはもう立方体でなくなっていて、いつ黄身が出てきてもおかしくない状態だ。
「一度でいいからママと呼んでください」
 嘆願する母親らしきをよそに娘は頭からズボンをかぶっている。わたしはそっと人工涙を点す。己のテンペラメントに符号させ、都合

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オニドリル

オニドリル

骨壺を抱きガソリンスタンドへ往く未亡人
中にはポケモンパン
清き線路に置き石をして天低し
ささやかだけどウェルビーイング
ズボンプレッサーでベーコン焼いて
庭の小屋であなた遠い目
献血で貰ったマグカップで殴る
小綺麗な小太りの小男の小走り
電車は二度と来ないのに
いろんな花を見ていた
どれもみんなキレイだね
ポケットにスライスチーズが入ってた
あのクリーニング屋のババア俺に惚れてる
税金はいくら払

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耳を盗まれる

耳を盗まれる

 朝目覚めると、右耳が盗まれていた。
 ベランダの掃き出し窓を開けたまま寝てしまったようで、そこから侵入されたのだろう。部屋の中に荒らされた形跡はなく、右耳だけが綺麗に盗まれていた。窓から流入してきたモノラルの初夏の風の音が右脳に抜けていく。何はともあれ盗まれたのだから、先ずは被害届を出すことにした。
 「それで」
 「はい」
 「なぜ盗まれた、とお思いですか」
 「いや、普通に、盗まれたからです

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最後の一文小説(モンゴノグノム)

そして、数億もの人間が一斉に咆哮し、世界はつんぼとなった。

次々とてのひらからこぼれる君の砂、砂、砂。

この指、私のじゃない。

「あれよ、あの、一番背の高い、銀色の木」

そこには望郷の焼け焦げた匂いが蟠っていた。

丸めて放り投げたその紙は、ゆっくりと真っ直ぐに君の星へと向かってゆく。

鯖は最後まで鳴き止むことはなかった。

義兄と私だけが残った。

今宵、彼女の乳歯が2本抜けるだろう。

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イカ墨スパゲティを啜る女

イカ墨スパゲティを啜る女

 静謐の鱗粉が店内に満ちている。その粒子を鼻からふんだんに吸い込んでみると、安息感と倦怠感で肺臓がめのうのようになった。静謐なんて店からしたら決して有り難くないのだろうが、瘴気みたいな粒子が客の来店を阻んでいるようにも感じる。思いがけず魔法びんと化している店内に、午の陽がぬるぬると流入してきている。窓際の席には、女が座っていた。あまりの存在感のなさに入店してから今の今まで気づかなかった。テーブルの

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純喫茶 盗掘

純喫茶 盗掘

 クリームソーダの中に小さな人魚が泳いでいる。
 人魚は炭酸に翻弄されてへらへらとたゆたいながら、下半身の鮮やかな紅色の鱗を煌めかせている。上半身は人間の女性のそれとまるで同じだ。巻貝の内側のような質感のふくよかな体を揺らしている。なぜが口が縫い付けられているのが痛々しい。
 「さあさ、クリームと一緒に掬い上げてみなさい」
 店主は、桃色と橙色の間の光を放つ宝石を埋め込んだ右眼と生牡蠣のような左眼

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明朗の胎動

明朗の胎動

 こんな私なのに、プロポーズをしてくれて、本当にありがとう。
 こんな夢のような夜景の中で豪華すぎるくらい素敵な食事、今まで味わったことがないよ。それに、吸い込まれそうにすきとおる爛々とした指輪。そしてなにより、想いのたくさん詰まった言葉で告白してくれて、涙が止まらないよ。本当にありがとう。ごめん、本当に止まらないや。
 あなたがたくさん想いを伝えてくれたから、私からも告白したいことがあるの。びっ

