可能なるコモンウェルス〈75〉

 萱野稔人は、「敵と友」の区別はけっして基底的な原理というものではなく、自らが有益だと判断するものを、あらゆる手段によって獲得しようとする運動が、そのような「敵と友」の区別を生じさせているわけなのであって、ゆえに「敵と友の区別」とは、そのような運動からの一つの派生物にすぎない(※1)のだというように、スピノザの『神学・政治論』を参照しつつ語っている。つまり「敵」や「友」というのは、そもそも事前から「そのような在り方のものとして存在する者」なのではなく、事後的にその「事柄の《価値》に対する判断によって生じる」観念なのだ、というわけである。そこから言い換えると、「友を作り出そうとする運動によって、反面そこでは敵をも生じさせているのだ」ということになるのである。
 さらに萱野は、「敵とは、外部のものであれ内部のものであれ、こちら側の秩序と支配を受け入れない個人や集団のことである」(※2)と定義づけている。 「こちら側」という観念が、あくまでこちら側にとっての「内部的な観念である限り」においては、その内部的な秩序と支配の観念を受け入れない者はたしかに、こちら側の内部に居場所を見つけることはできず、こちら側の「外部へと」押し出されるより他ないのだろうし、それゆえにそのような者が、「こちら側の敵」として見なされるような視点も、そこではじめて可能なこととなるのだろう。
 もちろん、もしそのような者が「いずれはこちら側の秩序と支配を受け入れるようになる」というのならば、その者らもいずれは「こちら側の敵」という規定を外されて、こちら側の「外部に留め置かれる」ようなこともなくなるのだろう。そしてそのことによって、その者らは「すでにこちら側の内部に受け入れられた者」すなわち「こちら側の友」となることができるという寸法なわけである。

 アレントによれば、「ローマ人にとって戦争の終わりは、単に敵の敗北や平和の回復のことではなく、むしろかつての敵がローマの『友』すなわち同盟者(socii)になったときにはじめて、戦争は彼らの満足のうちに終わる」(※3)こととなるのだ、という。つまり、ある意味でいうと「敵を友に変える運動」こそが、古代ローマにおいての「戦争の主題」であったということにもなろう。
 それまでは「ローマの敵」として「ローマの外部」に留め置かれ、そこからローマと対立していた「他の国家」が、ローマとの戦争を経由することで、今度はその「同盟者としてローマの友となり、ローマの内部に内面化される」ということ。それこそがまさに、いわゆる「パクス・ロマーナ(ローマの支配)」と呼ばれるものの構造なのだと考えられる。要するに「敵を友にすることの有用性」と、「敵から友となることの有益性」の一致が、とある一つの共同体=ローマによる、「他の共同体(=他の国家)への一方的な支配」という位相から、言い換えれば「とある共同性(=他の国家内部の共同性)を排除して、別の共同性(=ローマ内部の共同性)に置き換えてしまう」というような、いわゆる一般的な「支配の構造」から、それぞれ個別の共同性(あるいは国家間の和平)へ、いやそれよりも「さらに上位の、あるいはさらに大きな共同性としての、同盟」へと、「敵」も「友」も互いに区別することなく合意することを促し、「その国家もローマも共に、一つの同盟システムの下に支配されている」とでもいうような国家同士の関係構造を作り上げることこそ、ローマを戦争へと向かわせることとなる「偉大なる野望」なのであった、というわけである。
「…ユニークで偉大な戦争のローマ的概念によれば、平和は勝利と敗北によって決定されるのではなく、交戦者同士の同盟によって決定されるのである。こうして交戦者同士は今や、戦闘それ自身のなかで確立され、ローマの法の道具によって確定された新しい関係のおかげで、パートナー、同盟者(socii)となるのである。…」(※4)
「…永遠の同盟にもとづくローマ共和国が法(leges)の道具を用いたのは、主として、ローマ同盟(societas Romana)を形成する、ますます拡大するローマの仲間(socii)のグループ、つまりローマの同盟体系に属する属州やコミュニティと条約を結び、支配するためだった。…」(※5)
 ローマにとって、言ってみれば「敵こそが友」なのであった。「異なるもの同士」の関係こそが、「互いを結びつけ合い、一つにするもの」だというように考えられた。そしてそれが「現実のものである」ということを裏付けていたのが「法=条約」なのであり、それは彼らの「現実的な政治経験」において信頼しうる「道具」として、彼らの期待する通りに機能していたことになるわけである。

〈つづく〉

◎引用・参照
※1 萱野稔人「国家とはなにか」
※2 萱野稔人「国家とはなにか」
※3 アレント「革命について」
※4 アレント「革命について」志水速雄訳
※5 アレント「革命について」志水速雄訳

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