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春霖を祈る

春霖を祈る

牧師を殴った感触は忘れない。
スウェーデン人から買ったタランチュラを、
咳止めシロップと一緒に飲み込んだ。
まったりした血。
まったりした血だね。
君は「なんて恥ずかしい」と歌うだろうか。
フライドチキンに催眠術をかける、
鋼でできた少年。
まったりした血。
まったりした血だね。
毎朝、散弾銃のマウスウォッシュが、
トムソンガゼルの群れを月に向かわせる。
私は製氷機だ。
まったりした血。
まったり

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胸キュン心不全

胸キュン心不全

炸裂した愚劣な大地に伸びたつくしちゃん。
貴女をお嫁さん候補ナンバーワンに認定します。
エバラ焼き肉のたれのリズムで去来する絶望感を、
君とふたりで甘受したいんだ。窓の外はキノコの山。
あの山の向こうにつくしちゃんのお墓を作るよ。
つくしちゃんが高く聳え立つまでに。
大麻と赤飯を焚いて待ってみせるよ。
線路に飛び込む瞬間の紫外線の強さ。
つくしちゃん、お箸はご入り用でしょうか?
素手で拾うには遺骨

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怪鳥A(モンゴノグノム)

空中にたくさん浮かぶ蓮の花が咲いては枯れ、咲いては枯れを繰り返していてアホらしい。
頭がビーカーの男は蹲踞の姿勢でこちらを向いている。
「こちらにお掛けなさい」
天狗の面の形をした椅子を手でゆったりと示す。
座ろうとすると天狗の鼻が肛門に当たったので、すぐにまた立ち上がると、
「大丈夫。そのまま座ってみなさい」
恐る恐る再度腰を落としてみると、天狗の鼻が尻の加重に合わせて引っ込んでいく。
「ほらね

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イワシ

イワシ

イワシの巨群が目抜き通りを往く。
巨群は15階建てのビルと同じくらいの高さで、竜巻のように渦を巻きながら、割れた鏡のように光を乱反射させている。
ゆっくりと往きながら、通りのあらゆるものを呑み込んでいく。イワシの鳴き声なのか、それともイワシ同士が擦れ合う音なのか、ギャインギャインギャインギャインギャインギャインギャインギャインと奇怪な音を立てながら、猛烈な生臭さを撒き散らしている。
そして、光のせ

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明朗の蝶々(モンゴノグノム)

窓からはらはらと蝶々が入ってきた。銀色の蝶々だ。
翅をはばたかせず、部屋の中の微妙な気流に乗って、ティッシュのような軽やかさで漂っている。
「そんなガになんて気を取られてないで、こちらに集中してください」
「ガなのですか」
「どう見たって、ガでしょう」
先生には目が一つしかない。私は親しみと敬意を込めて、一つ目先生、と呼んでいる。
「ガなのですか」
「あなたがその時、手に取っていたものを教えてくだ

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健全なるパン、健全なるサーカス。

健全なるパン、健全なるサーカス。

「健全なる精神は健全なる肉体に宿る」
という言葉がある。
ゆーてどうせ世を忍ぶ仮の姿だもんなあ、
なんてイクスキューズで肉体の管理を放擲、牛飲馬食の限りを尽くした結果。
以前はいわゆる細マッチョ、つうんですか昨今の若人は?みたいなエモい体型で、モテモテだったにも関わらず、
今や腹踊りに適した、見るものをして白痴ではなかろうかと思わしむるほど極めてファニーな体型に成り下がってしまっていた。
これはこ

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トメィトゥ(モンゴノグノム)

僕は今、ポケットの中にトメィトゥを入れています。

トメィトゥですよ、トメィトゥ。知らないでしょうね、トメィトゥ。トメィトゥとは、ナス科の真っ赤なまん丸い果実で、衝撃を与えるとものすごい威力で爆裂するんですよ。ほほほ。ぽりぽり。この威力というのが、それはもう絶大な威力で、たとえて言うならば、東京ドーム1つ分といったところですね。つまりテニスコート180つ分。右ポッケの中で弄んでいるわけですけど、ち

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